13.小悪魔ってなんですか? ②
そこからはまるで人形になったかのようだった。
アンヌは楽しそうにシェリルに服を宛がい、あれでもないこれでもない、を繰り返す。
そうしてようやく服が決まっても、今度はそれに合う小物を選び始めるのだから、きりがなかった。
そうして、ようやくある程度のコーディネートが決まったあたりで、アンヌはふと表情を陰らせた。
「そういえば、貴女がエルヴィシアから来たからかしら……」
「なにがですか?」
「最近、ロースベルグ鉱山での賃金が上がったって、みんな騒いでいたのよ」
「ロースベルグ鉱山ですか?」
「あそこ、うちの領地にある鉱山なのに、今まで全部利権を国に取られちゃっていたのよね。そのせいで、あそこで働くみんなの賃金が低くてさ。文句を言っても相手は国でしょ? 全然聞いてくれなくて。ルーク、ずっとあそこの利権取り戻そうとしていたみたいでね……」
つまり、つい最近、ルークの念願は叶ったというわけだ。
でも、それがどうしてシェリルがこちらに来たことと関係あるのだろうか。
そこまで考えて、ふと答えに行き当たる。
「つまり、私のことを娶るという条件で、ルーク様は鉱山の利権を返してもらったということですか?」
「そう……なんだけど。アンタがいる時にする話じゃなかったわよね。ごめんなさい」
「どうして謝るのですか?」
「普通嫌でしょ。自分を娶るのに交換条件なんてものがあったなんて聞いたら」
「そう、なんですか?」
シェリルは自分の胸に手を当てて考える。しかし、そこには不快感なんて一つもなかった。あるのは――
「私は、ルーク様はすごく領民思いなんだなぁとおもいました。優しい方、ですね」
「そうね。あんなんだからいつも人から誤解されるけど、昔から優しいやつよ。私たちのことも、すごく考えてくれているし」
シェリルはそこでサシャの持ってきたルークの噂を思い出す。
『私利私欲のためになら何でもする悪党だとか。嘘つきで非道な快楽主義者だとか。忠誠心がない上に、裏社会と通じている奸臣だとか。外道だとか、冷血漢だとか、悪鬼だとか。金さえ積めばどんな汚い仕事もやってのけることから、同じ貴族からも「死神」なんて呼ばれているみたいですよ』
(もしかしたら――)
あれらの噂は、ルークが領民や自分以外の誰かを守るために自ら被ってきた泥なのかもしれない。まだルークと知り合って間もないから何もわからないけれど、『死神』や『外道』なんかより、そっちの方がしっくりくる気がした。
「あぁ、でも! 自己犠牲じゃないけど、自分だけはどうなっても良いって思ってそうなところだけは気に入らないけどね! ……あと、嘘つき! アイツ、マジほんと嘘つき! あと、可愛いものとかいじめて楽しむ癖があるの、普通に最低だと思う! 最悪!」
いきなり噴き出してきた不満にシェリルは思わず笑ってしまう。
そんなシェリルの顔を見て、アンヌはわずかに安堵したような表情になった。
「だからまぁ、大変でしょうけど、アイツのことお願いね。最低最悪のイジワル野郎だけど、やっぱりなにも知らない他人にそう言われているアイツを見るのは辛いからさ」
「アンヌさん……?」
「私じゃ、どうしてあげることも出来なかったし。ナタリーのことも……」
「ナタリー?」
「……よし! 出来た!」
先ほどとは打って変わったようなからっとした声を上げて、アンヌはシェリルの腰を、パン、と叩いた。瞬間、シェリルの背が伸びる。
「軽く化粧もしておいたから、結構いい感じよ?」
そう言いながらアンヌはシェリルを姿見の前まで連れて行った。
「……わぁ――!」
シェリルが声を上げたのは、そこに見知らぬ人が立っていたからだ。
「こ、これなら、ルーク様をメロメロに出来ますかね?」
「メロメロって。貴女、もしかしてルークを落としたいの?」
「はい! ろうらくしたいです!」
「籠絡って、また難しいこと言うわねぇ。別に、結婚するからってお互いに想い合ってなきゃいけないわけじゃないでしょ? お貴族様は特にさ」
