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茶褐色の追想−B

 陛下は、御前会議の後から椅子に座り、何か考え込んでいる様子だった。


 「ありがとう」


 私が紅茶を置くと、とおい声で礼を言った。 放っておくのがいいのか、それとも何か話しかけたほうがいいのかを悩んでいると、陛下が口を開いた。


 「エルガー、未来は変えられるものだろうか?」

 「へ?それは……」

 「間違えたな。つまり、私のアティードで見た未来は、変えられるもの のか?という疑問だ」


 突然の問いに分けが分からず、黙り込む。陛下は私を見ず話をつづけた。


 「私は今回、アティードにより、峠が崩れる様子がみえた。そしてその時、その峠がセルビアン峠であることと、崩れる日時が分かった。分かる、気づく、あれはそういうものだ。だから、 私はその対策をたてた」


 私はコクリとうなずく、その通りだと思った。それで被害は大きく抑えられた。


 「が、あれは、あの、私がみたものは、私が未来をみたことを含む未来かもしれん。あるいは、私があれをみることで、未来は確定するのかもしれん。……あそこは主要交易路だが、私が見た未来で、商人は一人も歩いていなかった」


 途端に陛下の言葉の意味が分からなくなった。陛下が未来をみたこと含む未来?未来が確定?


 「あの、おっしゃる意味が分かりかねるのですが……」


 陛下がカップに手を付け、私の方をちらりと見る。


 「簡単にする……例えば、私が今、お前が刺殺される未来を見たとしよう」

 「えっ?」


 私は、無表情の陛下を見ながら、本当に例えであることを願いながら聞く。


 「そうすれば、私はその未来を変えるために手を尽くすだろう。だが、そのお前が殺される未来が、私がその未来を見て、行動をおこした末の未来だとするのなら、私はどうしたとしても、その未来を変えることは不可能だ。つまり、お前が殺されるのを分かっていながらも、救うことができないと確定した時間を足掻くしかできない」

 「そ、れは」


 今度は、陛下の言っている意味がわかった。だが、それでもどこか納得できない思いが、胸の中に残っている。

 陛下がそんな私を見て、少し微笑んだ。


 「もっと簡単にしよう」


 陛下がそう言いながら、一枚のコインを手に取った。なんの変哲もない金貨だ。


 「私はこれを投げ、表になる未来を見た」


 コインを表に向け、指でトントンと叩く。


 「だが、私はこのコインを裏にしたい」


 今度は裏に向けて見せる。


 「さて、お前ならどうする?投げた後しか手を出せないとして、だ。なにせ、私は投げる前から未来が見えることはないからな」

 「えっと……なら、投げた後、そのコインを叩く、とかでしょうか?」

 「そうしよう。だが、結局コインは表となる」


 コインは再び表になる。


 「なぜなら、私が見た未来は、私が未来を見てそれゆえにコインを叩いた結果であったからだ」

 「なら、コインを叩かなければっ」

 「それでもコインは表を向く。それもまた、私が未来を見て行動した結果だからだ」


 陛下が悲しげに笑った。


 「結局のところ、私のアティードは何の意味もない。どうしても変えたいが、どうしたって変えられぬ未来を見た時、私は誰よりも早く絶望できる、それだけだ」

 「陛下……」


 分かる。頭では理解できた。でも、何も言えなかった。陛下の話に、希望がない。それに気づいてしまったから。すべては決まった未来に……それがどれだけ虚しいだろう。


 「それは……」

 「エルガー。お前がそんな顔をするな。私の苦しみも、悔しさも、切なさも、怒りも、恐怖も、絶望も……全て、私だけのものだ」


 ――同情すら、許してもらえないのか……。私は、そこまで頼りないだろうか……。それでも、この人のちからに、少しでも、なりたい。


 「ですが……私は、」

 「気づいてはいたんだ、昔から。でも、そんなことはどうでも良かった」


 その言葉は意外だった。自分なら、きっとその虚しさに耐えられないだろうと思っていたからだ。


 「私の絶望はともかくとして、だ。私は未来を見て、その対策を立て、被害が最小限となったその見た未来へと繋げられるからだ」


 はっと気付いた。確かに、陛下が未来を見たうえでの未来ということは、つまり、陛下は未来を見て、何かをできるのだ。


 「そして……私はこのアティードに感謝していた。未来を見る王。それは、王家とこの国に力を与えるものだ。変えられない未来?確定している?だが、それは栄光に満ちた未来かもしれん」


 そう言葉にする陛下の顔は、曇りきったままだった。陰鬱として、その目には、深い悲しみが映り込んでいる。


 「そう、感謝してい()


 ――未来をみられたんだ……。変えたいと願う、酷い未来を……。


 陛下が拳を握り込む。顔は変わらないまま、目の中から光が消えていく。それがまるで、陛下の中にあった希望が失われていくようで、胸が締め付けられる。


 「陛下……私にできることは、ないのでしょうね。陛下が見た未来は、何をしようと変わらないのですから」


 たまらず声を掛ける。


 「そうだ。一時は変えられるかもしれないと、そう考えることもあった。だが、不可能だ。逆に変えてしまえば、運命は転がり、より酷い未来を迎えるかもしれん……」


 泣いているようにも見えた。運命を受けいることしかできない人……。これ程までに、すごい人でも……何かに翻弄され、苦しむことがあるのか……。


 「私に、陛下がみた未来を聞かせてもらえませんか?……陛下の感じる想いは、間違いなく陛下のものでしょう。ですが、それに対して感じる私の思いは、私のものです」


 陛下は少しだけ笑った。


 「私が見た未来は……私が死ぬ瞬間と、弟の即位、そして……セオドールが、王になった時……だ」

 

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