7−2
僕よりも4,5歳くらい年上の青年が部屋に入る。エリックが慌てて居住まいを正し、僕の背後に立っていたエルガーに並んで立った。
僕は座っていたソファーから立ち上がり、挨拶をしようとすると、片手でやんわりと押し止められた。
「どうぞお座りください。わざわざご足労いただき、ありがとうございます。私はこのネルバール商会の商会長の息子、リベルトです」
そう言って差し出された手に、自然に手を重ね、握手をする。柔らかい手だった。見ると、ウィルの手みたいだった。
「僕は、セオドール・リヴァルス。ここでは、セオって呼んで欲しい」
「ここでは……王族のセオドール・リヴァルス王子殿下ではない……と?」
リベルトが力のこもった目で僕を見る。
「そう、ただのセオだよ。王族なんかじゃない」
そう答えると、リベルトが嬉しげに顔を綻ばせた。
「では、遠慮なくセオ、と呼ばせてもらおう。それで、セオをわざわざこんな回りくどい真似で呼び出した理由だが――」
ネルバール商会が僕と話したがる理由も分からないけど、リオから伝達されてきたことも分からない。ネルバール商会程の大商会なら、王城に直接はなしを通し、僕と連絡をとることも可能なはずだ。
それが何故、リオというラインから話が来たのか…。そもそも何故、僕とリオが知り合いだと知っているのか…。
思わず身を乗り出した僕に、リベルトはエルガーの方をそっと見てから続けた。
「――話す前に、その男が今から話す商談を好むかどうか……」
「つまり、エルガーが信用できるかってこと?」
「セオは直截な物言いがお好みらしい」
ほんのりと笑いながらそう言ったリベルトに、はっきりと告げる。
「エルガーは信用できるよ」
僕はエルガーのことを信用している。それは間違いない。それでも一つ、確認しなければいけないことがある。
僕はエルガーの方を向き、目線で問いかける。
エルガーは、この話を聞きたいのか?と。
王城で王子としての僕にはできない話。そんなの、ロクな話じゃないだろう。きっと僕が大好きな類の、荷厄介な代物だろう。それにエルガーは巻き込まれるつもりはあるか?という問いかけだ。
エルガーは首を縦に振った。ものすごく煩わし気な表情で。それが、これから来るであろう厄介事に対してか、それとも、わざわざ確認を取る僕に対してか。きっと両方だろう。
「大変、失礼をば」
リベルトは僕とエルガーに紳士的に頭を下げた。
そこで僕は、もう一つ言わなきゃいけないことに気がついた。
「話をする前に言っておくよ。僕はさっきリベルトが言ったように、貴族の社交場みたいな持って回った言い回しは苦手なんだ。直截で頼むよ」
リベルトは僕の言葉に声を出して笑いながら頷く。
「本当に、面白い方だ。……では、端的に言う」
「――俺と革命を起こそう」
強い力のこもった声だった。その声と言葉に、胸を突かれる。
リベルトが、朗々と歌うように話を続ける。
「このアークリシア王国は今、腐敗している。孤児が溢れ、治安は悪化の一途、物乞いが増え、明日の食にすら困る者も多い。だが、王侯貴族はどうだ。何の対処もしないばかりか、民に増々の重税を課し、日々余分な富を得続け、悠々と暮らしている。……それを変えなくてはならない」
グッと身体全体を押された気がした。リベルトの言葉は、僕がずっと、薄々気づいていたことだった。王城と街を言ったり来たりしている僕が気づかないわけがない。
顔を曇らせうつむいた僕を見て、リベルトが幼い子供をたしなめるように笑んで見せる。
「セオは何も悪くないさ。悪いのは現王やベルランツ王子。君は民のために心を砕き、尽くしていた。そうだろう?」
顔をゆっくりと上げ、リベルトの方を向いた。リベルトの濃い緑の目でじっと見つめられ、深い森の中に迷い込んだような心地になる。瞳の奥は鬱を溜め込んだように暗かった。
「エリックから聞いたよ。孤児を引き取ったり、孤児院に支援金を渡してる。それに、前にベルランツ王子から、平民の少年をかばっていた。君なら、どんな身分のものでも真心を持ち接してくれる。そう確信した」
平民の少年というのは、リオのことだろうか?
「あの行動にそこまでの意味はないよ。ただ当然で……」
リオは、一緒に居た僕に巻き込まれただけで、かばうのは当然だった。大した意図も意味も考えもない。思いのみで、とっさに動いた。それだけなんだ。
「あれが当然?それまでの侮辱は聞き流していたのに、平民が一人拘束されただけで、多くの護衛を引き連れた兄王子に掴みかかる。自分の周りには誰もいないにも関わらず……あれが、周りで見ていた民たちにどれほどの驚きを与えたか」
「俺もあそこで見ていた。それで、彼、リオにエリックから連絡を取ってもらい、会いに行ったんだ。君とこうして話をするためにね」
確かに、革命の話なんて、王城じゃできないだろう。
リベルトの声が途端に暗くなる。
「今の王族は、俺達になんの見向きもせず、何を言ったって、耳を貸さない。俺達は同志として団結した。声を上げた。何度も、何度も、嘆願書を出した」
瞳には、チリチリと焼けるような怒りがのぞている。
「直接会い、話だってした。なのになんの改善も、なんの変化もないんだ。全部、なかったことにされたんだ。……だから俺達自身で、変えなくてはいけない」
リベルトが僕の目を覗き込むように見る。そして、ゆっくりと頭を下げた。
「俺達だけじゃ、まだ、足りないんだ。力を貸してくれセオ。俺達とともに、革命を……!」