「む、無理でしょうか?」
俯くシェリルの脳裏に浮かんでいたのは、噴水での失敗だ。今の今までよくわかっていなかったが、どうやら自分は気合いを入れれば入れるだけから回ってしまう性質らしい。
「まぁ、無理でしょうけど。貴女なら興味ぐらいはひけるんじゃない? アイツ、昔から面白いことには目がないから」
「……面白い?」
シェリルがそう首をかしげると同時に、扉がノックされた。奥から聞こえてくるのは、さっきまで話題に上がっていた人物の声だ。
『二人とも、そろそろ終わった?』
「終わったわよ」
アンヌがそう返事をすると、扉が開いてルークが部屋に入ってきた。
「着替えるだけなのに結構、長かっ――」
ルークがそこで口を閉ざしたのは、きっとシェリルが視界に入ったからだった。
少し驚いているように見える彼の表情が、良い方向にとっていいのか、悪い方向にとってのかがわからない。
「どうしたの? アンヌが自分の作った服着させるなんて珍しいじゃん」
「どう? かわいいでしょ?」
自信満々に言ってのけるアンヌに、シェリルの身体が硬くなる。ルークは固まるシェリルを上から下まで眺めたあと、シェリルに近づいて頬を引き上げる。
「ん。かわいいよ、シェリル。超、俺好み」
「あ、ありがとうございます」
その褒め言葉に、シェリルは頬を染めながらそうお礼を言ったのだが、アンヌには不満があったようで、彼女は眉を寄せて唇をとがらせた。
「そうやってすかしてないで、ちゃんと褒めなさいよ!」
「いや、ちゃんと褒めてるでしょ。あと、可愛いと思ったのは本当だって!」
「あーぁ。これだから、この男は! まったく女心がわかっていないんだから!」
なぜだかわからないが、いきなり始まった口喧嘩に、シェリルはオロオロと視線をさまよわせる。
「わ、私は十分嬉しかったので、その――」
「ほら、シェリルだってこう言ってるじゃん!」
「言葉だけじゃなくてさぁ。ほら、頬を染めるとか、狼狽えるとかあるでしょ!」
「そんなこと言われてもさぁ――」
そのとき、シェリルはルークの頭の上に何かが乗っていることに気がついた。
「ルーク様、ちょっとよろしいですか?」
「ん?」
口論をやめてこちら向いたルークの頬をシェリルはいつぞやと同じように両手で挟んだ。そのまま少し強引に彼の頭をぐいっと自分の方へ引っ張った。そうしてルークの頭を抱え込むような形になる。
「ちょ――」
「あぁ。これ、さっき頭を拭いてもらったときの糸くずですね」
シェリルはルークの頭についていた糸くずを指でつまむようにして取り、彼の頭を解放した。
「さっきまで私にもたくさん付いていたんです。でも、アンヌさんがちゃんときれいにしてくれて――って、ルーク様、どうかしましたか?」
シェリルがそう首をかしげたのは、ルークの頬がほんのりと上気しているように見えたからだ。
ルークの顔を見て、アンヌの頬が楽しそうに持ち上がった。
「へぇぇえぇ、なるほどね。そういうのによわいのね、アンタ。これだけ付き合ってきて初めて気がついたわ」
「いや、これはそういうんじゃなくて……」
「意外と可愛いところがあるのね」
「いや、だから……」
ルークは先ほどの威勢がそがれたようにアンヌの言葉にタジタジになっていた。
困った顔になっているルークを尻目に、アンヌはシェリルにそっと耳打ちをした。
「シェリル。ルークを落としたいなら、さっきみたいに小悪魔になりなさい」
「こあくま、ですか?」
「えぇ。うんと、振り回してやるのよ! こいつ、きっとそういうのに弱いから」
「ちょっと、なんか変なこと言ってるでしょ!」
何か吹き込まれたら溜まらないと、ルークはアンヌとシェリルを引き離す。
そこからまた二人の口論が始まった。
そんな仲の良い二人を見ながら、シェリルは先ほど言われた言葉の意味を考えていた。
(こあくま……? 振り回す?)
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