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7−1

 決闘が無事終わり、事後処理はウィルに丸投げにしている。


 ――またしばらくして、街に行かれる気で?……エルガーが一緒……一人で行かれるよりは良いですが、また私は留守番ですか……いいですよ。……分かっています。私もついていけば、殿下宛の連絡を処理することも、殿下の不在をごまかすこともできませんし……いっそ評判を上げ、王宮内での殿下の立場が改善されれば、殿下は堂々と出歩け、私も一緒に行けるのでは……?近衛騎士が監視につくことさえ除けば、外出くらいなら……そのために評判を……先の決闘のお陰で、風向きも変わり、殿下を擁護するような話も聞きますし……


 「……殿下の名声を上げるためには……」

 「……ウィル?」


 ウィルがやけに気合が入った様子だったことだけが気がかりだった。


 それからニ週間ほど経ち、曇り空の中、喧騒に紛れて、僕はエルガーと街を歩いていた。ウィルはだいぶ渋っていたが、スラムの方に行くからと無理矢理においてきた。






 細い路地にさしかかる。曇り空で薄暗い中、更に周囲に影が差す。

 僕は、前にエリックと来たリオの家に向かっている。というのも、リオがエルガーに、僕に会いたがっていると伝えてほしいと言ったらしい。

 リオから呼ばれるとは思っていなかったから、少し驚いた。


 周囲にハエが飛び回るのを払いながら、リオの家への道を必死で思い出す。入り組んだ路地の中、たった数回来ただけの建物にたどり着くなんて、無謀なんじゃないかと思いかけた時、見覚えのある場所に出た。


 ほっと息を吐きながら歩くと、ボロボロの古屋につく。相変わらずの酷い佇まいだが、横に立つ建物もみんな同じようにひどい有り様だからか、大して気にならない。


 「ここが、あのガキの家か……」


 エルガーが興味深げに、あたりを見回す。

 僕はドアに申し訳程度についているノッカーを使ってドアを軽く叩いた。

 しばらく経ち、中から声が聞こえた。


 「誰だ?」

 「セオ」


 短くそう答えると、戸が開き、リオが顔を出した。エルガーをちらりと見て、僕の顔を確認すると


 「入れ」


 と無愛想に言い、僕らを中に入れる。

 息をつくまもなく、出し抜けにリオが口を開いた。


 「セオに会いたいと、煩いやつがいる」

 「え?僕に会いたい?誰が?」


 僕は目を輝かせながら尋ねる。警戒するような気持ちより、興味や好奇心、ワクワクするような気持ちが先に出てしまう。

 リオと一緒に走り回って、散々危ない目にあった。それでも僕は全然懲りないらしい。僕は性懲りもなくあの刺激を求めているのだから。


 決闘の跡からずっと、何も起きることはなく、僕自身も何もしようとしなかった。最近派手に動いていたのが陛下に筒抜けな気がして、薄気味悪かったからだ。だけど、結局僕は安全な穴からまんまと出てきてしまった。

 わざわざあの部屋から出てきたのは、刺激が足りないからだろう。リオや、エリック、シアのことが気になったから?それは言い訳だ。

 フラフラと引き寄せられるように、わざわざ危ないと分かる場所に飛び込む。自分のどうしようもない性分に自嘲するような笑みを内心浮かべる。それでも、この身を焦がすような衝動は全く静まらない。


 リオはそんな僕の気持ちを見透かしたようにため息をつき、はやる僕を抑えるように、呆れのこもった目で僕を見た。


 「ネルバール商会のボンボンだ」


 ネルバール商会は王都でも有名な大商会だ。王城にも、ベルランツ兄様に呼ばれ、何度か来ていたのを聞いたことがある。最近は王国だけでなく帝国にも支店を広げる、国をまたぐ大店だ。


 「ネルバール商会?僕に会いたいなんてどうして……?」


 ボンボンというのは、商会の若旦那のことだろう。


 「知らん。だが、お前の決闘の話、街で噂になってるぞ。その辺りの話だろ」

 「そうかな?」


 あんな決闘のことで、ネルバール商会が関わりに来るというのがピンとこず、首をかしげていると、リオの灰紫の瞳が僕を映す。


 「コマネズミみたいにソワソワしてると、今に足元すくわれるぞ」


 たしかに僕はソワソワしている。車輪の欠けた馬車で走り続けるように心の奥で引っかかっていた、ベルランツ兄様との事への片が付いたからだろうか?

 それとも……またなにか起こる。そんな予感を感じているからなのか?

 この浮足立った心の理由はわからない。ただ、リオの風のない湖面のような凪いだ瞳を見ていると、僕の心も一緒に凪いでいく気がした。


 「心配してくれるの?」


 僅かに揶揄する調子で問うと、リオは僕に答えず、冷えた声で話を続けた。


 「いつでも店に訪ねてくれ、と言付かった」

 「分かった。リオも来るのか?」

 「 オレはいかない。エリックの奉公先の一つだから、あまり邪険にするなよ」

 「リオじゃないんだ。愛想ぐらい振りまけるよ」


 リオはいかない。その言葉への落胆を押し隠しながら言うと、リオは鼻で笑いながら僕を見る。


 「オレはセオみたいな節操なしの腑抜けじゃないからな」


 キツイ言葉に軽い笑みで答え、僕はエルガーと二人、ネルバール商会に向かった。


 ネルバール商会の建物の前まで来て、さて、どうしようかと考えたところ、ちょうど良くエリックが店の外にいた。声を掛けると話は聞いていたらしく、すぐに中へ通してくれる。エルガーは僕の斜め後ろあたりをついて歩いた。


 通された部屋で待っている間、エリックが頬を紅潮させ、僕に話し掛ける。


 「聞いたぜ、セオ。兄王子と決闘して代理の騎士団長に勝っちまったって」


 エリックが興奮した様子で、熱に浮かされたようににんまりと笑った。


 「その話は大分広まってるのか?」


 と聞くと、エリックは楽しげに僕に答える。


 「結構みんな知ってる話だぞ。良かったなセオ。あいつ、気に食わなかったし……スッキリしただろ?」


 あいつ、というのはベルランツ兄様のことだろう。

 気の良い体のエリックがはっきりと気に食わないというのは意外だ、と言うと、エリックが気まずげに僕を見る。


 「前に、セオとアイツが街で言い合いしてるのをみてさ……」


 歯切れの悪いエリックに、あの時のことか、とはっとした。

 エルガーの家から出て様子を見ていた僕とリオが、ベルランツ兄様に見つかり、決闘を挑まれたときだ。ベルランツ兄様と街で言い合いなんてしたのは、あの時だけだ。


 「見てたんだね」

 「この店の真ん前でやってたからさ」


 その時、外から足音がし、部屋のしっかりとした扉が重たげに開いた。

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