7−3
――「俺達だけじゃ、まだ、足りないんだ。力を貸してくれ、セオ。俺達とともに、革命を……!」――
唐突に迫られた選択に、言葉を失う。
真っ白になった頭で、リベルトの言葉を反芻し、掴み直す。
つまり、僕がここでリベルトに対し、了承の言葉を返せば、僕も革命軍の仲間入りをする。それは……現体制を、王家を、倒すということで……そうすれば、どうなる?陛下は?ベルランツ兄様は?ウィルは?ヴィオラは?エルガーは?……どうなるんだ?そして、僕は?
黙り込んだ僕に、リベルトが静かに口を開く。
「戸惑うのも無理はない。だが、俺達には、セオの力が必要なんだ」
「僕には、なんの力も無いよ」
「セオには力がある。断言するさ」
「アティードも持たないから、王族とも言えない、半端者で……」
「アティードなんていらないだろ。あんなものがあるから、王族はどうしようもなく傲慢になり、民のことを考えないんだ」
「僕なんか……。リベルトだって、僕のひどい噂を聞いたことがあるんだろ?」
「あんな噂は、もう誰も覚えていない。決闘で勝った噂でもちきりなのに、病弱だなんて噂が残るはずないだろう」
リベルトが僕と視線を合わせる。
「セオ、何も難しい話じゃない。民のことを思うのなら、力を合わせ、この国を変えよう、と。それだけの話だ」
リベルトの深緑の瞳の奥を見つめた。何か見失ってしまいそうで、そこだけを、必死で見続けた。
「本当に、そこで、革命は必要なのか?」
「必要だ」
リベルトが僕の質問に即座に答える。
「必要なんだ……頼む……セオ」
かすれるような声に、とうとう何も言えなくなり、僕はリベルトに押されるように頷いてしまう。
「本当かっ!?」
再度頷いた僕に、リベルトは輝くような笑みを向ける。
僕もリベルトに向けて笑って見せる。
「……できる限り協力すると約束する」
喜ぶリベルトに、革命軍の集合場所を伝えられる。僕が店を出ようと立ち上がると、店の外までエリックが送ってくれることになった。
「革命なんて……エリックは……革命をどう思う?」
僕は先導するエリックに、心中をこぼすように問いかけていた。
「おれ?……おれは、リベルトの旦那に協力するよ。一応、革命軍の一員だからな」
エリックが陽気にそういった。
「そうじゃなくてさ、革命することをどう思うかってことで……」
エリックは急にピタッと立ち止まった。
「おれさ、革命なんて考えたこともなかったんだ」
僕もそうだ。この国の悪い部分、それが王族や貴族にも原因のあることだと分かっていてなお、革命なんて考えもしていなかった。
「でも、そこまで大層じゃなくても、殴り込み……ぐらいなら考えたことあるんだ」
「殴り込み……?」
エリックの明るい声が、影を帯びる。
「セオが孤児院に金を渡してくれるようになる前、結構ギリギリだったんだ。毎日皆でひもじい思いしてさ、いっつも金と食いもんことばっか考えてた。セオとリオが助けてくれた二人、覚えてるか?劇場の裏で捕まってた二人だよ。あいつらがいなくなった時さ、おれ……これで口が二つ減るじゃん。って思ったんだ」
エリックが、そんなふうに考えたというのが信じられなかった。知らないうちに僕は拳を握りしめていた。どうしようもなく、胸が苦しかった。
「すぐに思い直したよ。孤児院の兄貴分のおれが……最低だって。おれがそんなこと考えるから居なくなったんじゃないかって、尚更必死に二人のこと探した。……そんだけさ、切羽詰まってたんだよ。おれ……」
エリックが僕の方を向いた。悲しげに笑っている。
「もし、反逆罪で捕まれば、処刑だろ?でも、明日飢え死ぬんなら、別に処刑でもなんでも良い。だって、どっちみち死ぬんだからさ。そんなら、静かに飢え死ぬより、王城に殴り込んで食料ぶんどったり、おれたちの上でふんぞり返ってる王族に一発かましたりして、死ぬ方がよっぽど良い。って、そんな事考えてたことがあったから、協力しようって思ったんだ。革命とかそういうのは、あんまりわかってないんだけどな」
そう言うとエリックは、暗くなった空気を吹き飛ばすように、ニカッと笑い、店の中に戻っていった。
僕とエルガーは店を出て、二人で並んで歩く。店を入る前は高かった日が、もうすっかり沈んでいた。
