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8−5

 ――「リベルトさんが、さらわれました」


 シアの言葉に、思わず目を見開く。エリックがぐっと拳を握り込んだ。


 「オレと革命軍の数人で、旦那と一緒に教会に行ってたんだ。シアと話をしようってことになってて……。教会の中に入ったとところで、急に騎士がわらわら入ってきてさ。そんで……」

 「連れ去られた、と?」


 リオがそう言い、エリックが小さく頷いた。


 「騎士だったんだよね?」


 そう問いかけながら、レイノルド団長の方を見ると、眉をしかめていた。


 「おそらく、近衛騎士団だろう。俺たちは、その命令を一度受けたが、結局、近衛騎士が受けることになったんだ……」


 独白するようなレイノルド団長に、シアがパッと顔を上げ、躊躇いがちに言う。


 「エルガーさんに聞いてみるのはどうですか?」


 たしかにそうだ。エルガーは近衛騎士団の団長だ。なにか知っているかもしれない。


 「ウィル、エルガーを呼んで……まずい、どこにいるかきいてなかった。とにかく探して――」


 何か用事があると、昨日別れたっきりだ。


 ――どうにか連絡を……


 「その必要はないぞ。セオ」

 「エルガー!」


 扉付近でエルガーがひょっこりと顔を出した。後ろには……ヴィオラもいる。


 「ヴィ……ヴィオレッタ嬢。どうして……」

 「王城の周辺で騒ぎがあるときいて、なにか、力になれないかと……」


 ヴィオラには、他に頼み事をしていた。これ以上に、迷惑はかけられない。


 「殿下。私も、殿下のお役に立ちたいんです」


 大丈夫だから。帰ってくれ。

 出かかった言葉が、喉に引っかかる。とてもじゃないが、ヴィオラの健気な様子に、そんなことは言えなかった。


 「でも、君には、説得を頼んでいただろう。それは……」


 説得というのは、ヴィオラの父、ウェンスト公爵に対して、僕に協力を頼むというものだ。


 「そちらは、まだです。もう少し時間が必要かもしれません」

 「それだけで、十分だ。だから……」


 ヴィオラの紫の目が潤んだ。しっかりとこちらを見る目に、気圧される。


 「協力を、させて下さい。私は、私だって、殿下が王となることを、ずっと望んでいました」


 呆気にとられる。

 ヴィオラが、望んでくれていたことが、驚きだった。


 「意外、ですか?私だって、公爵家の令嬢です。むやみにそんなことを口にはできません。それでも、ずっと望んでいたことです」


 じんわりと、胸が温かくなる。貴族という立場で、僕を王に望んでくれたのはヴィオラが初めてだったから。


 「ありがとう……」


 喜びのまま笑みを浮かべると、ヴィオラが手をバタバタと振る。耳がほんのりと赤く染まる。


 「いえ、その、礼を言われること、では……ただ、私が、勝手にそう思っているだけでっ……」




 「おい、さっさと話進めろよ。セオ。こうしてる間にも、暴徒が王城前に集まるんだぞ」


 エルガーの声で、すっかりヴィオラと二人の世界に入り込んでいたところを我に返った。


 「暴徒が王城前に?」


 エリックとシアも頷く。

 エルガーが、苦い顔をしながら説明してくれる。


 「革命軍のリーダーであったリベルトが、近衛騎士に拘束されたことで、爆発寸前だった革命軍がついにドカンとなったわけだ」

 「それじゃあ……」


 エリックがあははと乾いた笑みを浮かべた。


 「王城前の広場んとこにいっぱい集まってる。衛兵が抑えてるけど、今にも突入してきそう」

 「セオ、革命を起こすなら、もう今しかない」


 エルガーの言葉を頭に刻み込むように考える。


 ――リベルトの拘束。革命軍の暴走。民衆の暴徒化。


 「分かった。今から、革命を起こす」


 皆が僕を見る。

 リオは僕を観察するように、ウィルはぐっと歯を食いしばり、ヴィオラはキュッと唇を引き結び、エルガーは瞳に光を乗せ、エリックは緊張したように固まり、シアは覚悟とともに、レイノルドは真剣な顔で。


