10.完璧なデートプラン
(なんだか、とんでもないことになってしまったわね……)
シェリルは馬車の振動を身体で感じながら、困ったように眉を寄せた。
あれからあれよあれよという間に準備が進み、気がつけばシェリルは町娘のような服を着せられ、馬車に詰め込まれていた。隣にはこちらもいつもよりラフな服装のルークがおり、鼻歌交じりに馬車の外を眺めている。なんだか機嫌が良さそうなのは、きっと仕事を抜けることが出来たからだろう。
シェリルだって、いきなりだがデートが決まって嬉しくないはずがない。しかし、当初の予定ではデートはもっと先の予定だった。準備も十分に出来ていないこんな状態じゃ、また以前みたいにルークのことをがっかりさせてしまいそうである。
シェリルは首に掛かっている紐をたどり、鍵を無意識に撫でる。
(こういうときこそ、無限書庫に頼りたいのだけれど……)
ルークの前でまさか自分の力を披露するわけにもいかない。
シェリルの力は誰にも言ってはいけないものなのだ。その能力の希少性がゆえに、『秘密がばれると誘拐される』と彼女は教えられ続けていた。過去には実際に誘拐されかけた神使もいるらしい。サシャからは『生きたまま解剖されて、実験台にされるかも知れませんね』なんて恐ろしいことを言われたこともある。力のことを知っているのはエルヴィシア王家の者か、その周りにいる側近や役職に就いている貴族ぐらいなもので、ほとんどの者は、シェリルはお飾りの神使だと思っている。
なので当然、オルテガルドに来るときも叔父である国王から『絶対にバレないように』と言明されてきたのだ。シェリルが死んで、エルヴィシア王家に新しい神使の女性が生まれるまで、この能力のことは秘匿しなければならない。
「で、シェリルはどんなデートプランを考えてくれていたの?」
突然思考を破ってきたルークの声に、シェリルは「え?」と顔を上げた。
視線の先には、先ほどまで窓の外を眺めていたルークの金色の瞳がある。
「考えてくれていたんでしょ? デートプラン」
「も、もちろんです!」
(こ、これは、私の計画性をアピールできるチャンス!)
シェリルはポケットの中に密かに忍ばせていた紙を取り出す。それは、今朝シェリルが『ルーク様をデートに誘いましょう!』と思い立ったときにざっくりと計画したデートプランだった。
シェリルはそれを見つつ、高らかに発表を始めた。
「まずは、完璧なお迎えからスタートです!」
「お迎え? 同じ場所に住んでいるのに?」
「はい! デートは最初の印象が大切ですからね。ルーク様には屋敷の前にお待ちいただいて、私は煌びやかな馬車に乗り、花束を持参して、ルーク様をお迎えにあがります!」
「うん、それで?」
なにがおかしかったのか、ルークはもう笑っている。
しかし、シェリルはそんなことなど気にすることなく続ける。
「午前中は、美術館を巡ったあと、庭園を散策します。美術館では展示されている彫刻や絵画を見ながら感性や価値観の摺り合わせをし、庭園では自然の空気に心を癒やされながら、お互いのことをより深く知るための会話を重ねます。それと同時に、私の有用性を示していきます」
「有用性?」
「花の名前から特徴、育て方や花言葉に至るまで、私がルーク様にじっくりゆっくり説明します。ご希望ならば育て方も! そして、昼食はそのまま庭園で採ります。メニューは私の作ったお弁当です。男性の心を掴むには、まずは胃から掴むのがいいそうですから!」
「ちなみに、シェリルって料理したことあるの?」
「いいえ。まったく! ですが、レシピだけは読んだことがあります! 完璧です!」
「完璧かなぁ」
「そして、午後からは――」
「もういいよ。大丈夫。ありがとう」
いつの間にかルークは、笑いが堪えきれないといった感じで腹を抱えている。
「ねぇ。それって、やっぱり本の知識だったりするの?」
「はい! 今回参考にした本は『恋愛下手のあなたでも安心! 究極デートプラン大全』です! あぁそれと、以前お友達に教えてもらったことも流用しています!」
「お友達?」
「私、実はオルテガルドに文通相手がいたんです! もう今は手紙も帰ってきてはいないんですけど。考えていた午後からのプランはその方に教えてもらった場所なんです!」
「へぇ。それじゃ、一時期でもこの辺に住んでいた子かもね。会いに行ってみないの? 文通していたってことは、どこに住んでいるかは知っているんでしょ? 近くなら案内できるよ」
