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革命を告ぐ Ⅲ

 剣を両手で握り、振り上げようとした時だった。


 僕の手の中で、金属が重なり合う音がした。その透き通った音色が僕の頭の中をめぐる。剣の柄に、手に持ったままにしていた十字架があたっていた。リオからもらった十字架。さっき、僕の胸の代わりに刃を受けた十字架。


 それを見た瞬間、視界が急激に広がるように僕の心は一転した。


 僕の心臓がバクバクと拍動し、全身に強く血が流れる。

 僕は生きてる。これのお陰で。


 エルガーも生きている。ここで、僕の眼の前で、呼吸をして、心を持って……。


 ――それを、どうしてあっさりと止めようと思える?


 「僕は……。っエルガー」


 何の意味もない言葉が、こぼれ落ちる。

 先程までの考えが全く理解できない。怖かった。あの、リオが約束してくれた日と同じだった。同じ恐怖。心底から沸き起こる、自分が知らない自分が自分として行動することの恐怖。


 掴んでいた剣が手から滑り落ち、床に転がった。


 「ごめ、……僕っ」


 全身が石のように固まり、動かせない。

 ――僕は、エルガーを殺そうとした。本気だった。なんで、なんで……


 鈍くなった舌を動かそうとするが、何を言えば良いのか分からなかった。

 ……謝る?だって、そんな……殺そうとしたって、言うのか?殺そうとした、今はそう思ってない。だから、謝るって、そう言うのか?


 エルガーが剣を持ったまま、僕に近づく。触れるほど近くに。


 「おいっ!下がれっ!」


 リオが、エルガーを静止しようと叫び、僕とエルガーの間に強引に割り込もうとした。

 その時だった。


 ぎゅうっとエルガーに抱きすくめられる。


 「すまなかった」


 違う。謝らないでくれ。僕は謝ってもらえるようなやつじゃないんだ。


 「俺はさ、これしか無いって思ってたんだ。でも、そんなことないんだな」


 エルガーが握っていた剣を放り投げた。


 「俺は、お前が酷い王になるって思ってた。今も、少しは思ってる。冷酷で、無慈悲で、恐ろしい王に。お前自身も、大切なものを失ってしまうんじゃないかって」

 「……っ」


 そのとおりだと思った。エルガーの言うとおりだ。


 「怖い顔って言ったろ?あの時、やっぱり、お前はそういうやつなんだって思った。でもな、今は……泣きそうな顔でさ、お前はこういうやつだったなって思ったよ。お前は、自分で……もっとお前自身のことを、信じてやればよかったな」


 優しい声が耳朶を打ち、僕の中に馴染んでいく。


 「俺は、臆病だったんだ。お前自身が、いい方向に変われるって、信じてやらなかった」


 そんな事ない。僕は打算に満ちて、冷酷で、エルガーを殺してしまえば良いと考えて……。

 居た堪れなさと、罪悪感と、申し訳無さと……胸の辺りが重苦しい。


 「今なら、分かるよ。エルガーが裏切った理由」


 喉から自然と滑り落ちる。エルガーの柔らかな響きが耐えられなかった。


 さっきまでは、全然分からなかった。でも今なら分かる。

 エルガーは知っていたんだ。僕が、僕が……こんな恐ろしいやつなんだってこと。


 「僕は、どうしたらいい?」


 震えるように問いかける。それはリオに問いかけた言葉と同じだった。あの時、覚悟を決めたはずだった。なのに、また同じ質問を繰り返している。

 なにも、変わっていない。なにも、分かっていなかった。


 「お前はまだ何もやらかしちゃいない。……俺はさっき、逃げることも、剣を向けることもできたはずなのに、何もできなかった。死んだと思ったよ。でも、俺は生きてる。セオは俺を殺さなかった」

 「でも、それは……ほんの偶然で」


 エルガーが僕を離し、僕の手を自分の心臓へと導いた。


 「俺は生きてる。首もつながってる。心臓が動いてる。……胸に大穴だって空いてない」

 「……そうだね。エルガーは生きてる」

 「人を道具にするな。人を目的にするんだ」

 「目的……?」


 エルガーが僕の目を見る。茶褐色の瞳が明るさを放ち、僕を支えるような温かさを宿す。


 「お前は、なんの為に革命を起こすんだ?」

 「僕は……」


 体の中心から力が湧き戻って来る。何も迷うことのない質問だった。


 「民のために。民が、リオが、皆が望み、僕に協力してくれる。だから、僕が王になる」

 「なら、それでいいだろ。ほら、俺なんかに構ってないで、行けよ」


 エルガーが僕の肩を掴んで体を回す。僕の体は、リオたちの方を向いた。そのままエルガーにぐっと背を押される。


 「セオ、お前は、俺がどうこうする前に、自分でなんとかできるんだ。迷ってるはふりは止めろ。もう決まってるんだろう?」


 エルガーの言葉に頷く。いくら迷ったって、考えたって、最初から決めてるんだ。王になること。それ以外の道なんて知らないし、わからないと思った。


 つばを飲み込み、十字架を握りしめた。




 その時、レイノルド団長が部屋へと入ってきた。ベルラアンツ兄様と国王陛下を連れて。ふたりとも意識を失っているようで、大人しくレイノルド団長に引きづられていた。


 「逃げようとしていたから、捕まえたんだが……?」


 レイノルド団長が、争った形跡を見て戸惑ったように眉を寄せる。


 「あ……忘れてた」


 エルガーがボソリとつぶやきながら陛下に目を向ける。

 リオが訝しげにエルガーを見てから、僕を見た。


 「セオ、外が煩いんだが。お前が止めるんじゃなかったのか?」


 リオの言うように、外の喧騒がはっきりと聞こえる。先程までの出来事が強すぎて、すっかり消し飛んでいた。


 「そうだった。シアとエリックに任せきりにしちゃってる……」


 ――迷う?迷わない。やることは決まっている。


 僕がゆっくりとバルコニーへと近づくと、ウィルが外と中を遮っていたカーテンを開けてくれた。

 光がさし、喧騒の声が一層大きく聞こえる。

 怒鳴り声、泣き叫ぶような声、吠えるような声が何事かを叫ぶ。リベルトのことだろうか。国王陛下のことか。いろいろな声が混ざり合って、何を言っているのかまでは分からない。ただ、荒れた暴力的な空気が漂っている。


 僕がそのまま静かに立っていると、徐々に視線が集まってくるのを感じた。

 多くの二対の目がこちらを見て、波紋のように段々と広がっていく。


 不意に強い風が吹き、みんなの声を勢いよく巻き上げていった。


 ――今……

 

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