革命を告ぐ Ⅴ (第1章.終)
歓声を背に、室内に戻る。皆が僕の方を向いていた。
ウィルは僕になにか言おうとして、結局言葉にならないと言った様子で目を細めながら首を振った。ヴィオラは少しはにかみ、エルガーは僕をじっと見ていた。
レイノルド団長が薄っすらと笑いながら言った。
「リベルトは地下牢に居たらしい。先程うちの団員に助けられてここに居たんだが……体調が悪いから休む、と」
リオはふらりとレイノルド団長の元へ歩いたかと思うと、陛下の王冠を取り上げた。
「セオ、戴冠式」
その一言でリオの意図がわかった。僕の戴冠式をやるってことだ。
「いいね」
短く答えると、エルガーが言った。
「どうする?聖女の嬢ちゃん呼ぶか?」
戴冠式は代々、神から戴冠されたという初代国王にならい、その時の教会の最高者から戴冠されることになっている。
じゃあシアを呼んできて欲しい……そう言いかけた口を閉じる。
「いや、呼ばなくてもいい」
「ん?」
僕が否定すると、エルガーが不思議そうに首を傾げるのに答える。
「教会が戴冠するのは、神が王に支配権を与えるってことだろう?なら、僕にはいらない。……リオが、やってくれないか」
「は?」
リオの間の抜けた声と、エルガーの笑い声が重なった。
「そりゃ、いいな」
「何でオレが……」
戸惑いをあらわにするリオを笑いながら、ウィルに尋ねる。
「ウィル、戴冠式ってどんな感じだっけ?」
「まず、参列者が室内に並び、中央を国王になる者が歩きます。その後ろに、その婚約者、あるいは妃が、またその後ろに王族の方々が、続いて聖職者――」
「……簡略化すると?」
「……恐ろしく簡略化すれば……王が椅子に座り、聖職者が戴冠します」
リオがウンザリとした顔で、手に持った王冠に目を向けていた。
「もう、お前がやれば良いんじゃないのか?」
リオがウィルの方を向きながら告げると、ウィルは首を振りにっこりと笑った。
「殿下は、民により王となった、と言いましたから、貴方が一番いいと思いますよ」
「貴族だって民だろ」
「それでも、です」
ウィルが珍しく強い口調で言い切った。リオが今度はレイノルド団長に視線を向ける。レイノルド団長は肩をすくめて苦笑した。
「騎士というのは、そういった位置にはいない」
リオの顔が諦めたようにエルガーとヴィオラを通り過ぎ、僕で止まる。
「僕も、リオが被せてくれるのが一番しっくりくるよ」
そう言いながら微笑むと、リオは顔から表情を消した。
「わかった……」
ヴィオラがクスクスと笑う。
「椅子を、持ってこさせましょう」
「それは良いよ。椅子ならあるから」
不思議そうにする全員にいたずらっぽく笑ってみせ、指で指し示す。
「そこにある玉座を使おう」
そう言いながら玉座に向かって歩を進める。
たどり着いた玉座は、思っていたよりも小さく見えた。ゆっくりと腰を下ろした。過剰なほどに重ねられたクッションに違和感を覚えつつも、足を組んでみる。
リオは観念したようにため息を付き、僕の前に立った。片手に持った王冠をしげしげと見るリオにきいてみる。
「王様っぽく見えるかな?」
「……まだ」
リオが膝をつくように屈み、僕と視線を絡めた。
珍しい様子だった。リオの灰紫の瞳は大きく揺らぎ、風に吹かれる木々のようにざわめいていた。当惑、迷い、躊躇、翳り。
「リオ……?」
らしくない様子に思わず問いかけるが、リオは黙り込んで、顔を伏せた。
しばらくして、リオが重たげに口を開く。
「本当に……オレでいいのか?」
リオが顔を上げた。べールをかけたように灰紫の目が薄ぼんやりとしていた。
「オレは……どうしようもない奴だ。盗みなんて当たり前だ。何度も他人を陥れて、騙して、殺しだって、した」
リオがまた顔を俯け、喉から強引に押し出すように話す。
――何を、突然?
