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2−1

 「むぅー」


 部屋の椅子に座り、机に頬杖をつきながら、唸る。




 「申し訳ありません」


 僕の唸り声を聞いたウィルが、すごく申し訳無さそうな顔でそういった。たしかにウィルが言い出したことだけど、ウィルのせいじゃない。


 「謝らなくていいよ。怒ってるわけじゃないし」

 「ですが、こうなったのは――」

 「むぅーーーーー」


 ウィルの言葉を遮るように唸る。ウィルのせいじゃないって言ってるのに。


 僕は、街に降りた日に体調が悪いと仮病を使ったから、しばらく大人しくしていたんだけど……


 いつの間にか城内に僕が不治の病にかかったという噂が流れていた。体が動かせないほど悪く、もういつ死ぬか、というところらしい。寝たきりで、食べ物も水も喉を通らない、ときいた。

 もちろん全くのデタラメで、僕は今もピンピンしてる。一体誰のことなんだろ?


 多分、陛下か、ベルランツ兄様が言い出したんだと思う。きっと僕が勝手に城から出たことに気づいて、イジワルしてるんだ。

 でも、僕にとっては、その噂は嬉しいものだった。だって、その噂のおかげで僕に会いに来る貴族が減ったから。それは良い。それは、とっても良い。


 でも、


 「退屈すぎる……」


 そうこぼした僕に、ウィルが不思議そうにする。


 「では、なにか別のことをしてはどうですか?」

 「それはだめ!」


 それはだめだ。本当は、今日は中庭に出て、エルガーに剣を教えてもらうつもりだった。でももし、僕が走り回って元気だとバレれば、また貴族たちとの面会が始まる。それだけはヤダ。多分僕のこと、おままごとの人形か何かと間違ってるんだと思う。僕と話してるみたいなんだけど、僕のことなんて気にせず話してる。




 はじめは良かったんだ。ウィルに面会の予定がないと言われたとき、部屋を飛び回って小躍りしたくらいだ。でも、部屋にこもって2週間が過ぎ、3週間になり、1ヶ月がたった。もう限界だ。


 唐突に、リオと塔の上に登ったことを思い出した。あの塔の上ならずっといられそうな気がしたのに、僕の部屋はそうでもないみたいだ。

 このままじゃ退屈すぎる。なにかしないと……


 「ウィル、僕が元気だって分からずに、なにかできることってない?」


 手の中のコインを触る。表には人の顔、裏は動物の絵が彫られてる。


 「え、元気だと分からずに……ですか?」

 「うん」


 ウィルは不思議そうな顔をすると、真剣に考え始める。いきなりこんなことを訊いても、熱心に考えてくれるウィルの様子がおかしくて、こっそり笑ってしまう。


 「読書でしょうか……部屋の中でできること、だと思いますが」

 「読書かぁ」


 読書の気分というわけでもないような気がする。やっぱり剣を振りにいきたいし、部屋で素振りとかできないかな。でも、せっかくウィルが考えてくれたし。どっちにしようかなぁ。


 「決めた」


 そう口に出して、手の中にあるコインを親指で弾く。

 どっちにするかはまだ決めてない。表が読書。裏が剣だ。空中でクルクルと回ったコインは、僕の手のちょうど真ん中に落ちる。


 「今日は読書にする!」

 「わかりました。図書館に向かいますか?」

 「うん!図書館のしそちょうはいい人だし」

 「しそ?……司書長では?」


 僕はウィルの言葉に真剣に考え込む。ししょちょー。ししょちょーかもしれない。


 「ししょちょー、な気がする」


 そんな話をしていたときだった。

 部屋の中に几帳面なノックの音が響き渡る。


 「どうぞ?」


 今日は誰も来る予定もないし、この部屋にはウィルと僕以外ほとんど入ってこないはずなんだけど。


 「失礼いたします」


 澄んだ声とともに侍女を引き連れ入ってきたのは、ヴィオレッタ・ウェンスト。僕の婚約者だった。




 シルバーのサラサラとした髪に、すみれ色の瞳をした少女は詰め寄るみたいに僕に近づいてきた。怒っているようにも見える冷たい顔だ。そのままツンとした表情をしていたかと思うと、突然瞳がみるみるうちに潤みはじめた。


 「だ大丈夫ですか!セオドール様。不治の病にかかったと聞いて、私っ!」


 ……僕のトンデモ噂話を聞いてきたみたいだ。


 「大丈夫だよ、ヴィオラ。病になんてかかってないし、僕、すごく元気だから」

 「本当に?いえ、本当ですね」


 納得したのか、少し落ち着きを取り戻したみたいだ。いつものヴィオラになった。いつものヴィオラは、ちょっと澄ました顔でツンとして落ち着いてる。


 「心配してくれたの?」


 何気なくそう問いかけたのだが、何故かカチンコチンに固まってしまった。


 「ヴィオラ?」

 「し、心配なんて。こ、こんやくっしゃとして、お見舞いにぐらい、とおもって」

 「そう?僕、ヴィオラが来てくれて嬉しいよ」


 だって、退屈じゃなくなる。さっきは読書にしようと思ったけど、ヴィオラと久しぶりにお話するのも良いかもしれない。


 「う、嬉しいって……」


 ヴィオラが顔を真っ赤にしながらなにか呟いてる。


 「これから時間ある?よかったら二人でお茶でも飲まない?」

 「ないことも、ありませんが」


 ないこともない。つまり、あるってこと。


 「じゃあ決まり」


 ヴィオラは良いけど、他の貴族は面倒だし、これからのパーティとかは、僕は体調が悪くて出られないってことにしようかな。暖かい時期だけかかる病……とか。


 ヴィオラはちゃんと出ててすごいな。


 ヴィオラは僕の婚約者にはもったいないくらいにいい子だ。真面目で、ちょっと澄ましてて、頑張り屋。あとは、すごく……


 視線を感じて、ヴィオラに目を向けると、むらさきの潤んだ瞳がこちらを見ていた。頬がすこしだけ上気して、ほんのり色づいている。前にあったときは青のドレスだったけど、今日はレースの付いた紫のドレスを着ている。


 「ヴィオラ、そのドレス似合ってて可愛いね」


 前に会った貴族の濁った瞳を思い出すと、なおさらヴィオラの瞳が澄んで見える。

 そういえば、リオの瞳も紫だった。でも、ヴィオラとリオの瞳はぜんぜん違う。ヴィオラはもっと繊細な感じのする可愛いむらさき。そう、繊細な感じ。リオは……図太いのかな?でも、ちょっと陰っていて、傷つきやすそうにも見えた。


 「えっ!あ、えっと、ぁりがとぅござぃます」


 ヴィオラは顔を真っ赤に染めてうつむいていた。お人形みたいな顔が少しはにかむ様子はとても可愛らしく見えた。

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