決闘前の Ⅱ
決闘は、中庭の中央にある開けた場でやることになった。周囲には、多くの見物人が立っていた。ほとんどが上位貴族、それも、ベルランツ兄様と懇意にしている貴族たちだ。
その中から、慌てた様子でヴィオラがやってくる。
「あの、殿下」
「何かな?ヴィオレッタ嬢」
僕はヴィオラの瞳に浮かんだ焦燥に気づかないふりをして、さらりと応じる。
「相手は騎士団長グレイスラー・レイノルドだと聞きました」
「そうだね」
ベルランツ兄様の代理人だ。僕はもちろん自分で出る。卑怯だなんて思わない。貴族の決闘なんてそんなものだ。
ヴィオラが僕をじーっと見る。
「勝てますか?」
これから決闘をする相手に対して掛ける言葉としては、ありきたりで、少々無粋とも言える。けれど、ヴィオラがこの質問をするのは僕の気持ちを確かめるためだろう。ヴィオラのアティードなら、僕がここで嘘を言えば分かる。
ヴィオラの瞳を見ながら答える。
「勝てるよ」
ヴィオラは一度大きく瞬きをした。だけどその瞳は金に染まってはいなかった。予想と外れ、怪訝に思ったのが伝わったのか、ヴィオラが声に柔らかな響きをのせた。
「アティードなんて関係なく、信じたいことも、あるんですよ」
ヴィオラが流れるように美しいカーテシーを見せる。
「あなたの勝利を願います」
そう言って去っていった。
しばらくして、エルガーが大きなあくびをしながら、僕のもとにのんびりと歩いてきた。
「今日の中庭は随分と盛況を呈してんな。相手はまだか?」
「うん。もうそろそろ来る頃だと思うけど」
僕のぼんやりとした様子に、エルガーがニヤニヤと楽しげに笑った。
「不安か?」
「どうだろ?あんまり……。何もかけていないからかもね」
エルガーが首をひねる。
「紙にはなんも書かれてなかったのか?」
「うん。報酬やペナルティーについては何も」
紙というのは、決闘に際しての正式な書面だ。数日前に届き、ベルランツ兄様が代理人を立てることと、決闘のルールが記されていた。ついでに書面の最後に、怪我を了承するサインを書かされた。
「分かってるな?油断してるときに仕留めきれよ」
「分かってるよ」
僕は苦く笑いながら答える。
「グレイスラー・レイノルドだ本気を出せば、お前は勝てない。どんな強者だって、お前みたいなのをみたら油断するはずだ」
「そんなに弱そうに見えるかな?」
笑いながらそういった僕に、エルガーが僕を胡乱げに見る。
「自分より年下で、王子で、体格も下。今はもう聖女の嬢ちゃんが直したことになってるが、ちょっと前まで病弱と意気地無しまでついてたんだ。油断もするだろ」
エルガーが僕に詰め寄り、にわかに真剣な顔をする。
「負けると思ったら、割り入るからな」
「エルガー」
咎めるような響きを込めると、エルガーが誤魔化すようにひらひらと手をふる。
「それより、あの聖女の嬢ちゃんに、ちょっとは休むように言ってくれ」
「シアに?」
「ああ、昨日も日が暮れてから、東の空が白むまで治療してまわってたんだぞ。毎日そんな調子で、おかげで俺は最近寝不足なんだ」
エルガーの言うシアの様子は容易に想像できた。眠そうに目元を擦るエルガーに答える。
「次会ったら言っておくよ」
エルガーは向い合い剣を構えるセオドールを見据える。決闘で、ベルランツ王子の代理人としてグレイスラー・レイノルドが出ると聞き、慌てて実践的な稽古をつけ直そうと言ったわけだ。
ベルランツぐらいならセオなら何の問題もない。だが、グレイスラー・レイノルドは貴族出身のボンボンが揃う騎士団の中での武闘派で、剣の腕はセオより確実に上だ。
グレイスラー・レイノルド。昔、陛下が生きていた頃からの騎士団長で、関わりは殆どなかった。
今は、こんなだらしなくなったからか、嫌われているようにも感じる。悪いやつだとは思わないが、良いやつだとも思えない。
セオの剣筋は、俺を手本にしたからか、俺に似た教本をなぞるような構えだ。瞳はしっかりと俺の体全体を見ていた。
気迫とともに、セオが打ち込みに来て、強い力の奔流に少し体勢を崩される。昔は子猫がじゃれつくみたいだったのに、と内心ぼやきながらも後ろに下がり体勢を立て直した。
セオがグレイスラー・レイノルドに勝つのは、難しいだろう。正直、無理だとすら思う。9割は負けだ。それでも、セオが勝てると言って笑うだけで、本当にそうなる気がするから不思議だ。
ふと、試合に賭けがあれば、自分はどちらに賭けるのだろうかと考える。賭けの対象として考えれば、贔屓目なくセオの決闘を判断できるだろうと思った。
――分からない。
それはおかしい。自分はきっとグレイスラー・レイノルドに賭ける。当然だ。確実に勝つのだから。……本当に?
セオがフェイントにひっかかり、俺の振った剣に素直に突っ込んでくる。そのまま大きく吹き飛んだ。
側で見ていたウィルバルトとが心配そうにセオを見やる。不安げに拳を震わせていた。
実際には大した怪我じゃないだろう。セオは直前で剣で受け止め、勢いを殺すためにわざと後ろに飛んでいた。それでも、そう分かっていたとしても、この側近は心配げにセオを見るだろう。
――アホだ。
側近がじゃない。セオがだ。ウィルバルトの気持ちは、痛いほどわかった。それは俺が陛下に忠誠を誓っていたからこそ、共感できるのだろう。
だからこそ、なおさらセオがどうしようもないアホに見える。
分かっているのかと。ここまでお前を心配してるやつがそばにいるんだぞ、と。問いただしてやりたい。
前に街でセオを見かけたときに感じた苛立ちはこれだったんだと、ウィルバルトを見て気づく。
俺は、決闘でセオが危なくなったら、セオがなんと言おうとも、乱入して無理やり助けるだろうと思った。それはセオの意思に反することだろう。
ウィルバルとは違う。こいつは見守る気だ。セオの行動や意思を遮ろうとは思っていない。
セオの意思、セオの安全。
どちらを優先するべきなのか?どちらが冴えたやり方なのか?




