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亀よりも鈍いスピードです。すみません。


過酷で重労働を課される空き地での耕運作業。


鍬を振り下ろし、地中の石を見つけては道端に放り投げて畑にする場所から取り除いていく。


大きな石もあれば小さな石もある。


どれくらいの小石ならそのまま畑のなかにあっても良いのかは育てる野菜によってまちまちだ。


根菜類を植えるのなら深さ五十センチ以上は掘って、どんな小さな石でも除去しなければならない。


でないとボコボコとした物になったり、形が悪いと使いにくいのだ。


今回の開拓地はさつま芋畑にする予定らしく、農家出身の同級によれば『そんなに神経質になって小石を取り除かなくても怒られない』とのこと。


大根だったら目の細かい篩いにかけたいそうだ。


大根が二股や三股になっているのを千颯は見たことがなかったので「なるほど、こうやってあの大根は先端がきれいな一本の野菜になるのか」と目を輝かせてお坊ちゃん発言をしてしまった。


それを聞いた同級たちは暖かい眼差しを千颯に向けて肩や背中をぽんぽんと叩いて「一つ利口になったな!」とほめてくれたのは初めての農作業に従事した時の良い思い出だ。


そんな事を思い出している昼の休憩時間に、国語教師がやって来た。


「坂上千颯。どうやらお前の言っていた今朝の遅刻の件は本当の事だったらしいな。だが、やはり集合時間を守れるようにもっと早く来ることはできんかったのか? ……ん。いや、しかし、この場合は仕方のないことだったのだろうか。うぅ~む」


千颯を苦言を呈するのだが、何故か教師は悩み始めた。


「あの……、先生?」


千颯は教師が何に迷いが出ているのか不思議に思った。


「おぉ。お前が助けたご婦人はな、区長夫人だったそうだ。さっき知らせがきて夫人がお前を探しているといっているらしくてな。作業が終わったら来てほしいと要請があった。が、今からでも構わんから行って来い。今日はそのまま帰宅してもいい。学校長からの許可が出ている」


国語教師は気まずそうに白状した。


昼の休憩前に誰かが教師に話しかけているのをちらりと見たような気がしたが、それがこの知らせだったのだろう。


「はい、分かりました。本当にこれから向かっても良いのですか?」


「良い。お前が運び込んだ家にまだいらっしゃるそうだ」


念のためにちゃんと確認してみると滞在している場所まで教えてくれた。


区長夫人はまだあの家に留まっているらしい。


しかし、なぜこんなにも教師の態度が変わったのだろう?と千颯には不思議でならない。


早く帰れるというのなら有難く享受する。


千颯は下宿先で作ってくれている弁当を手早く片付けて、帰り支度をすると今朝お世話になった家に向かう事にした。


「坂上~、良かったな、信じてもらえて」


「助けたその人、元気になったのかな」


「明日また詳しい経緯を教えてくれよ」


同級の中でも千颯と仲良くしてくれている者たちが話しかけてくれる。


「あぁ、分かった。じゃあ、僕はこれで。香月(かつき)松嶌(まつしま)高階(たかなし)また明日」


千颯は少し軽くなった荷物を持って速足で区長夫人のいる家に駆けていく。


「いいなぁ坂上。早く帰れて」


「何か良い事をすれば松嶌も早く帰れる日があるんじゃないか?」


「良い事ってなんだ?試験で一番になることか?」


「高階って馬鹿?『次も現状維持』って言われるだけだろ」


「あ、バカにするなよ。俺は香月よりも成績上位だぞ」


「そんなのいつの話だよ」


「1年以上も前の話をされてもねぇ」


しみじみと今の勉強ができない境遇に諦めの感情を滲ませる。


「…………ずっと農作業だもんなぁ。勉強の仕方なんて忘れてしまいそうだ」


「そこは自己責任なんじゃないか?」


「まぁ、そうなんだけど」


「この中でちゃんと自分で勉強してるヤツ~?」


「「「はーい」」」


3人とも挙手する。


「おぉ!真面目!」


「ホント。偉いよ俺たち」


「自画自賛~」


「勤労動員が始まった当初は疲れ果てて勉強どころではなかったけどさ」


「そうか?」


「そうだったんだよ僕は。農作業未経験者だったんだぞ? でも体力ついたし、君たちがいろいろ作業のコツを教えてくれたし、何とか無事に続けてこられてるんだ。感謝してる」


