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6−5

 「あの、一緒に来ても、気分の良いものでないと思いますが……」


 シアが言葉を濁すように口ごもりながら、僕とエリックを見た。


 話が終わり、城に帰ろうとしたんだけど、シアがよるところがあると言ったため、僕らもついていくことにした。


 「最近は治安も良くないし、ここでシアを一人にするのは不安なんだ」

 「……ありがとうございます」


 シアが照れくさそうに髪を触った。


 月明かりが人気のない道を照らす。風が僕らの頬を冷たく撫でた。


 こうして三人で歩いていると、どこか穏やかな気持になった。シアが先導するように少し前を歩き、僕とエルガーが並ぶ。

 不意に強い風がふいて、シアが髪を抑えた。僕の髪が酷く乱れたのが分かった。

 髪を直そうと頭に手を近づけた時、エルガーの手が僕の頭に乗る。


 「エルガー?」

 「ボサボサだな」


 エルガーはそう言って喉の奥で笑いながら、僕の耳をなぞるように手を動かし、僕の髪をなおす。

 エルガーの目に、やにわに影が差した。茶褐色の瞳が暗く瞬く。風はやんでいて、沈黙が僕らの周りに広がる。


 「なあセオ。頼むから、お前はそのままでいてくれよ」

 「そのままで?」

 「ああ、そのままで」


 エルガーが誤魔化すかのように、やわらかく笑う。


 「それは無理だよ。僕は変わりたいって思ってるし、現に変わってきているんだ」

 「そうか?俺には昔のままに見えるけどな」


 昔のまま?……いつまでも昔のままじゃいられないし、立ち止まって足踏みをするつもりもない。


 「そういうエルガーは変わったね」

 「何がだ?ンなことないだろ」


 昔のエルガーを思い浮かべる。父さんが生きていた頃のエルガーだ。近衛騎士の制服を規定道理きっちりきこんでいた。髪もかっちりとして、髭もなくて、いつも父さんの側にいた。


 「昔は酒もギャンブルもやってなくて、いつも僕にも敬語だった」


 今のエルガーとは真反対だった。


 「お前、覚えてたのか……」


 エルガーが呆気にとられたように僕を見る。


 「そうだ。俺は昔あんなに良い子だったのに、今じゃこんなだ。……だからお前は変わんなよってことだ」


 エルガーが冗談めかして笑う。


 「……僕は、今のエルガーも結構好きだよ?」

 「セオ、俺はこんな――」

 「着きましたよ」


 僕とエルガーの間に、シアの声が鈴がなるように通った。

 僕とエルガーは黙り込んでお互いを見つめていた。


 「二人とも、どうかしましたか?」

 「いいや、なんでも無いよ」


 不思議そうに首を傾げるシアに笑って答える。

 ついたのは小さな家で、シアに続いて中に入ると、ひどい臭いがした。奥からガタガタと小さく音がした。


 「大丈夫。私です」


 シアが優しげな声でそう囁いた。奥から7,8歳くらいの少女がおずおずと顔を出す。


 「……せいじょさま。その人たちは……?」

 「信頼できる方々です。あなたをきずつけるようなことはしません」


 シアがそう言って笑いかけると、少女がシアに飛びつくように抱きつき、泣き出した。


 「せいじょさま、ルーが、ルーが……」

 「落ち着いて。ルーくんが、どうかしたんですか?」

 「あの、えっと、こっち……」


 少女は慌てたようにシアを奥へ引っ張る。

 そこには、少女よりもさらに小さな男の子がぐったりと倒れていた。顔は水を吸った服みたいにぶよぶよに腫れていた。目元は埋まり、鼻から血が流れた跡がある。


 「……これは」


 僕が思わず声を上げるのに構わず、シアは男の子をそっと抱きしめるて、後頭部に手を添えた。すると、男の子の顔のあたりがぼんやりと光、みるみるうちに顔の腫れが引いていく。

 僕は初めてみたシアのアティードに、目が釘付けになる。


 「……これでもう大丈夫です」


 男の子はぼんやりとシアの顔を見ていた。目の焦点が合わず、呆けたようだった。

 シアがぎゅっと抱きしめ、ゆっくりと背を撫でる。しばらくして、男の子がワッと爆発するように泣き出した。


 「今日はいつもより酷かったですね」


 シアが静かな声で、そういった。少女が顔を暗くしてこたえる。


 「今日は、お父さん、クスリがなくなったっから……」

 「そう、ですか」

 「クスリ、クスリってあさからずっと言ってたの。せいじょさまがくるちょっと前まで」

 「今はどうされて……?」

 「わかんない、でかけちゃった」


 その後シアは二人と少し会話をすると僕らを連れて別の場所に向かった。

 同じような家にいき、治療して回る。


 「前までは、あんな子じゃなかったんだけどねぇ」


 おばあさんが、シアに治療してもらった辺りを撫でながら、悲しげにそういった。痩せ細った体の傷口の白さが、やけに際立って見えた。


 「これで今日は終わりです」


 シアがたずねていた家から出てそういった。

 長い時間ついて回っていた気がしたけれど、思ったほど時間はたっていなかった。


 「みんなを助けたいって、そういう意味だったんだね」


 ――力をかしてください。みんなを助けたいんです。


 僕の耳に、シアの声が蘇る。凛とした、力のある声だった。

 みんなというのは、あの子達の、彼らのことだったのか。


 「はい。ヨルトを使ってる人も、その周りの人も、みんな助けたいんです」


 シアがどこか遠くを見つめながらそうこたえた。


 「でも、何もできなかった。だからこうして、毎日こっそり教会を抜け出しいて、治療して回ってるんです」

 「夜に一人で出歩くのは、シアが危険じゃないかな。昼にはくることは?」


 シアが悲しげに笑う。淡いピンクの目が伏せられる。


 「昼は大司教様について、寄付金が多かったり、身分のある人のところにいって治療するんです」

 「なら、夜は俺が護衛について回る」


 エルガーがきっぱりとした口調でシアに言った。

 シアが恐縮する素振りを見せかけた時、エルガーがそれを遮った。


 「あんなもん見て回って、何か申し出ないわけには行かないだろ」

 「エルガーは夜、酒場に入り浸ってるだけだもんね」

 「ああ、そう……おい、セオ!」


 エルガーが怒った表情をつくり、僕のこめかみをグリグリと押す。


 「お前も、あんま教会にちょっかいかけんなよ!」

 「そういうわけにもいかないよ。……ただ、気をつけはする」

 「本当か?お前、この状況で教会勢力を敵に回せば……」

 「分かってる。決闘もひかえてるしね」


 エルガーが憮然とした表情で僕を見る。


 「なんでそんなに問題が多いんだ」

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