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11.クールポンコツはトラブルメーカー!?


 まず目の前に広がったのは人の海だった。

 馬車がすれ違っても余裕があるような大通りを、たくさんの人が談笑しながら歩いている。一人ひとりの声はささやかだが、これだけの人間が集まると控えめに言っても騒々しくて、隣にいるルークの声でさえもなかなか聞こえない。

 道の左右には色とりどりの露店が建ち並び、そこからはお肉を焼いたときのような香ばしい香りや、もぎたてのフルーツの香り。異国の料理でも並べているのか、嗅いだことのない、けれど食欲を刺激するスパイスの香りなどが漂ってくる。大通りの先には大きな広場があり、そこには色とりどりの花を手押し車に押し込んだ花屋や、曲芸を披露する旅芸人の姿があった。

 賑やかで、騒々しくて、ひしめき合っていて。

 けれど、とっても――

「華やかです!」

「でしょ?」

 圧倒されつつも、瞳を輝かせるシェリルの隣で、ルークが胸を張っている。

「すごいです。こんなにたくさんの人、初めて見ました!」

「この街は栄え具合で言ったら、オルテガルドの中で三番目ぐらいだからね。まぁ、それなりに元気な――」

 ルークがそこで言葉を切ったのは、突然シェリルが走り出したからだ。

 彼女はフルーツの置いてある露店に近づき、声を高くした。

「ルーク様! ルーク様! これはなんでしょうか?」

 そう言ってシェリルが指しているのは、薄緑色の楕円形のものだった。

 ルークははしゃいだ様子のシェリルに一つ笑って、彼女の隣に並び立った。

「それは、ポポーってフルーツだよ。最近ここら辺で栽培を始めたやつだね。とろっとしていて甘い果物だよ」

「ぽぽー! 初めて聞きました! あ、でも、挿絵とかでは見たことがあるかも知れません! つい最近、植物の図鑑を読んだので! これがぽぽー! 実物の、ぽぽー!」

「食べてみたいなら、一個買って――」

「あ! あれはなんですか!?」

「は!?」

 ルークが財布を出す前に、シェリルの興味は他に移る。彼女は今までに見たことがない速さで、別の露店へと駆け寄った。

「ルーク様! ルーク様! これは?」

「それは――」

「あ、あれも気になります!」

「――ちょいまち!」

 ルークは再び走り出そうとしたシェリルを、襟首をつかんで止める。そのまま親猫が子猫を運ぶときのように、露天の前から引き剥がし、広場の端の方へ移動した。

「シェリル。一つだけ約束しようか」

「なんでしょうか?」

「できるだけ目立たないこと!」

「目立たない、ですか? そういえば、ルーク様はお忍びでしたね!」

 馬車の中で、シェリルはルークから「今回のデートはお忍びだから」ということを聞かされていた。聞くに、ルークはあまり領主として領民の前に立っていないという。理由は色々あるらしいのだが、一番は気軽に領地の中を見て回れなくなるのが嫌だから、ということらしい。

「まぁ、お忍びだってのもあるけど、今回はシェリルもいるからね」

「私、ですか?」

「うん。エルヴィシアとオルテガルドはつい最近まで戦争していた仲だからね。見た目で君がエルヴィシア人だって気がつく人はほとんどいないと思うけれど、万が一バレるとなにかと厄介だからさ。こっちはあんまり損害を受けてないとはいえ、それでも別に無傷ってわけじゃなかったんだしね」

「それは、確かにそうですね」

 シェリルは先ほどまでの浮かれた表情を消し去り、神妙な顔で頷いた。

 先の戦争は、エルヴィシアから仕掛けたにもかかわらず、オルテガルドの圧勝で終わった。それは大人が赤子の手をひねるのと同じような感覚で、誰かどう見ても最初からわかっていた結末だった。それ故に『どうして国王はオルテガルドに兵を向けたんだ』と国民の中でも困惑が広がっていた。

 シェリルも当時はそういったことが書いてある新聞を読みながら、どうして……、と首をかしげていたものである。

「ま。といっても、楽しむなって話じゃないよ? 目立たないように楽しもうねって話だからさ」

「わかりました」

「……で、どうする? 他に行きたいところある? それともさっきのポポーって果物、気になる?」

 シェリルはそのまましばらく考えた後、はっと顔を跳ね上げた。

「わ、私、行きたいところがあったんです!」


 シェリルが連れてきてもらったのは、広場にある大きな噴水だった。

 噴水といっても庭園にあるような丸い形のようなものではなく、それは四角い形をしている。中心には精密に彫られた男女の彫刻がいくつか並んでおり、それはまるで神話のワンシーンを切り取ったかのように見えた。彫刻が立っている岩場から水が溢れており、それが噴水の中を満たしている。

「ここ、前に馬車で通ったときから気になっていたんです。あれは、なにをしているんだろうって」

 そういってシェリルが視線で指す先には、若い男女がいた。彼らは後ろ向きで何かを噴水に向かって投げている。彼らは投げ終わった後、その行く末を見て一喜一憂していた。

 ルークはそれを見て「あぁ」とどこか納得したような声を出す。

「あれは、願掛けだよ」

「願掛け?」

「あの噴水は『サンタ・ルーナの涙』って呼ばれていて、ああやって後ろ向きでコインを投げて、無事水の中に入ると、願いが叶うっていう話があるんだよね」

「願いが?」

 瞬間、シェリル、目がきらりと輝いた。

 ルークはそんなシェリルを視界の端に止めつつ、噴水を指さす。

「石像の下から水が段々と流れているでしょ。あれの一番上にコインが落ちれば『必ず願い事が叶う』。二段目に落ちれば『努力すれば叶う』。三段目に落ちれば『困難を乗り越えれば叶う』って意味になるんだよ」

