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世界の片隅で生きるということ  作者: 鈴音あき


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「君の袋……あぁ、これかな? 袋から出してもいいかな?」


「うん。お母さんが作ってくれたの」


「そっか。優しいお母さんだね」


「うん」


図多袋(ずたぶくろ)を開けて中を見る。


中身を出して並べてみるとキャラメルの箱、お守り、着替えなどの下着類、家族の写真、封筒が入っていたようだ。


「あったよ着替え。封筒が一緒に入れてあったけど宛名がないね」


「よんでください」


「え? 読んでいいの?」


「うん。もしも、ぼくがひとりになってしまってこまったときは、おとなによんでもらうのよってお母さんが言った」


「あ、そうだね。封筒の裏に書いてある。だけど、これはきっと大事なことが書かれているだろうし、袋に戻しておくよ。お風呂から上がった時に皆で読ませてもらおうかな」


千颯はそう言って着替え以外の荷物を図多袋に戻して奥さんのところに戻ることにした。



石橋氏と勝弥君が風呂からあがると、石橋氏がお湯が冷めてきているので「追い焚きをさせてくれ」と申し出てきてくれたけど、奥さんが断っていた。


「大変な目に合われたばかりでお疲れになっていますでしょ? しっかりと休んでください。せっかく温もったんですから勿体ないことはなさらないで。お二人は出口に一番近いお部屋を使ってくださいな。……ふふ。夫の寝間着が丁度いいようですね、良かったです」


そう言って奥さんは石橋氏が着た寝間着のサイズを確認してから風呂に入る女性を順に連れていく。


千颯は勝手口から外に出て風呂釜に新しく薪を放り込んで、どんどん追い焚きしていく。


途中で奥さんに声をかけて湯加減を確かめてもらう。


女性たちは髪を洗うらしいので、お湯がすぐに減ってしまうのだ。


水の量は奥さんに任せてとにかく火力を上げることに専念するのだが、薪が足りなくならないか不安になった。


暗い中、薪割りをした方が良いのではと悩んだが、どうやらそこまで必要ではないだろうと奥さんが言ってくれた。


未明の巻き割りなんてしたことがなかったので本当に助かったと内心で思ってしまう千颯だった。



夜中の大空襲があっても自宅や職場が被害にあっていなければ奉仕作業に出かける。


それが銃後を守る大日本帝国民の姿である。


そう教育されている学徒たち。


千颯は家も焼かれていないし怪我もしていないので昨日の作業の続きをしに行かねばならない。


耕し終わって出てきた石を集めて防空壕の補強材として学校まで運ぶのだ。


眠ってしまうと確実に寝坊するだろう。


今夜は徹夜だと覚悟を決めていたのだが、ほんの少し気が緩んでしまったのか、気が付けば朝。


寝るつもりはなかったので自室となった防空壕に入らず、廊下に座って休憩していたのに不覚にも姿勢が崩れて転がっていた。


それだけでなく、奥さんが気遣ってくれて余っていた毛布を肩から掛けてくれていた。


小さな声で「千颯さん」と静かに揺り起こされて飛び起きた。


奥さんはギリギリまで千颯を寝かせてくれていた。


夜中に避難してきた石橋氏などはまだ床の中で、起こすのは忍びない。


慌ててはいるができる限り物音を立てずに園部家を出る。


日が昇り、明るくなった巣鴨。


三月の空気はまだまだ冷たい。


大きく息を吸い込むと少し焦げ臭い気がした。


東からの風が少し吹き、まだ燃えている所があるのか、匂いがここまで来ていると思う。


下町の空には無数の白煙が立ち、上空には微かに黒い靄がかかっているようにも見える。


そして東に向かってのびている道には、ぽつぽつと人影があった。


道の端に倒れこんでいる人、しゃがみ込んで項垂れているような人影が……ポツリ、ポツリと。


迫りくる炎から命からがら逃げて、逃げて、ここまでたどり着いて、一息入れているのか。


同じく早めに下町の空襲の火事から脱出できた石橋氏らは運良く園部家で見つかり収容されたのだが、深夜の北風に吹き続けていた寒空の下で過ごした人々が果たしてこの寒さに耐えられたのだろうか?


