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帰郷 Ⅰ

時系列・革命前


 軽く身だしなみを確認し、大きな屋敷の正面に停まった六頭立ての大きな馬車から降りる。

 久々の帰郷に、ウィルバルトは緊張を隠せずにいた。




 もう何年も帰らず、家族に直接会うのも数年ぶりだ。兄達からの熱心な手紙にも素っ気ない文しか返していなかった。合う機会は度々あったにも関わらず避け続けていた。気まずい思いもあり、手紙だけで要件が済めばどんなに楽かと何度も思ったが、今回ばかりはそういうわけにもいかなかった。


 ウィルバルトは、兄二人にセオドールの後ろ盾、あるいは革命後の貴族社会をまとめてもらえないかという打診に来たのだ。

 父に協力を頼むつもりはない。父は現宰相であり、屋敷を開けていることが多いため、今日も屋敷には居ない。父はもうすぐ宰相を辞職し、上の兄に宰相職を譲るはずだ。説得するなら、ベルランツ派筆頭であり、国の中枢から退く父ではなく、これから国の要となる兄達だ。


 ウィルバルトの家は代々宰相を輩出しており、上の兄は次期宰相に内定している。下の兄は家を継ぐだろう。革命を成功させるためにも、その後の国内安定のためにも、二人には協力してもらわなくてはいけない。


 家族とは意見が合わないことが多かった。貴族主義の両親はもちろん、上の兄は何を考えているのか分からない不気味さがあり、下の兄の遠慮のない物言いも苦手だった。

 幼い頃から薄々と感じていた違和感は、セオドールのことで浮き彫りとなった。

 セオドールの父が生きていた頃はセオドールと懇意にしろという話だったにも関わらず、セオドールの父が亡くなった後は当然のように離れ、ベルランツの側についた。

 それが貴族だということは分かっていた。それでも、モヤモヤとしたおもいが胸の中に積もる。




 門をくぐり庭を通り過ぎる。美しく整えられた庭は、ウィルバルトが家を離れたときのままで、この家が何も変わっていないことを表しているように感じられた。


 セオドールは、ウィルバルトにとって唯一の主君であり、友人であり、弟のように大切に思っていた存在だった。兄達のように簡単に離れることはできなかった。上の兄はセオドールへのあたりが強かった。下の兄は興味がない様子で、セオドールの父が逝去された後は関わりを避けるようになった。当時はまだ未熟だったこともあり、その薄情さを到底理解することができず、勢いのまま家を出たのだ。今なら、それが合理的な方法であったと理解できるが、今でさえ、納得も同意もできない。


 屋敷までゆっくりと歩を進める。安堵感や懐かしさと共に、息苦しさと緊張を感じ、複雑に入り混じっていた。




 ウィルバルト自身、この交渉はとても大事なものだと考えていたが、セオドールは特に気にした様子もなく、普段通りに笑っていた。


 「そんなに気負うこと無いよ。ウィル」

 「そういうわけには……」


 目を伏せるウィルバルトに、セオドールが明るく言い放つ。


 「方法なんていくらでもあるんだ。失敗したって、なんてことない。まあでも、」


 セオドールはにこりと笑って続ける。


 「ウィルなら大丈夫」


 何の根拠もない言葉のはずなのに、セオが言うと、全く間違いのない当たり前のことのように思えるから不思議だ、とウィルバルトは胸が軽くなるのを感じた。




 屋敷の扉の前に立っていた使用人が、深く礼をし、扉を開けてくれる。


 中に足を踏み入れると、冷たい印象を受ける青年が立っていた。茶色の髪に濃い青の瞳が眼鏡越しに見える。


 もう何年も会っていないはずなのに、上の兄、ジベールだとはっきりと分かった。


 「よく来たな」


 抑揚のないひんやりとした声でジベールがいった。


 「お久しぶりです。ジベール兄上」


 裏返りかけた声で答えると、そのまま応接間に通される。向かいあって座ると、さらに強いプッレッシャーを感じる。ジベールから発せられる圧力が、直接向かってくるようで、ぐっと気圧される。