ルークの提案に、シェリルは首を振った。
「いえ。知らないんです」
「文通していたのに?」
「文通はニコ――電書鳩でしていたので……」
「伝書鳩?」
「ニコは、サシャが連れてきてくれた子だったんです。実はその子、前は別の方に飼われていたんですが、羽を怪我して飛べなくなってしまい、処分されそうになっていたそうです。それを可哀想だからとサシャが引き取り――」
シェリルのところまで連れてきてくれたのだ。
シェリルとサシャの献身的な治療の甲斐あって、ニコは再び飛べるようになった。それからしばらくの間は塔の窓から飛び立たせたりして、二人で大切に育てていた。ところが、ある日突然姿を消してしまい、一ヶ月後、何事もなかったかのようにひょっこりと戻ってきたのである。
「そのときにはもう、ニコは足に手紙をつけていたんです」
伝書鳩の習性か、どうやらニコは長距離の飛行に挑戦しようとしたらしい。しかし、未だ体力が戻っておらず、結局落ちて怪我をしてしまったという。それを助けてくれたのがシェリルの文通相手だった。
「そこから、その子との文通は始まりました」
「へぇ、良い出会いじゃん! でも今時、伝書鳩なんて使ってる人いるんだね」
「ルーク様! 伝書鳩を侮ってはいけません。彼らは帰巣本能が強く、どれだけ遠くに離れていてもねぐらと定めたところには帰ってくることが出来るんですよ! その上、方向や位置を測定する能力を持ち、一度通った場所の山や建物などを目印として記憶することが出来る高い記憶力を――」
「わかったわかった」
その力説に、ルークは苦笑いを浮かべつつそう彼女をなだめる。
シェリルも熱くなっていた事を自覚したのか「失礼しました」と頬を染めた。
「なんかシェリルって、世間とズレてるよね」
「そうですか?」
「なんていうか。色々知っているのに、なにも知らないって感じで」
「それは……そう、かもしれません」
シェリルはどこか恥ずかしそうに視線を下げた。
「私、実は王宮の敷地から出るの、はじめてなんです」
「は?」
「といっても、王宮にだって半年に一度ほどしか呼ばれることはないんですけど。いつもは敷地内にある塔の中で、ほとんどの時間を過ごしていて。塔の外にはお呼びがあるまで出ちゃいけない決まりなんです」
「それって、もしかしてお役目のため?」
「はい。『シェリルは大切な神使なんだから、ここから出てはいけないよ』って、ずっとそう言われて育ちました。なので、私にとって、世界は本の中にしかなかったんです。本は世界で、世界は本で……。だから、ルーク様から見ると、私はちょっとズレているのかもしれません。私も多少は自覚がありますし」
そうシェリルが困ったように笑うと、正面にあるルークの顔がなぜか強ばった。
そんな彼の表情にシェリルは気づくことなく、何かに思い至ったようにぱっと表情を輝かせた。
「そうだ、ルーク様! ルーク様は、海を見たことがありますか?」
「海? まぁ、何度かね」
「本当ですか!? すごい! すごい! 海って、本当に大陸よりも大きいんですか? 先が見えないぐらい広いというのは、物語だけのことですか? あと、味はしょっぱいんですよね? それは、スープみたいな感じでしょうか?」
「それは……」
「私、死ぬまでに一度、海を見てみたいんです。夕日が沈んでいく海って、すごく綺麗なんですよね? あと、泳いでいるお魚も見てみたいんです! 私、実はお皿の上に乗っているお魚しか実物では見たことがなくて……」
頭の中に海を思い描いているのか、シェリルはうっとりとした顔で目を閉じている。
そうこうしている間に目的地についたのか、馬車が止まる。その振動で自分が熱くなっていたことに気がついたのだろう、シェリルは恥ずかしそうに頬を染めた。
「……すみません。私が行きたいところとか興味ありませんよね」
「いや――」
「実はここだけの話、王宮にいる人以外で会ったことがあるのも、ルーク様がはじめてなんです。こう考えたら、ルーク様が私の世界を広げてくださったのかも知れませんね」
シェリルがそう頬を赤らめると同時に、御者が馬車の扉を開ける。
先に降りたルークの手に掴まりながら、シェリルは微笑んだまま小さく頭を下げた。
「ありがとうございます、ルーク様。私を外の世界に連れ出してくれて」
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