確かめなければ。


千颯は急いで道端の人たちに駆け寄った。


千颯が最初に近付いた人はかすかに息をしているのがわかった。


あんなに酷い空襲があったのだから、一帯は焼け野原となり、今日は大人たちも片付けなどで忙しくなり、奉仕作業どころではなくなるかもしれない……。


千颯はすぐに園部家に戻り奥さんに声をかけた。


彼らのために、どこか身を寄せる場所を探さねばならないかも。


「班長さんに報告しましょ。もう起きて動き出しているかもしれないわ。お願いできるかしら?」


「それはもちろん。被害が大きかったでしょうし、きっと今日の作業は中止になると思います。学校から連絡があればその時は叱られて終いになるでしょ」


千颯は笑って班長さんの自宅に向かった。


しかし班長さんはまだ奥方も一緒に休んでいたようで、声をかけてもなかなか出てきてくれなかった。


気の毒ではあるが、玄関の戸を力任せに叩いて起きてもらい、状況の確認をしてもらって指示を仰ぐ。


班長さんたちととりあえず生存者を近くの班員の家に保護の協力を頼んだ。


千颯が避難者を担いで近くの家に連れていき、班長さんがその家に収容・保護を頼んだ。


その繰り返しをしていると、班長さんが感心して「君は力があるんだね。人一人担ぐのは体力がいるだろうに」と褒めてくれる。


「毎日の奉仕作業で空き地を耕して畑にしているものですから、自然と体力も筋力もついてきますよ」


「でも君はまだ中学生だろう?」


「はい。巣鴨中学の二年です。流石に成人男性を背負うのはちょっと難しいと思います。この方のように小柄な女性だから……」


「……う?」


千颯が背に負っていた女性が意識を取り戻し、声を出した。


「あ……。班長さん、気が付かれたようです」


「おぉ、良かった。『剣持結子さん』ですね。焼け出された避難者でよろしいですかな? 道端に倒れていたのでこれから近所の家で保護しますよ。そこで休憩してくださいね。自分で歩けますか?」


「は……はい。自分で歩きます」


「じゃぁ千颯君、降ろしてあげて」


「はい」


千颯は負ぶっていた女性を背中からゆっくり降ろして立たせる。


「どこか怪我をしたり痛いところはありませんか?」


「……大丈夫、だと思います」


「それは良かった」


千颯と班長さんは安心して班員の家を目指し女性を連れていく。


千颯の所属する隣組で保護できた避難者は園部家の5人を含めて15人だった。


ここの地域に避難してきた人たちは少ないはずだ。


というのも、大きな通りに面している集落ではないし、どんどん住宅が減っていき畑が広がりあぜ道ばかりが多くなり、自動車がやっと通れるほどの細い道には街灯も付かないという、地域の住民の生活路の先にあるのが千颯たちの住む集落だ。


そんな小道を混乱の中で火事から逃れてくる人が進んできたのが少ないのは当然のことだった。


そして残念ながら、寒空の下で体力を使い果たした死者が二人いた。


遺体には身元がわかるように着ているものにも持ち物にも、すべてに名札が縫い付けられている。


役所に行けば死亡届は速やかに受理される。


班長さんの家にある荷車に遺体を乗せて役所に運ぶことになった。


身元はどちらも深川の住所だった。


班長さんが役所の窓口に行って書類提出の手続きをして、千颯は職員の指図通りにご遺体を所定の場所まで運んで安置した。


「役所に縁者さんがきてくれることを願おうか」


「そうですね」


職員さんと短い会話をして静かに手を合わせた。


「仏さんの遺品は役所で預かっておこうかね。あなた方はこのまま帰ってくださってかまいませんよ。運んできてくれてありがとうございました。ご苦労様です」


合わせた手を降ろして、ほほ笑んだ女性の職員さんは千颯を労ってくれた。


「はい。では後はよろしくお願いします。失礼します」


千颯がまだ役所から出てこない班長さんを敷地の出入り口の近くに荷車を止めて待つことにした。


すると時間もそんなに待つこともなく班長さんが出てきた。


「千颯くん、待っていてくれてありがとう。無事に受理されたし帰ろうか。とりあえず、避難してきた人たちの名簿を作ってこちらの自治会に報告しないとね。配給に間に合うように」


