8−1
リベルトに従い、僕とリオとエルガーと革命軍の集会場に向かっていた。
「ここだ」
リベルトが指したのは、ネルバール 商会の倉庫が立ち並ぶ場所にある、倉庫の一つだった。中も商会の 倉庫らしく、小麦や、皮、香辛料などが置いてあった。
「ここが集会場?」
疑問に思ってそう尋ねると、リベルトがにやりと笑って首を横に振った。
それから、床に手をつくと、その部分を持ち上げた。4人が優に入れるだろう大きな穴と、その下の階段が現れる。
「みんな、もう集まってるみたいだ。中に入って」
リベルト穴におり、階段を下る。僕もそれに続いておりると、奥からざわめきがきこえた。奥には広問があり、声と光が漏れている。早く先に行きたいと、急いで気持ちで進もうとすると、リオに後ろから肩を掴まれた。
「おい、オレが先に行く」
ピリリとした声で、リオがつぶやく。リオは何か警戒しているらしく、リベルトと合流してからずっとこの調子だった。リベルトの方も、リオに関る様子を見せない。何かあったのかもしれないと考えながらリオの後ろを歩く。
パッと開けた場所にでた、独特な空気が溜まっていた。全身を包むような熱気を感じる。 広間にはいろいろな人が集まっていた。僕よりも小さい子もいれば、杖をつく老人もいる。ボロボロの布をまとった人も、いかにも高価な宝石を身につけた人まで様々だ。
リベルトはみんなに挨拶をしながら、さらに奥にある壇上に向かって歩く。
不意に脇で歓声が上がった。声につられて視線を向けると、見なれた顔を見つける。
「エリック?」
「お、セオじゃん。ゲストってセオんことだったんだな」
なにか答えようと口を開くと、前から呼ばれる。
「セオー。はやく」
リベルトが僕の手を取り、壇上に引き上げる。低かった天井が更に低くなった。
「リベルト、一体何をするつもで……」
リベルトがニヤリと笑い、僕にこたえた。
「みんなへの紹介」
ざわめきの中、リベルトが声を張った。
「みんな、きいてくれ!」
リベルトの声で、さわめきが小さくなっていく。
「彼が、俺達の新しい仲間、セオだ!この国の王子である彼が協力してくれることになった!」
――ぉぉぉおおおおお!
地鳴りみたいな観声が響く。
「じゃあ、もういけるんじゃねえか」
「そうよ、私たちの力を王宮に見せつけろ!」
「国王の首をとれ!」
「殺せ。殺してしまえ」
口々に上がる声と賛同する言葉。うなりが熱を生み、どんどん熱くなって いく。リベルトが、それを促すように再び声を張り上げる。
「その通りだっ!決戦は間近、俺達の思いをとげる時だ!」
「リベルトさん」「リーダー」みんなが期待するようにリベルトを呼ぶ。
「革命だ、革命をおこ――」
「待ってくれ!」
リベルトの言葉を遮ぎって叫ぶ。この熱は危険だと思った。
先程まで熱を伴い、どんどん膨らんでいた空気が。一瞬で凍りつく。 何で止めるんだと言いたげな空気。
――まだだ。まだ何も準備できていない。今動けば……
「沢山の人が死んでしまう……少し落ち着いてくれ!」
僕が叫ぶように声を上げ、響き渡ると、幾人かの顔つきが落ち着いた。
「何言ってんだ!もういけるだろ!王宮に突っ込め!」
誰かがそう言って拳を突き上げ、周りがそれに同調しかけるのを抑えるように言う。
「 今死んだら、全部終わりだ!僕らが成そうとしているのは、そんなに簡単なことなのか!」
驚くほど、静まり返った。僕の声だけが薄く広がっていく。
「おれはセオに賛成!力ためて、ガツンとやろうぜ」
エリックの声だった。
エリックの言葉を皮切りに、危う気な熱気が冷めていく。 エリックは僕を見てにっこり笑い、小さく領いた。エリックに感謝しながら口を開く。