にかッと白い歯を見せて高階は笑いかける。


「なッ!? なんだよ急に~……照れるじゃないか」


「照れるように言ってるんだからいいんだよ」


「とはいってもさ、自分の力だけでは勉強って無理なんだよなぁ」


「そうだよな。限界がある」


「あれ? 俺は坂上に教えてもらってるけど……」


「えッ!? なにそれ!?」


「どういうことだ!」


「どういうって……。休憩時間の時にわからない所があるんだって愚痴をこぼしたことがあってだな。そしたら『あぁ、そこは分かりにくいよね。帰りに家に寄ってくれれば僕のノート見せてあげられるんだけど、時間ある?』って誘ってくれてさ。彼の下宿屋にお邪魔したんだ」


「はぁッ?」


「抜け駆けじゃないか!」


「…………抜け駆けって。言わない方が良かったか~」


「それいつの話?」


「……二年に進級して暫くしてから。数学でどうしても分からないところがあって。教えを請いたくても先生方には聞ける雰囲気ではないと思って、独り言を呟いてたら偶然にも坂上に聞かれてしまっていてさ……」


「えー……教師は教えるのが仕事」


「そうは言っても個別で指導をしてもらうわけにはいかないだろう?戦争中だから勤労奉仕してるのに、なんで勉強してるんだって怒られてしまうよ」


「そうだな。抜け駆けはズルいって言われそう」


「だろう?」


「あぁ。そういえば。軍需工場に行ってる奴の話をちらっと聞いたんだが、酷いらしいんだ。軍人に殴られるのは日常茶飯事。製品にゆがみがあるといきなり無言で拳が飛んでくるって」


「それは粗悪品ができたら怒られるのは当たり前なんじゃないのか?」


「いや、いきなり『これを作れ』って言われて詳しい作り方も教えてもらってないのに同じ物を作れるわけがないだろ? 鉄砲玉作るのも命がけだ。薬莢に火薬を詰める作業を任されても、どんなに安全に作業をしたとしてもちょっとしたことで爆発するんだぞ。怖いだろ」


「そういえば、どこかの工場で爆発事故があったらしいな。多数の死傷者が出たっていう話だ。神経すり減らしての作業なのに軍人さんが急に殴ってくる恐怖とも戦ってる。それを聞いたら俺たちの奉仕作業は恵まれているんだと思う」


「重労働だけどな」


「重労働だけどあまり命の危険は感じない」


「重労働なのはそれだけ食料不足が深刻なんだろうな。現に俺たち軍事教練には参加してないし」


「軍事教練よりも野菜を作る方が大事なんだろうな」


「腹が減っては……か」


「そうだろ?」


「うーん」


「教練だって鉄拳が飛ぶらしい。私語厳禁、一度の説明で理解できないと怒鳴られてそしてまた殴られる」


「厳しいなぁ。まぁ私語はダメなのは分かる。だけど、理解できるように説明してほしいな。質問も出来ない感じ?」


「だから時間の無駄を作らせるなってことだ」


「えー」


「ほら、そういう態度が反抗していると取られるんだって」


「そっかぁ。気をつけなきゃいけないんだね」


「そののほほんとした態度も処罰。鉄拳だ」


「うはぁ……。難題だな。僕には教練は向かないよ。うちがぶどう畑の農作業経験があって助かった。でないと今頃は殴られまくりで身体が竦んで悪循環に…あ、」


「お、そろそろ時間だ。午後の仕事を始めよう」


「本当だ。頑張ろ」


「よし!やるぞ!美味しいさつま芋が育つ畑を準備してやるんだ!」


「そして女学校の生徒さんたちにこの畑は丁寧に耕されていてステキね……。なんて言われてさぁ」


「苗を植えるのは女学校の生徒なのか?」


「だったらいいなぁって思ってるだけ!