 「陛下とベルランツ兄様を拘束する。それから、リベルトを救出して、なんとか民衆を安定させ……」

 「セオ、リベルトは後回しでいいだろ」


 リオが僕を見て軽く告げた。


 「でも、革命軍も民衆も、暴走した状態じゃ危なすぎる」


 謁見の間にはバルコニーがある。王城前の広場の上に突き出すように位置しており、広場からもよく見える。


 「バルコニーから、リベルトが顔を見せれば……」


 エルガーが僕の頭に手をおいた。そのままふんわりと風が通るように撫でる。


 「セオ、お前が行け。お前が、まとめるんだ。王になるんだろう?」


 エルガーの声は驚くほど優しい声だった。


 「僕が、まとめる……」

 「オレが、護衛としてお前につく」

 「分かった。ちゃんと、守ってくれ」

 「勿論だ」


 エルガーが軽く笑った。


 「あの王……はおそらく寝室から、抜け道を使って王城裏に逃げるだろう。セオ、お前がいつも使ってるやつだ」

 「陛下の寝室にも繋がっているのか……」

 「あたりまえだろう。なんであんなにくねくねしてると思ってるんだ?それに、王子の部屋にだけあっても、な」

 「使ったことあるの?」


 エルガーは、僕が出入りしていると知る前から、あの通路を知っていたふしがある。僕の問いかけに、ほんのりと笑った。今にも壊れてしまいそうな、脆い笑み。


 「まあ、な。……近衛騎士団長だぞ。当然だ。この中にあそこの道が分かる奴は?」


 エルガーが皆を見渡した。

 僕とリオ、ウィルが手を挙げる。


 「なら、あの狭い通路に入った、王……を挟撃するそこのやつと、ウィルで」


 エルガーがリオを顎で示した。


 「お前、腕は立つだろ」


 リオはエルガーを無言で見つめてから、薄く笑ってみせた。


 「あの、私はあまり自信がないのですが……」


 ウィルがおずおずとエルガーを見る。それにレイノルド団長が笑って応える。


 「なら、騎士団の団員を使えばいい。さっき、そこの王子に、見事に懐柔されたからな」

 「騎士団も、協力することになったのか?」

 「ああ」


 エルガーが、レイノルド団長を見つめ、少し考える仕草をする。

 僕は頭の中で整理しながら、考えを口にする。


 「なら……あとはベルランツ兄様か……」

 「私がベルランツ王子を捕らえます。何度も部屋まで呼び出されているので、誰にも怪しまれず部屋まで行けるはずですから」


 レイノルド団長が僕の方を向いた。僕はそれに頷く。

 その時、シアがすっと手を上げた。


 「民衆のところに、私が抑えにいきたいです。広場で直接声を届けに行きたいと思います。このままでは、王城に突入しかねませんし……えっと」


 シアが僕を懇願するように見る。


 「これでも、聖女として顔は売れていますから、リベルトさんの代わりまではいかなくても、少しの間、止めることはできると思いますし……」

 「シア?」


 僕が謁見室からのバルコニーから姿を見せればいいと思っていた。革命軍に僕が入っていることは知られているだろう。それに、リベルトを連れる、いや、革命が終わる、王が討ち取られる瞬間まで抑えられればいいのだと、思っていた。