「万全を期し、犠牲を少なく、確実に成功させる。……僕はこれから、騎士団と話をするつもりだ。国王の下僕たる騎士を味方につける。それまで僕に、少しだけ、みんなの時間をくれ」
僕の思いが伝わるように願いながら頭を下げた。
パラパラと降りかけの雨みたいに、まばらに拍手が起きる。拍手が波を起こすように広がっていった。
集会が終わった後、またリベルトに連れられ今度はネルバール商会に行った。応接間に通され、柔らかなソファに座る。
エルガーとリオは僕の後ろに立った。エルガーはいつもどおりだけど、リオは毛を逆立てた猫のようにあからさまに警戒している。
「セオ、なんで止めたんだ?」
リベルトが言った。にこやかな笑みだが、不満があるのが見て取れる。
「今、革命後のことを含めて、貴族たちに手回ししてるところなんだ。だから、もう少し――」
「革命後?貴族?」
ウィルやヴィオラに協力してもらい、革命後の混乱をできるだけ避けれるように、と考えていた。革命をスムーズに起こすためにも、王都にいる貴族達の懐柔は必要なことだ。……実家から協力を取り付けたウィルが、なんとかしてくれている……。
「セオ、それは困るよ」
「困る?」
リベルトが笑う。
「革命後は、貴族や王族の支配を受けることから脱却する。革命というのは、いわばそのチャンスなんだ。神に選ばれた?アティード?そんなものがなんだって言うんだ。先祖は英雄だったかも知れない。でも、その子孫はどうだ?ただ王家に生まれたというだけで王になれるんだ。栄光も、高潔な精神もなく、惰性のみが残っている。国民の財産を自分の家門へと帰属させる頭ぐらいはあるようだが」
リベルトの瞳に暗い光が宿る。不用意に触れれば破裂してしまいそうな不安定な光だった。
「じゃあ……どうするつもりなんだ?」
「もちろん、新たな英雄が王となるんだ」
口元は笑っているが、瞳はそのままだった。
「隣国は革命により議会制になった。セオもそうしろって言うのか?」
「いいや、僕も王制でいいと思ってる」
「そうだ。この国で議会制は無理なんだ。今まで一回も国民は政治に参加したことが無いせいで、政治は王族と貴族のものだと思いこんでいる。これじゃあ議会制にしたって、すぐに腐敗するさ。だから、誰かが王となって、国を引っ張っていくことが必要だ」
リベルトが朗々と歌うように話す。僕は息を呑み込んで問う。
「リベルトが王になるってことか……?」
「そのつもりだ。英雄が王になるなんて、よくある話だろう。悪逆無道の王から王位を奪還し、新たな王となる。というわけだ」
機嫌よく話すリベルトに、それまで一言も話さなかったリオが、不気味なほどに穏やかな口調で言った。
「ここに王子のセオがいるのに、お前が王になるのか?」
リベルトが目をパチパチとさせ、まるで考えてもいなかったというように首を傾けて笑った。
「セオは、セオドールではなく、セオとしてここにいるんだろう?それに、革命軍のリーダーは俺だ」
リベルトは僕らの表情を見ず、楽しげに話を続ける。
「あ、でも、セオのカリスマ性には驚いた。みんなあんなに熱くなってたのに、セオが少し話しただけで、すぐに落ち着いたからね。けれど、もう止める必要はないんだ。心配しなくても、革命軍は力をつけてる。聖女と呼ばれる少女も協力してくれてね、人がどんどん増えてるんだ。成功は目前だ」
――本当に?本当にこれで大丈夫なのか?
僕は最善を尽くす。ギリギリの、限界まで……一人でも犠牲者を減らし、この国に穏やかな平穏をもたらすために。
僕はこわばった顔を見せないように、リベルトと別れた。