「妄想かよ」


「この辺の婦人会のおばさんたちが来る方に鉛筆一本」


「お、賭けるか? じゃぁ俺は女学校の生徒だ」


「くだらない。さっさと作業始めろよ。怒られるのイヤなんだから」


三人は作業の続きを始めようと畑に戻っていく。


おしゃべりを止めて黙々と作業の続きを始めたのだったが、けたたましい大音量のサイレンが鳴り響いた。


早退を許された千颯は、朝ご迷惑をかけてしまった家にもうすぐで到着する所でもあった。


聞こえてくるサイレンに千颯はビックリして立ち止まった。


今までに聞いたことのない時間帯。


「これはもしかして!」


千颯は思わず空を見上げた。


するとさっきまで奉仕作業をしていた空き地の方角から五機の飛行機が飛んできた。


敵機なのだろう。


それは上空からここに町があるのを見つけて高度を下げてきた。


「あ、……!」


千颯は初めて見る実物の敵機を目の当たりにして竦み上がってしまって、心臓が壊れてしまったかのように乱れてめちゃくちゃな拍動数に跳ね上がった。


まるで蛇に睨まれた蛙だ。どうすればいいのか分からなくなった。


僅かでも動いてしまえば直ぐに殺されてしまうかもしれない……。


キラリと戦闘機が太陽の光を反射して千颯目掛けて迫りくる。


その直後にズダダダダダダダッ!!と、敵機の先端に取り付けられている機銃で何発も射撃され、手当たり次第に周りの家屋の瓦や戸板に銃弾が撃ち込まれる。


銃弾の嵐がやってくる。


もう駄目だ……!


千颯は目をギュッと閉じて死ぬのを待つしかない。


そんなことを一瞬の内に考えてしまっていると、「何やっている! 死にたいのか!」と、千颯の真横から男の叫び声と共に体当たりされるようにして突き飛ばされた。


その勢いで家屋と家屋の間の小さな通路に転がった千颯は、何があったのか分からずじっとしていることにした。


男も一緒に家の物陰に隠れて、敵に見つからないように姿を隠す。


機銃で攻撃された町は騒然となり、通行人は敵機から身を守るために逃げ惑う。


千颯の耳には音が聞こえてくる。


女の悲鳴、男の叫び声、複数の敵機が通り過ぎていくエンジン音、機銃から発射された銃弾が当たり瓦屋根が破壊されていく音。


千颯は体当たりしてでも助けようとしてくれた男に振り向いた。


「あ、あの……! ありがとう…ございます! 空襲警報のサイレン、だったんですね! 僕、初めて敵の飛行機を間近で見て、ビックリしてしまって! 危ないところを助けてくださって……本当にありがとうございました!」


まだサイレンは鳴り続けていて、死の恐怖に突然晒されて息が上がってしまっている。


それでもきちんとお礼を言わなければと、千颯はサイレンの音量に負けないように力いっぱいに叫んだ。


助けてくれたその人は、敵機が猛スピードで飛び去って行ったのを確認すると素早く千颯に近づき助け起こしてくれる。


「そんな大きな声を出さなくても聞こえてる。礼なんて後だ。今は生きることを考えろ。機銃で狙われたら大怪我か即死だ。逃げるなら向かって来る敵機の横だ。分かるか?」


「は、はい。分かりました」


サイレンはまだ鳴りやまない。


「飛行機はまっすぐ前にしか飛ばないし、機銃も前にしかついてないからな。飛行機の正面にいなければ銃弾は当たらない。だから横に逃げれば良い。方向転換するにも旋回範囲が大きいから再度攻撃してくるまでには時間がかかる。その間に防空壕に入るとか身を隠せれば助かるんだ。教練で習わなかったか?」