 シアは、苦しそうに胸を抑える。


 「私が声をかけた人だっています……責任を、取らせてもらえませんか」


 シアがゆるく笑った。薄紅の瞳には、冷えた光が宿っている。


 「分かった。任せるよ」


 僕がそう答えると、シアは力強く頷いた。エルガーが、シアを見てからすっとエリックを見る。


 「嬢ちゃんだけじゃ危ないだろ。エリックと、騎士も何人か連れていけよ」


 エルガーの言うように、シアだけじゃ少し不安だ。エリックと騎士団員がいれば、上手くやってくれる気がした。


 「それがいいと思う」


 エリックが任せとけ、と言って明るく笑った。

 あとは……。


 「私も、ウィルバルトに同行しようと思います」

 「ヴィオラっ……それは」


 ――だめだ。危険すぎる。止めてくれ。ヴィオラが動くのはもっと違うときだろう。


 胸の中に焦燥が湧き上がる。


 「殿下。ご心配には及びません。私兵を数名屋敷から連れてきています。お願い致します。私も……」


 ヴィオラの瞳が薄く瞬いた。思わず目を伏せる。ヴィオラにその澄んだ瞳で見つめられると、危うく承諾してしまいそうになる。


 「……だめだ。ヴィオラ。そっちは、リオとウィルがいれば、それで……」

 「殿下っ!」


 ヴィオラが突然大声を上げる。思わずバッと顔を上げてウィオラを見た。


 「私の助けは、全く不要でしょうか」

 「今回は必要ないんだ。だから……」


 なおも言い募ろうとした僕を、ヴィオラが可憐な笑みで押し止める。冬に咲く小さな花のような微笑み。瞳は光を灯す艷やかな金色。


 「嘘、ですね」


 そのとおり。嘘だ。

 今この瞬間、ヴィオラが力を貸してくれればどんなに心強いだろうと思う。この中の誰も欠けてほしくはない。そのためには、一人でも味方が多い方がいい。ヴィオラのアティードも頼りになる。

 それでも、ヴィオラを巻き込みたくないという思いが、胸の中に強く根を張っている。


 「私も、行きます」


 ――敵わない……なぁ。


 「分かった」


 きっと僕の中でヴィオラはか弱くて、泣き虫な少女のままなんだろう。でも、いつもヴィオラは真っすぐな言葉で、僕の背中を小さく押してくれる。心地よい柔らかな力で、僕を前に進ませてくれる。


 エルガーが僕に向き直る。


 「セオ、オレとセオで謁見室にいく。それでいいな?」

 「あ、ああ分かった」


 エルガーの言葉に、どこか違和感を覚えながらも頷く。僕とエルガーが謁見室に……?


 その時、リオが僕の腕を見て顔をしかめ、思考が遮られる。


 「リオ、どうしたの?」

 「剣はあまり握るなよ」


 僕はそれに手を開いたり閉じたりして、腕を回して見せる。


 「そんなに酷い怪我でもない。大丈夫」


 痛みもそこまで強くは感じない。もうほとんど普段と変わらず動く気がした。

 これなら剣を握っても大丈夫そうだし、エルガーの護衛なんてなくても大丈夫かもしれない。

 おそらく、城に残っているもので敵と言えるものはほとんどいないだろうと思った。騎士団は既に僕らの味方だ。近衛騎士に見つかると危険かもしれないけど、陛下が抜け道の方に連れて行っているだろう。ベルランツ兄様はレイノルド団長が相手をしてくれるはずだし……。


 「……イタ、いッ」


 僕の甘い考えを見透かすようにリオが目を細めながら僕の腕を強く掴んだ。


 「大丈夫じゃないな」

 「強く握られれば痛い。当然だろう!?」


 腕をさすりながらリオに言い返す。


 「それ、握ってみろ」


 リオが僕の腰に差した剣を見ながら、冷えた声で言った。言われた通り、剣を抜いて握ってみる。

 剣の先がカタカタと震えている。いや、腕からだった。二の腕から、剣先まで、震え、剣を握る手に、うまく力が入っていなかった。驚いて、押さえようと左の手で支えてみるが、少し小さくなるだけで、震えは止まらない。


 「分かったな。あまり使うな」


 リオが呆れたように笑い、レイノルド団長が申し訳無さそうに僕の腕をうかがった。


 「騎士団からも何人か殿下に――」

 「いいや、それはいい。大して危険もないだろうし、俺がついていくから問題ないだろう。セオ、早く動いたほうが言いんじゃないか?」


 レイノルド団長を遮るように話すエルガーにまた違和感を覚える。けれど、早く動いた方がいいのはそのとおりだと、エルガーに頷く。


 「じゃあ、みんな。頼むよ」


 顔を合わせてうなずきあう。程よい緊張感が肌をピリピリと刺激する。全身に煮え立った血が巡るように熱くなっていく。



参考に……


○セオ・エルガー ⇒ 玉座とバルコニーのある部屋。

○リオ・ウィル ⇒ 隠し通路。

○シア・エリック ⇒ 民衆の集まる広場。

○レイノルド ⇒ ベルランツの部屋。

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