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決闘前の Ⅰ

 初めてであったときから、憎々しかった。


 セオドールと初めて会ったのは、随分と前、セオドールの父親である前王が生きていた頃だ。


 聞いた話によれば、次期国王になる第一王子になるのに、まだアティードを使えないということだった。それがまず気に入らなかった。王族のくせに、アティードをまだ使えないこと。そのクセして、何も考えず能天気に笑っている。


 何度か会うことがあったが、その度、へラヘラと笑いながらよってくる。


 ――あんなやつが王?ふざけるなよ。あんなふわふわして呑気な野郎が王なんて無理だ。気に入らない。楽しそうに笑ってるのが、苛立つ。

 嫌だ。悲しめ。苦しめ。絶望しろ。泣きわめけ。目にものを見せてやりたい。痛い思いをしろ。笑うな。沈め。俺より上に来るな。


 『セオドール殿下は優秀で……それに比べ、ベルランツ様は……』

 『いいじゃない。ベルランツ様なんて、適当な伯爵家にでも入るわよ」

 『そうね、セオドール殿下と違って、王になるわけじゃないのだし』


 パン、と頭の中で何かが破裂した気がした。

 アティードを使い聞いた侍女の会話に、獣のように吠え、泣きわめきたくなるのを必死でこらえる。


 ――アティードも持たないアイツに、何の価値があるっていううんだ?王族のくせに、王族たる能力を持たないんだぞ……みんな次期国王だから媚び売ってるだけだ。


 噛み締めた歯が、音を立てる。

 アイツの笑みには、不思議な魅力があった。何も考えず、ただ笑ってるだけで人を惹き付ける。みんなアイツの傍に行って、アイツが王になればこの国は安泰だと笑う。それが俺を更に苛立たせる。


 そんな時、セオドールの父親が死んだ。前王が死に、俺の父上が王になった。


 突然転がり込んできた幸運だった。


 『お前が次期国王だ。わかるな?』


 父上がそういった。緊張しながらも、頷く。

 わかる。俺が次の国王だ。セオドールはこれで唯一の価値すら失った。俺はこの国でニ番目に偉いんだ。父上がいなくなれば、この国の全部が俺のものになる。

 興奮で頬が熱くなる。


 セオドールの側からは、どんどん人が減っていく。そうだ、当たり前だ。いままで、アイツが次の王だからみんなが集まってた。無価値になったセオドールなんて、誰も相手にしない。

 セオドールの無邪気だった笑みがどんどん曇っていく。


 ――そうだ。うつむけ。無様にはっていろ。地面に頭を付け。俺に全ての許しを請え。

 みんなから嫌われて、良いざまだ。さっさと城から出ていけ。俺の前に現れるな。いや、俺のところにいろ。ずっと監視してやる。お前が決して幸福になることのないように。飼い殺して、家畜みたいに扱ってやる。折れろ。折れきってしまえ。二度と立ち上がれないように。心を折ってしまえ。死ね。いや、死ぬな。苦しめ。四肢を切り落として、苦しめてやれ。水に沈み、磔になり、身を燃やし、痛みに喘げ。




 最近、セオドールが街にこっそりおりているという話を聞いた。報告を受けた通りの場所に行くと、ドブネズミのような格好をしたセオドールがいた。隣には小汚い平民もいる。

 鼻で笑ってやる。


 ――似合ってるじゃないか。浮浪者みたいに地を這って、乞食みたいに無様に生にしがみつく。それがお前の本質だ。お前は決して王にはなれない。


 いい気分で話していれば、突然胸ぐらを掴まれる。


 ――怖い……こわい、こわい、こわい。嫌だ、息が苦しい。ちがう、俺は






 ”パキッ”


 手元から音がした。我に返る。手に持っていたペンを折っていた。


 あの胸ぐらを掴まれたときのことを思い出すと、怒りで体が震える。


 「おい、グレイスラー・レイノルド」

 「はい、何でしょうか」


 目の前に立つに声をかける。グレイスラーは騎士団の団長で、実力は随一。


 「俺は今度、セオドールと決闘をすることにした。それの代理に、お前がでろ」

 「……はっ」


 決闘の件は、城中に広まっているから、グレイスラーもすでに知っているのだろう。驚く素振りすら見せず、硬い声の返事が返る。


 コイツに代理をさせれば、セオドール相手なら負けることなんてありえない。

 決闘の代理自体、貴族同士じゃ珍しいことじゃない。自分が剣を振る?冗談じゃない。

 ただ、セオドールには代理に出てくれるような騎士はいないだろう。いたとしても、グレイスラー・レイノルドより強いはずがない。


 「それでだ、セオドールの右腕を切り落とせ」

 「は?それは……」

 「決闘なんだ。不幸な事故もあるだろう」


 セオドールは最近調子に乗りすぎだ。一度痛い目を見せてやる。

 どうせ無駄だろうが、病弱のくせして剣の鍛錬をしていると聞いた。腕を切り、二度と剣を持てなくしたら、どんな顔をするだろう?


 セオドールの瞳を思い出す。意思のこもった、強い緑の目。自分とヴィオレッタが婚約した頃から、そこに力がやどり始めた。前王が死んだ時、一度完全に潰えた光が蘇っていた。


 ――ああ、忌まわしい。なんでまた起き上がろうとしてる?地面に這いつくばり、泥をすすって生きるのなら、嘲笑って見逃していただろうに。

 それでもあの瞳が金色に染まることはない……。そうだ、俺はアティードを持っている。アイツは持っていない。無能だ。無能者だ。


 ドンッ。

 机を強く叩く。


 「いいな?」

 「……は、い」


 グレイスラーがコクリと頷くのを見て、満足気に笑みを浮かべた。

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