「それは、どのぐらいの確率で本当なんでしょうか」

「さぁ? 言ってしまえば、ただの迷信だからね」

「つまり、観光地特有の詐欺的行為ですね!」

 正しいけれど、正しすぎてあんまりな物言いに、ルークが「……言い方」と苦笑を漏らす。しかしシェリルはそれでも楽しそうにこう言葉を続けた。

「でも、神様に縋りたくなるほど頑張ってらっしゃる方の願いなら、たくさん叶っていそうですね!」

 まっすぐに放たれたシェリルの言葉に、ルークはわずかに驚いた顔になる。

 彼はそこから表情を優しく崩して「そうだね」と微笑んだ。

 シェリルはそれからじっとコインを投げ入れる人を観察した。どの人も真剣そのもので、なのにやっぱり楽しそうだった。

「シェリルもやる?」

 そう声をかけられて、振り返れば、ルークが指でつまんだコインをこちらに差し出してきた。シェリルは促されるまま、それを両手で受け取る。

「いいんですか?」

「やってみたいんでしょ?」

「で、でも、このコイン!」

「気にするほどの金額じゃないでしょ」

 シェリルは散々迷った末、「ありがとうございます!」とコインを胸に抱いた。

「大人はこの白い石の場所から投げるんだよ」

 そう言ってルークが指す石畳は、そこだけ白い。どうやらそれはこの噴水にコインを投げる人のための目印らしい。目印はそこだけでなく至る所に点在しているようだった。

 シェリルは「わかりました!」と頷いて、緊張した面持ちで位置についた。そして噴水に背中を向ける。

「いきます!」

 シェリルは大きく息を吸い、今最も強い願いを叫ぶ。

「ルーク様をメロメロにできますように!」

「は!?」

 ルークのひっくり返った声を無視して、シェリルは思いっきりコインを後ろに放り投げた。願いを受けて高く舞い上がったコインは、太陽の光にきらりとその身を輝かせる。

 そうして――

「いたっ!」

 ……シェリルの頭の上に落ちてきた。

 コインは地面に落ちて転がる。それを見て、シェリルは絶望的な表情になった。

 だって、一番上にコインが落ちれば『必ず願い事が叶う』。二段目に落ちれば『努力すれば叶う』。三段目に落ちれば『困難を乗り越えれば叶う』。

 と言うことは、つまり――

「コインが噴水に入らなければ願いは叶わない? や、やっぱり、私は死――」

 シェリルがそう呟くのと同時に、周りでどっと笑いが起こった。

 どうやら、叫んだ内容が周りにも聞こえていたらしい。

 ルークの方を見れば、彼も珍しく恥ずかしそうに額を抑えていた。

 地面で輝くコインを、側で見ていたおじさんが拾ってシェリルに届けてくれる。

「熱烈的だねぇ、嬢ちゃん。あれなら、もうちょっと近くでやりなよ」

「そうそう! あの男に入るところを見せつけてやりな」

「嬢ちゃんなんか俺たちから見たら子供なんだから、こっちにおいで」

 そう手招きをされ、シェリルは子供用に塗られたと思われる黄色い石畳の上に立った。

「では、お言葉に甘えて!」

「ちょ、まだやるの!?」

「ルーク様をメロメロにするまで帰れませんから!」

 そう宣言をすると、ルークの表情が強ばった。先ほどよりもはっきりと頬が淡く染まっているのがみえる。そんなルークの肩を、近くにいた陽気な男性がバシバシと叩いた。

「だって。愛されてるねぇ」

 ルークはそれを受けて微妙に顔をしかめる。それでも嫌そうに見えないあたり、きっと恥ずかしいだけなのだろう。

 シェリルは再び噴水に背を向けた。そして気合のこもった声を出す。

「いきます!」


 結局、それから何回も挑戦したのだが、やっぱりコインは入らなかった。

 まるで見えない壁に阻まれているみたい――というわけではなく、単純にシェリルの身体能力的な問題でまったく入らないのだ。

 回数を重ねるたびにシェリルは噴水へ、一歩、また一歩、と近づいていき、それに比例するように、観客もまた一人、二人と増えていった。

 気がつけばシェリルとルークを囲うように人だかりが出来ており、もう当初の『目立たない』は達成できそうになかった。

「こ、これで最後にします!」

 シェリルがそう宣言したときには、彼女は噴水の縁ギリギリの位置に立っていた。少しでも自分の後ろに飛ばせることが出来れば入る位置である。

「これで入らないってことはないだろう!」

「嬢ちゃん、がんばれ! 腰をくいっと曲げるんだ! くいっと!」

「手首のスナップをきかせるんだぞ!」

 そんな声援にシェリルは頷きで返す。そして、両手でコインを持った。

「いきます!」

 そうしてシェリルは、アドバイスどおりに腰を後ろに思いっきりそらして、コインを後ろに放った。同時に、身体のバランスが崩れた。

「わわっ」

「シェリル!?」

 大きく上がる水しぶき。

 そしてやっぱり、コインは水の中に落ちることなく、地面の上に転がった。


面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、

今後の更新の励みになります。

どうぞよろしくお願いします!

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