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7−5

 僕は、陛下の執務室に来ていた。さわやかな春風が吹く外とはかけ離れた冷えた空気だった。 重苦しさが肩にのしかかる。

 陛下は机に向かって座ったまま、ペンを動かしつづけている。視線は書類を映し、ペン先がスラスラと動くのを見ていると、僕がいることを忘れているのではないかとすら 思えてくる。

 陸下が次の紙へ手をのばした時、それを見ていた僕に、低い声で言う。


「何の用だ?」


 僕は背筋にビリリとした刺激を感じた。飛びはねた心臓を押さえつけながら重い口を開く。


 「陛下に、たずねたいことがありまして……」


 すっと息を吹いこむ。これだけは、はっきりきいておかなければならない。


 「民の窮状をご存知ですか?それについて……どうお考えですか?」


 陸下がこちらを見る、金の瞳が、ゾッとするような光を宿している。


 「民に関して理解している。そして、何の問題もないと考える」

 「そんなはずはありません。度重なる税の引き上げにより苦しんでいると、聞きます」

 「それが、お前の言う窮状か?」


 「……はい、その一つであると思っています」


 他の事も街の事も、言うわけにはいかない。陛下は僕が 、街へ通っていることを知 らないはずだ。だけど、陸下の僕を見据える目が、様の行動も心の内も見透かすようで、冷や汗が顔をつたう。


 「戦争の為、金が必要だ」

 「民の苦しみよりも優先されることですか?」


 僕の問いかけには、 憤りが混ざっていた。

 感情の浮かばない瞳が僕をなめるように見た。全身をからめとられ、飲み込まれてしまう気がして、キュッとくちびるをかんだ。無意識にあとずさりそうになる心が、口の中に広 がる血の味で、落ち着きをとり戻していく。


 「民とは、国に奉仕し、王族をうやまう者達だ。持たざる者が持つ者に尽くし、糧となる、それが当然 のあるべき姿だ。戦争は国にとって必要であり、民が苦しむというのは止める理由とはならん」

 「それは……」


 気分が悪くなり、頭が揺れる。 僕とは全く異なる考え方だ。言い返す言葉すら見つからない。ただ、不思疑と理にかなっている気がして、そう感じることがなおさら気持ち悪かった。


「セオドール――」


 名前を呼ばれた瞬間、体が硬い縄で縛られたよう固まる。


 「民が苦しむのは王によるものではない。民が自身から自身ゆえに苦しむ。それに故に王が慈悲を与える必要はない。民の苦しみは民自身の責任である。よって、王がそれを気にかけるのは全く見当違いだ」


 金の瞳に見つめられ、頭がグルグルと回る、胸が苦しい


 ――そうだ、その通りだ。何も間違っちゃいない……


 心の小さなすき間に入り込むように話が入ってくる。頭がぼんやりとして、息が……。


 ――ちがう!そんなはずかいない。この人は何を言っている?僕は何を考えた?


 息ができなかった。肺を圧迫されたように、ひどく苦しい。

 無理矢理に、体内に空気を入れ込む。僕の荒い呼吸の音がしずかな部屋の中で大きく聞こえた。


「用件はそれだけか」


 ハッと気が戻った。陛下は興味がなくなったように、また机を向いていた。 拳を握りしめて、陸下をまっすぐに見る。言葉にしなければ、陛下に飲み込まれ、消え失せてしまう気がした。


 「僕はそうは思はない。王とは、辺境に暮らす農夫の朝食一つのためにも心を砕かねばならないのだと、そう、考えます」


 どんな些細なことであっても、責任を持たなければならない。それがきっと王だろう。関係ない人々を助けるために駆け回る僕を、リオは理解できないと言っていた。きっと陛下にも理解されないのだろう。


 もう、話をしても意味はなく、開いてくれそうもないと思い、部屋を出る。振り向きざまに見えた陸下のペンを動かす手が、一瞬だけ止まっていた気がした。






 部屋の外に、ウィルが所在なげにうつむいて立っており、僕に気づくとパッと顔を上げた。 ウィルは目を伏せると僕の手を引いた。


 「部屋へ戻りましょう」


 そう言って、僕の部屋に向かい、足早に歩き出す。


 部屋に入ると、閉じた扉に背をつけていたウィルが、僕を心配気に見た。

 僕に近づき、そっと顔を覗き込む。


 「ウィル?どうしたの?」

 「気づいていないんですか?とても、辛そうに見えます……」


 僕の胸は大きく上下していた。息があがっている。心臓が早鐘を打っていった。


 「気づかなかった……。大丈夫」

 「本当に?」

 「あの部屋が、すごく苦しかったんだ。だから、今は大丈夫だよ」


 だんだんと落ち着いてきた僕を見て、ウィルがホッとしたように笑った。


 「あの、一度実家に帰ろうと思っているんです」


 ウィルの実家といえば、レザーリア侯爵家だ。今の宰相はレザーリア侯爵で、とても力のある家だ。


 「帰るというのは?」

 「この間、あの件で、暗に少しでも助力を願えないかと書いたのですが……。一度家に帰れとのみ返信がありまして……」


 ウィルが不安げに顔を歪めた。

 あの件、というのは僕が王になると言ったことだ。その話をしたときのウィルの言葉は、僕にとって意外なものだった。




 『ウィル、僕は、王になりたい』


 ウィルがぽかんと口を開け、目を見開いて僕を見た。


 『僕は王になる。これが今の僕の思いなんだ。急にこんな――』

 『いえ……てっきり昔からそのつもりなのかと……』

 『へ?』

 『珍しく、真剣な表情で何をいうかと思えば』

 『え……大事なこと、じゃない?』

 『いえ、もっと無茶な要望かと……』

 『僕が王になるにあたって沢山無茶を言うと思うけど?』


 ウィルが、過去を回顧するように瞳を細めた。


 『そうであっても、きっと喜んで応えてしまうんでしょうね……昔から、そうであるように……』




 ウィルの反応といえば、あっさりと受け入れ、僕を狼狽えさせるほどだった。


 「今更、帰ったところで……」


 ウィルが気まずそうに目を逸らしながらそうつぶやいた。


 「兄二人からの手紙も、無視し続けて……もう少し、私が実家と連絡を取っていればスムーズにことが運んだのですが……」

 「僕は大丈夫だと思う」


 僕のはっきりとした言葉にウィルが驚いたように、瑠璃色の瞳を開く。


 「手紙、ずっと来てたんだから」

 「それは……」

 「直接話し合えば、伝わることだってある」


 ウィルは少し考え込んだあと、はにかむように笑った。


 「そう、ですね」

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