エルガーが、暗くなった空に溶け込ますように、ぽつりと呟やく。
「……俺は……反対だ」
「それは、革命に?」
その呟きをひろいあげて尋ねる。エルガーは何も言わず、僕はそのまま続ける。
「確かに、革命なんて起こせば、犠牲は避けられない。革命軍が蜂起すれば、きっと騎士団が対応して、大規模な戦いになる。関係ない人も多く巻き込まれることになるかもしれない。それに、革命が成功したって失敗したって、後には大きな混乱が残ることになる。一応、隣国と戦争だってしてるんだ。小競り合いみたいな戦争でも、内輪で不和を起こしてる場合じゃない。それに……」
ひとつずつ、革命を起こしたときの問題を言い連ねる僕を、エルガーは無言のまま見ていた。それから、僕が一通りあげ終わった時、エルガーが言った。
「セオ、俺が反対なのは革命が起きることになんかじゃねぇよ。その革命に、セオが、参加することにだ」
「それって……、どういう……?」
「お前は何も分かっちゃいない。王子であるお前が、革命を起こす。失敗にしろ成功にしろ、お前はどうなるんだよ?」
僕は急に不安になる。足元から這い上がるような不安だ。
それは、エルガーの言葉びではない。エルガーがどこか遠くへ消えてしまうような気がしたからだ。僕はその不安から、エルガーの服の袖を掴もうと手を伸ばす。すっと掴みそこねた。
故意に避けられたのかと思った時、エルガーが立ち止まる。
「セオ、ついたぞ」
いつの間にか王城の裏側まで来ていた。王城からこっそり抜け出るときに使っていて、僕の部屋につながっている穴がある場所だ。
「俺は聖女の嬢ちゃんのとこにいく」
「なら、僕も一緒に……!」
「ンな余計なこと考えずに早く帰れ。ウィルのやつが心配すんぞ」
「でも……」
今は、街でただのセオとして走り回っていたかった。どうしても帰りたくない気分だった。
なおも食い下がる僕に、エルガーが背を向けて歩き去る。手をフラフラと振った。
「俺は酒場によってから行くんだ。子供は寝てろ」
エルガーが去っていくのをぼんやりと見ながらも、帰る気持ちにはなれなかった。王城に戻り、王子のセオドール・リヴァルスに戻る前に、ぐちゃぐちゃになった心と頭をどうにかしないといけないと思った。
重いため息を吐く。どうしたらいいのか、何をしたらいいのか、全くわからない。
自分が何に悩んでいるのかすらも、曖昧になっていく。
――僕は、革命に参加することに悩んでいる。
そうだ、それだけだ。迷路のように混乱した道を定めようと、必死に心を鎮める。
革命。革命。
それだけ、今はそれだけに悩んでればいい。違う、それ以外は考えられない。何も、分からない。僕が今考えるべきなのは、革命のことで、他の事を考える余裕はない。
僕は王子で、王族で、それが革命軍?信じられない。
僕は、父さんが守ってきた王家を、打倒することを望むのか?
ちがった。父さんが守ってきたのは民だ。このアークリシア王国の民。
じゃあ、革命に参加し、陛下とベルランツ兄様を倒すことこそが、正義で……。いや、人を、人が争うことに、正義も大義もない。そんなもの………
エルガーは、何を言っていたんだ?僕が、王子が参加することに反対?意味?そんなものはないはずで……失敗しても成功してもって……どういうことなんだ。失敗すれば、断頭台行きだろう。成功すれば……何が行けない?僕は、どうなる?僕は……王に?ちがう、革命軍のリーダーは、リベルトだろう。なら成功すれば、リベルトが……。それは……。
嫌だ。何も、何も考えたくない。怖い。僕は、僕はみんなが笑ってくれていれば、それで……。
それの、どれほど難しいことか……。
そう考えていた時、
スッと、差し込むように、光景が見える。空だった。動く街だった。夕日だった。隣には……リオ。
それは、混乱しきった今の僕への救いの姿だった。もう、ずっと昔にも思えるほどの、塔の上での古い記憶。僕の中で、大きなきっかけになった出来事。リオと二人で、並んで座っていた。
あの塔の上に……。
なんの意味もないはずなのに。あそこに行けば、僕が進むべき道を、信ずべき何かを、見つけられる。そんな気がした。
僅かな期待と希望と共に、僕は塔へと足を進めた。