「今度は自治会ですか」


「そうだよ。とはいっても昨夜の空襲でどこまでやられているのか分からないからねぇ。町内が機能していれば次からの配給から人数分の物資が入ってくる」


「迅速な対応なんですね」


「ああ。そのための組織だから。すべての家庭が入らなければならないんだよ。配給がなかったら何も買えないし、食料だって手に入らない。ここのみんなも畑はあっても石鹼も服も材料も一から作れないだろう?完全な自給自足はできないよ」


「はい。もちろん」


「避難所になってくれた鈴木家、金田家、本橋家と園田家で預かってもらったところで避難者の情報を素に名簿を作成するように家内に話しておこう」


「奥さんが名簿を作っている間に僕は風呂を沸かしてもいいですか?」


「風呂?」


「はい。疲れ切っているときには気持ちの切り替えが必要ですよ。園部家で保護した五名の避難者たちに風呂を沸かして入ってもらったんですが、寒さで強張っていた身体も解れて、助かったんだと実感できたらしいです」


「日本人はやっぱり風呂だということか」


「いつものように班長さんの家の風呂を使わせてもらっていいなら僕が沸かしますよ?」


というのも、母屋から離れて作られ独立しており、風呂場は園部家のそれより広く、浴室内に設置している大きな桶から自分で好きに水を足して温度を加減できるから便利なのだ。


「奥様は母屋で名簿作成に集中してもらって僕が風呂を沸かすで丁度いいのではないでしょうか?班長さんも他にいろいろと手が足りなくなると困るでしょうから重労働くらい僕に任せてください」


「頼んでもいいのかい? なら助かるよ。風呂の用意ができたら避難者のいるところから連絡してくれ。きっと今日一日はすべての人が仕事どころではないだろう。東京全部がまともに動けるのは役所だけになる」


「そうなりそうですね」


「鈴木さんの所から順にまわって名簿の話をしてくるよ」


そうして隣組の中で班長さんがあちこちを歩き回って、千颯も巻き割りだ風呂の準備だと精を出しているうちに夕方になった。


「ただいま帰りました」


千颯が園部家に帰宅したのは暗くなってからだった。


今までの空襲は何だったんだというくらいの大規模な被害があったので事態の把握ができていないし、周辺との情報が回らないことに大人たちも混乱を極めた。


そんな中でも自分たちの生活を守り生きていくための手続きを班長さんたちは率先して指示していたのを千颯は間近で見ていた。


「千颯さん、お帰りなさい。ご苦労様でございました」


「はい。ありがとうございます。班長さんが手続きなどを全部引き受けてくださいました。特に勝弥君のことを調べてくれたりしたので、ひとまず連絡待ちということになってます」


荷物を降ろして今日の出来事を報告する。


朝でかけてそれきりだったので、奥さんも千颯が何をしてきたのか、班長さんが名簿関係でやってきたときに話をしたくらいであまりよくわかっていなかったみたいだ。


「そうですか。明日は私が班長さんの家に勝弥君を連れて行ってみましょうか。皆さん食欲がなくてもきちんと食事をしてくれたし。明日は婦人会の集会に参加することになっていますがどうなるか分からないわね」


「皆さん英気を養うことが出来たでしょうか……」


「どうかしらねぇ。雑炊でも少しは元気を出してもらえるといいのだけど」


朝はまだみんな眠っているうちに出掛けたのでバタバタしていたし、これから班長さんたちの家での連絡事項のやり取りがあるし、避難者の生活がどんな風なのか、千颯もよくわかっていない。

すみません。

戦時中は天気予報なんてやってません。

軍事機密扱いでした。

なので隣組のおじさんたちが風向きの話をしていた描写は、ゆるふわ作者のいい加減設定だから「しょーがねーなぁ」と寛大なお心でお許し願いたいです。

きっとこれからもこんな感じでそれっぽいことを垂れ流していくかと思いますがどうぞよろしくお願いします……。

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