小さくなっていく敵機に目を凝らしながら説明してくれる。


「また戻ってくるかもしれないな……」


「あ、あの、僕は殆ど農作業の奉仕をしており、軍事教練は後回しにされていましたので」


「あー。食料生産重視の重労働では教練までは体力が持たず参加できないのか……」


「すみません」


彼は軍人でもなく、憲兵でもないのだろう。


もし憲兵ならこんな基本的なことも覚えてないのかと拳が飛んでくるはず。


しかし、この彼はカーキ色の戦闘帽に国民服を着ていて、中にはワイシャツに紺色のネクタイをしている、身分のある人なのだろうと思われた。


「ならば仕方がないな。君のほかにも教練に参加できていない子がいるのだろうか?」


「はい、います。少なくとも僕の友は僕と同じ作業をしているので今まで参加したことはないはずです」


「では教えてやってくれるか? 機銃掃射があったら飛行機の横に走って逃げろと。そうすれば狙われにくい」


「は、はい。必ず。あの、教えてくださってありがとうございます。とはいっても、今きた敵機が、友が奉仕作業をしている方角から飛んできたので心配です……」


「そういえば、君はこんな時間に作業していないのは何故だ? もう仕事が始まっているのではないのか?」


「はい。そろそろ午後の作業が始まっている時間ですが、用事が出来て早退することになりました。そこの鈴木さん宅に呼ばれており、僕はそちらにお邪魔するようにと学校からの指示で動いています」


「ん? 私の家に?」


「……私の家?」


「私も職場に連絡があってね、帰る途中だ。……どうやら敵は戻ってこないようだな。空襲警報は鳴ったままだが今の内に行こう。私の家族もこのサイレンで心細くしているかもしれないし心配だ。被害がなければいいのだが。行くぞ?」


「はい。分かりました、ご一緒します」


千颯は警戒しながら歩き出した男の背中を追いかける。


よほど家族が心配なのだろう、千颯がついてくるのを確認すると早歩きになった。


「サエ! 戻ったぞ! 無事か?」


ガラリと玄関の引き戸を少々雑に開けて中に入りこむ。


主人の帰宅の声を聞いて、朝の女性が慌てて出てきて裸足のまま土間に降りて飛びついた。


「よくご無事で! 今の空襲には驚きました! あんなに物騒な轟音を聞いたのは初めてですよ!」


「あぁ、私は無事だ。お前も怪我はないな?母さんは無事か? 敵は機銃で直ぐ近くの家を撃っていった。家は壊されていないか?」


「私もお義母さんも大丈夫です、怪我もしていません! 家も無事です! でも怖かったですよ! サイレンが鳴ったと思ったらすぐに轟音が聞こえてきて攻撃されたんですから!」


夫人はとても興奮していて、千颯が玄関に入るのに気づかず鈴木氏に抱きついたり体のあちこちを触り、怪我の有無を調べたり砂の着いた服を叩いては心配していたと頻りに全身を眺めまわす。


騒々しいサイレンの音がふつりと消えた。


「あぁ、解除されたようだな……」


「どうやらあれだけで済んだようですね。良かった……」


千颯もホッとした声をだした。


「あら。今朝の学生さん? あぁ!そうだったわ、奥さんが呼んでいたのよね。……私ったらこんなことしている場合ではなかったのに。嫌ねぇ、恥ずかしい所を見せてしまってごめんなさい。フフフ」


夫人は顔を赤くして夫の身体から手を放すと、パタパタと手で火照る顔を扇いでテレを隠した。


「無理もありません。僕もとても驚いてしまって、たまたま近くにいたご主人に助けられました。突然の出来事だったのでまだ興奮しています」


そう言って千颯は微かに震えている自分の両手を恥ずかし気に差し出して見せる。


「あら。そう言ってくれると助かります。こちらこそすみませんね、みっともない所を見せてしまって。さぁ、上がって下さいな、学生さん。今朝はお名前も聞かずに行かせてしまって悪い事をしてしまったと思っていたのですよ。貴方が助けた奥さんが会いたがっていますよ」

戦闘シーンの表現がとても難しいです。

ミリタリー好きではないのでどんな戦闘機が襲ってきたとかの設定もありません。

小型の戦闘機で先端に機銃、それだけしか千颯も判別していない。

周りにいた大人たちもサイレンが鳴ってからすぐの空襲だったので警戒することも情報収集もできなかった、とてものんびりとした地域だったのでかなり慌てていた……ということにしておいてください。

きっと当時の中学生なら敵の飛行機の種類とかエンジン音で、あ、これは米軍の○○社が開発した△△という機体だ!と一瞬で言い当てるのが当たり前だったのかもしれませんが……。

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