茶褐色の思望
エルガーは、エリーシアにセオドールが革命を起こすにあたる協力を取り付けに来ていた。
「分かりました、協力します」
話を終えた俺に、エリーシアが固い表情でうなずいた。
「え、本当か?そんなあっさり……」
まだ話を終えたばかりで、こんなにあっさりと事が進むとは思わなかった。
「ありがとう、セオも喜ぶ」
正しく言えば、セオもではなく、セオは、だ。 俺は、エリーシアには、協力しない、納得できない、そんな言葉を期待していた。
――何でなんだ!?
そうきいてしまいたくなる気持ちを押さえる。
貧しい人々に寄り添い、思いやる彼女を側で見てきた、最近のオレは、酒場通いから一転してのスラムの家めぐりだ。
だからこそ、彼女は民に大きな犠牲がでるだろう革命に協力するはずがないと確信していたのに。
そうすれば、エリーシアからセオを説得でき、セオを革命から引き離せると、そう考えていた。
――まだだ。まだ、革命が来起こったわけでも、セオが王になったわけでもない。取り返しはつく。
「でも意外だな。嬢ちゃんは革命なんかとは無縁の平和主義者だと思ってたんだが?」
ありったけのさり気なさをかき集めてそう問いかける。
「うーん、そうですね……」
エリーシアが困ったように美しい眉をよせる。
――まだ、余地は……!
「言葉にするのは難しいのですが……」
エリーシアがふと薄紅の目を切なげ気にゆらす。
「私は、傷ついた人を癒やせる手をもっています。けれど、その手では革命を起こし、民を率いるようなことは到底できないんです。どれほど悔しくて、どれほどもどかしくても、私では無理なんです。」
彼女は革命を止めない。無理だ、そう悟った。
――こりゃ嬢ちゃんも、セオに籠絡されてんな……
続くエリーシアの言葉は、予想した通りのものだった。
「でも、セオは、セオなら、できるんです。私たちの思いを、ちゃんと受けとめて、皆を引っ張ってくれる」
「それでも、血をなくして革命なんてありえねえよ」
エリーシアがビクリと肩を揺らした。存外、冷たい声が出る。
「嬢ちゃんかい呼びかければ、貧民や平民から多くの人が集まるだろう。でも、騎士団が武器を手にとれば、そいつらは死ぬ。元々革命なんかに参加する気もなかった奴が、嬢ちゃんの呼びかけで死ぬ」
エリーシアが口びるを噛み、目をふせる。
「それでも、今のままじゃ――」
「今が苦しいから聖女である嬢ちゃんがさっさと殺してやると?それで聖女かよ。世話ねえな」
「そういうわけではっ!」
エリーシアが瞳に涙をため、悲痛な声を上げる。
途端に居た堪れなくなり、後悔が襲ってくる。
泣かせるつもりじゃなかった。エリーシアに怒ってる訳じゃない……。
「あ……いや、言いすぎた。わるい」
――嬢ちゃん怒ったって、しょうかいないだろ……。
エリーシアの握り込んだ手がこきざみにふるえていた。その手に、ぽとりと大粒の涙が落ちる。
目をそむけたくなるような悲惨な光景に出会うとき、エリーシアはいつも優しく笑っていた。その笑みで周囲を 受け入れ、安心させていた。何を見たって、聞いたって、こんなふうに傷ついてはいなかった。セオに助けを求めたときすら、強く、気丈に振る舞っていた。
だから、こんな風に頼りなげで、折れてしまいそうな姿を考えることができなかった。
「本当に、悪かった……。その、嬢ちゃんは上手くやってる。今のは――」
今のは、俺の焦りからくるもので、嬢ちゃんを責めるつもりは……。
「いえ、そのとおり、なんです」
言い訳がましい俺の言葉は、震える声に遮られた。
「嘘なんです。全部。私は……聖女なんかじゃないんです」
俺が混乱しているのを見て、少し笑った。痛々しい笑みだ。
「本当は、聖女というのは教会の本部から認められたものだけをいうんです。私は、王国の教会が勝手に言っているだけで、だから……偽物なんです。聖女なんて、立派な人じゃないんです」
「それは……」
本当か?みんなを騙してるのか?そう大差もないだろ。聖女じゃないとしても十分立派だ。
そんな言葉は一つも言えなかった。どれを言うのがいいのか分からなかった。ただ一つ、思い出すのは、彼女が治療にあたった人は、みんな彼女を聖女様と呼ぶこと。
「みんな、私が騙してるんです。嘘なんです。聖女ってだけで、無条件に希望を与えられるんから、安心してもらえるから、だから……」
エリーシアが、涙を流す。頬を伝って、幾筋にも流れ落ちていく。
「セオに、セオドール・リヴァルス殿下に頼ります。聖女でない私は、英雄になれるあの人に全て任せるんです。私は、多くの人を戦いに巻き込んでも、この国の未来を願います。この国の未来とは、今苦しんでいる、あの子供たちそのものですから。例え、誰かが死んだとすれば、私は私の中にあるその方を想い、私が生きる限り忘れないでしょう。それが、唯一私にできる罪滅ぼしですから」
美しく、薄紅の瞳が光を灯す。
「嬢ちゃんは、聖女だ。断言する」
「そんなことは……」
「嬢ちゃんが嬢ちゃんの中にある死人を想うことが罪滅ぼしになるなら……俺は、俺の中にいる嬢ちゃんの名において、嬢ちゃんが聖女であると言えるだろう」
――きっとみんなそうだ。嬢ちゃんのことを聖女と呼ぶのは、自身がみる嬢ちゃんが、聖女そのものだからだ。そこに、教会の認定なんて関係ない。
俺は、俺が見てきた、俺の中にいる嬢ちゃんの姿から、嬢ちゃんが聖女だと言い切れる。
「そんなの……言い返せないです。ずるい、ですよ」
エリーシアがぎこちない笑みを浮かべ、流れる涙を拭いながらそう言った。