「この場にいることが、甚だ場違いだと感じる。まして、セオに戴冠するなんてのは」
「場違いだなんて、そんなこと――」
「場違いだろ。オレは暗がりの中の人間で、お前は光の中の、自分が光ってる人間だ」
そう吐き捨てるリオの指先にそっと触れる。王冠を持つ手が、ひんやりと冷たかった。
「オレは、不思議なんだ」
リオが何かを確かめるように言った。
「国の底辺にいるオレと、国の一番上に立ったお前が、一緒にいることが。考えてもみろ、オレとお前の関係は何だ?」
「ねぇ、リオ」
僕はリオの指先に触れていた手を、ゆっくりと頬に移動させる。
「僕が今、リオの言うように国の一番上に立ってるんだとすれば、それはリオのおかげなんだよ」
頬を挟む手で、リオの俯いた顔を持ち上げる。
灰紫。ことさら僕が気に入っている目だ。
「リオ、君は僕を王に望むと言ったこと、忘れたの?」
「わすれてない。ちゃんと、おぼえてる」
その様子が、母親との約束を確認する子どものようで、妙に可愛らしく、笑ってしまう。
「リオがいなければ、僕は王になろうとは思わなかったよ。リオが僕に王権を与える。僕は何も不思議だとは思わない」
「オレが居なくても、お前は王になった」
リオはボソリとそう言って、僕に顔を挟まれたまま目をそらす。
「リオ、終わったわけじゃないんだ。何も終わっていなくて、僕はまだ怯えてる。……僕自身に対して、ね」
リオの目が少しだけ細められた。
「僕は、これから……今、皆に望まれているままの王でありたい。でも、そうあれる自信がないんだ。だからさ、隣りにいてくれ。それで、」
リオの瞳の中に映る僕が悲しげに微笑んだ。リオは瞼を落とし、少し笑いながら歌うように告げる。
「ああ、分かっている。……手を、下すという話だろ」
リオの手が持ち上がり、僕の頭に王冠が載せられる。
頭が少し重たくなり、王冠に指を這わせながら訊ねる。
「似合う?」
「まあまあ」
リオは立ち上がると、少し離れて僕を見た。
リオの後ろに皆が見えた。――ウィル、エルガー、ヴィオラ、レイノルド団長。
パチパチと、まばらな拍手の音が部屋に響いた。その音と、この光景に、心が温かく満たされていくのを感じた。春の日差しを受け、パッと花開くような高揚感。リオの視線が僕をなで上げた。
言いようのないこの気持ちを表す言葉を探す。
「感謝、……感謝、かな」
「ん?」
不思議そうな表情を浮かべるリオを見る。
それから、頭上にある王冠をとり、しげしげと見つめる。
「僕らは、こんなもののために、あれほど必死に走り回ってたんだね」
手の中にある王冠は、陛下の、前王の頭にのっていた時に見ていたはずなのに、ずいぶんちっぽけに思えた。
「バカバカしいと思うのか?」
リオがニヤリと笑いながら僕に問いかけた。
「ああ、思うね。ふざけてるよ」
また、王冠を頭にのせる。王権の象徴。
「だって、これに散々振り回されたんだから」
王冠を被り、玉座に座り、堂々と見下ろす。僕は王になったわけだ。王冠に手が届いた。ここにたどり着いた。
「でも、感謝してる。これを求めて、これを目指して、僕らは走ってこられた」
僕を見て穏やかに笑うリオに、会心の笑みをみせる。
「この、ふざけた王冠に感謝を」
これで第1章は終わりとなります。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。m(_ _)m
何とか第1章終わりまで漕ぎ着けたのは、読んでくださる方がいたお陰です。
正直なところ、読んでくれる人いるんかなぁ……まぁ、いなくてもかくか!(・∀・)みたいな調子でしたので、未だにpvがあることに感動しています。評価、pv共に、貴重なモチベーションになり、感に耐えません……。
この後、数話の幕間を入れ、第2章を書くつもりですが、今まで以上に投稿頻度が下がるかと思います。……来年4月頃にはまた頻度を戻せると思うのですが……。
もし、まだお付き合い頂けるのであれば、ご了承の上、よろしくお願いします。(*^^*)
PS.受験勉強のためお休みしていたのですが、浪人が決定したためもう一年追加です。申し訳ない。




