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「なんで、なんでこんなに帰ってくるのが遅いんですか!!!」
僕の唯一の側近、ウィルバルトの声が部屋に響き渡る。
僕は、無事に王城に帰ることができて、部屋に戻ってきたのだが……ウィルがすごく怒っていた。
「えっと、ごめん」
今日あったことが多すぎて話せるような気がせず、勢いに押され、とりあえず謝ってみる。
「ごめん、じゃありません!言いましたよね!夕食の時までには帰ってきてください、と!」
ウィルがの肩を掴み勢いよく揺さぶる。端正な顔が怒りですごい形相になっている。
「あー、えーと」
「危なかったんですよ。もう少しで部屋に入られ、あなたが不在であると気づかれるところでした」
「でも、ばれなかったんなら……」
「よくありません!なんでもっと早く帰れなかったんですか!?」
迷子になったり、お金を盗られたり、乱暴そうな男にわざわざ喧嘩を売りに行ったりしていたからなんだけど……それをそのまま言うことはできない。
ぜったいもっとおこる。危険なことはしないようにってあれだけ言ってたし。
「その扉が開きにくかった……とか」
その扉というのは、僕の部屋にある本棚のことだ。その本棚は特別で、横にズラすと階段が出てきて、王城の外や地下道と繋がっている。
代々王族の緊急の脱出用として使われている、と父さんが教えてくれていた。
その扉が重くて部屋に入るのに少し時間がかかったのは本当だ。そのことを思い出し、言ってみたのだが、
「はぁ、それだけでこんなに遅くなるわけがないでしょう。周りの者には、今日あなたは体調が悪く寝込んでいると言ってあります。明日からしばらく大人しくしておいて下さい!」
「……はい」
ウィルはあっさりと僕の言い訳を一蹴して、眉を釣り上げながらそう言った。
そして、僕の返事を聞いたぐらいのときに、くしゃりっと顔を歪ませた。
「……本当に、心配、したんですよ」
ウィルの青い瞳がゆらぐ。濃い青が、さらに濃さを増すように深くなる。
「やっぱり、行かせなければ、よかったのではないかと――」
「そんなことはっ!」
今日は、危ない目にもあったけど、すごくワクワクして、楽しかった。行かないほうが良いなんてことなかった。でも、
――心配させちゃったのかな……
ウィルは、ずっと前から僕のそばにいてくれてる。父さんが死ぬ前からだ。
今の宰相の三番目の息子で、面倒見が良い。いつも、僕の言うことを聞いて、無茶を叶えようとしてくれる。だからベルランツ兄様よりも兄みたいだった。
――ウィルはずっと僕のことを支えてくれてる。
僕は今、王城で一人だ。みんな次の王になるベルランツ兄さんの方に行く。だから、ウィルもそうなんだろうなぁ、なんてぼんやり思ってた。
でも、ウィルだけは僕のそばにいてくれてた。
部屋の中が、静かになった。ウィルの目が、僕のことをまっすぐと見つめている。
僕はその目を見ることができなくて、顔をうつむけた。さっきまで興奮して浮足立っていた心がどんどん沈んでいく。ウィルに対する申し訳無さでいっぱいになっていく。
――僕は、ウィルに、無理を言って、心配かけて、何も出きてなくて……
「ごめんなさい、ウィル」
そういったとき、僕の頭ポンっと手が載せられた。
ゆっくり顔をあげると、ウィルが眉を下げて笑っていた。
「あなたに、怪我がなくてよかったです」
僕を心配してくれる。その言葉だけで、嬉しいようなくすぐったいような、でも、少し申し訳ないような気持ちになる。
僕が何も言えず黙り込んでいると、ウィルが僕の頭をわさわさと乱暴に撫でた。
「ウィ、ウィル?」
僕の金色の髪がぐしゃぐしゃになった。
「あまり、心配させないでくださいね」
そう言って今度は丁寧に髪を梳きはじめた。すごく丁寧で、大切なものに触れるみたいな手付き。その仕草が優しくて、心地よくて、暖かさに包まれたような気持ちになる。
心配をかけた申し訳無さと、ウィルの手の暖かさに、どうしようもなく気持ちが溢れてくる。
溢れ出した気持ちを抑えきれず、ウィルにぎゅうっと抱きついた。僕の身長が低いから、ウィルの腰に腕を回すようになる。そのまま顔を押し付け、目を閉じる。そうしないと、なんだか泣いてしまいそうだったから。
そうすると、ウィルが僕の頭上で、小さく笑った気がした。