 「話だが、手紙に書いてあった()()、の件だな?」


 どう切り出そうか迷う間に、ジベールが口火を切る。


 「はい」


 緊張しながらも、首を振って答える。


 「断る」


 にべもない言葉だが、ここまでは予想通りでもあった。今までの手紙のやり取りでも、色よい返事はなかった。そもそもこの兄は、セオドールを嫌っているふしがある。


 「理由を、お聞きかせ願えませんか」


 ジベールは足を組み直し、どこまでも平坦な声で話す。一粒の興味すら持たないように思えた。


 「まず、力のないあの王子の革命に成功の見込みがあるのか疑問だ」

 「それは」

 「次に、力のある家に動きが全く無い。ベルランツ派筆頭のウェンスト公爵家の令嬢がなにかしているみたいだが……それだけだ」


 ウェンスト公爵家の令嬢……ヴィオレッタ・ウェンストは動きがわかるほど派手には動いていないはずだ。どうしてそれを知っているのか、と考えたところで、動揺が顔に出ていることを悟る。

 ジベールはウィルバルトの顔を何の感情もなく一瞥して続ける。


 「訊くが、協力する利点は何だ?」

 「……革命後の位、宰相の約束を……」


 しどろもどろにそういったウィルバルトをジベールの言葉が突き刺す。


 「分かっているだろう。それでは全く話にならない。……宰相職は協力しなくとも、実質約束されたものだ」

 「っ……」


 ジルベールの瞳が、早く帰れと言っているように感じた。せめてもの抵抗として感情を押し殺し立ち上がる。


 「……お時間を、ありがとうございました。その、アルバレス兄上はどちらに?」


 アルバレス、というのはウィルバルトの下の兄で、今日はまだ見ていない。ジベールは取り付く島もないが、アルバレスなら、と期待する気持ちがあった。


 「あいつは急用だ。話をするつもりなら、後日にしろ」

 「……はい」


 ウィルバルトは苦い思いをのみこみ、部屋を出る。

 もう少し、そう、少しくらいは話を聞いてもらえると考えていた。甘かったんだろう。不仲であっても、家族だからと、甘えた思いがあったんだろうか。


 「ウィル。家に戻ってくるきはないか?」


 ウィルバルトは背後から名前を呼ばれ、肩が震えた。質問の内容よりも、兄が、ウィルと言ったことの方が気にかかっていた。胸を握られるような苦しさと切なさが入り混じった気持ち。兄の声が、僅かに懐かしさを纏う。それでも、この質問の答えは決まりきっている。


 「それは、できません」

 「そうか」


 あっさりとした言葉に拍子抜けしつつも、正面の門にたどり着く。


 ――しょうがない。


 ぐっと拳を握り込む。覚悟が必要だった。


 ウィルバルトは断られたときのために、予防線を張っていた。

 それは強引な方法で、汚く、卑怯な手だ。


 つまり、簡単なことでもある。

 ――屋敷を占領する。


 屋敷を強引に占拠し、兄二人を半幽閉状態にし、ウィルバルトが家を仕切る。必要なのはレザーリア侯爵という家の名前だ。なら、それで十分だと、判断した。


 屋敷の警備兵は少ない。大半は王都にある、父が住む館に詰めているからだ。長期間となれば難しいだろう。だが、セオドールが革命を行う、暫くの間。それだけでいいのだ。


 屋敷を占拠するための人員は、セオドールが街で知り合ったという少年の伝手から集めてもらい、馬車で待機してもらっている。

 どことなく危うい雰囲気を感じるものの、気の良い人達ばかりだ。最初はスラムの住人だと聞いていたため引き気味だったウィルバルとも、今はこれ以上なく頼もしく思える。彼らは、ウィルバルトが考えていたよりも、人間らしく、自由で、思いやりがあり、賢かった。セオドールが街に下りたがる理由の一端を垣間見た気がした。


 馬車に近づいていく。その大きな馬車の影に、数人が潜む姿を感じる。


 合図は簡単だ。馬車の前で一度立ち止まり、振り返ること。交渉決裂につき、屋敷の占領が必要。


 そのまま馬車へと乗り込めば、彼らには反対側から乗り込んでもらい、何食わぬ顔で出発する。


 ジベールが後ろについてくるのを感じながら、扉の開いた馬車の前で一度止まる。背中に視線を感じながら、ゆっくりと振り返る。


 ウィルバルトの背後から、風が走り抜け、髪を浮かせた。賊に扮した男たちが屋敷へと襲いかかる。


 ――ああ、やってしまった。


 自分が考え、決めたことなのに、早くも後悔の念を感じることを可笑しく思いながら唇を引き結んだ。


 ジベールが今日始めて動揺を顔に出し、目を大きく見開くのをゆっくりと進む時間の中で見ていた。

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