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6−4

 聖女と呼ばれていた彼女に渡された紙切れには、とある食堂の名前と、日時が書いてあった。



 夜風が少し肌寒く感じる中、月明かりの下を歩く。


 「あのさ、本当にくるの?」

 「ああ、なにか不都合でもあんのか?」


 エルガーが、不都合があっても絶対についていくという意思をにじませて僕の隣を歩く。


 「いいけどさ」


 僕は半分諦め、半分は別に構わないか、という思いからそう答えた。

 紙切れにかかれていた場所に行くためには城から出て、街におりなくちゃいけない。そこで僕はぐずぐずとしたウィルに頼み込み、約束に従ってエルガーに声をかけてから出てきたのだが……何故かエルガーも一緒に来ることになった。


 街を歩いていると、妙な気分に陥った。


 「エルガー、なんか、暗い気がするんだけど……」

 「暗い?夜だし、当たり前だろ」

 「そうじゃなくて、街が、なんか……」


 なんとも言えない感覚に、言葉に迷う。


 「……活気がない、てことか?」

 「うん。そんなかんじ」


 そうだ、活気が無いんだ。前に街に来たときも、うっすらとは感じていて……それは王道リに接した場所にあまり行かなかったからだと思っていたけれど……。

 治安も、悪くなったのかもしれない。


 「バリトリアとの戦争に備えて、税が上がってるからだろ。ここはまだ呑気だが、国境付近はピリピリだ」


 僕の巻き込まれてきた、巻き込まれている問題について、考え、ふと、不安を感じた。隙間風のような、心に差し込まれるような不安。


 「この国は、アークリシア王国は大丈夫なのか?」

 「……なんで?」

 「問題が多すぎるんじゃないかって。孤児の扱いが酷いこと、誘拐、人身売買が盛んなこと、クスリが流行ってること。それも教会印」


 ついでに、人身売買には王家が関わってる。


 「陛下が何を考えてるのかは分からないけれど、次期国王がベルランツ兄様なのは確かだ。僕は、あの人が王になる姿を想像できない。……街からはどんどん活気がなくなってる。そのうえ未来にあるのは他国との戦争……」


 悪い想像がなめらかに流れていく。いよいよ何も言えなくなった僕に、エルガーが真面目な声でいった。


 「セオ、いくら王国がだめになりそうだからって、王になろうなんて考えるなよ」

 「王に?無理だよ、僕はなれる立場にないんだからさ。考えもしない」


 エルガーが急に立ち止まり、僕は少し進んだところでとまる。振り向いて見たエルガーの顔は、暗くてよく分からなかった。


 「……クーデターとかさ、なんなりあるだろ。本当に全く考えなかったのか?」


 分からなかった。考えなかったと言うより、考えないようにしていた気がした。誤魔化すように前に向き直って答える。


 「僕がするならクーデターじゃなくて革命だよ。クーデターは今地位がある人がすることだ。今、僕は何の地位もないんだから」

 「まあいいさ、お前が王になる気がないってんならそれでいい」


 エルガーが僕に追いつき、また並んで歩いていた。僕の頭の中には、王、という言葉がこびりついていた。僕はそこに何の感情も抱けなかった。ただ、父さんの面影だけがその言葉と一緒に浮かび、僕にとっては王は、父さんだけなんだと気づいただけだった。


 しばらく歩き、エルガーが僕の服を引っ張る。


 「セオ、ここだ。ついたぞ」


 食堂は三階建てで、上は宿になっている。中に入ると、少し薄暗い中まばらに人が座っていた。中は意外に広く、見回すと奥の席に見覚えのある金髪が見える。


 「こっちです」


 僕らに気づいた彼女がパッと笑みを浮かべ手をあげた。僕はエルガーと一緒に向かい側の席に座る。僕の治療に来たときのシスター姿ではなく、町娘らしいワンピースを着ている。ウェールを外していると髪がよく見えた。色素の薄い金髪でプラチナブロンドだ。


 「来て下さって、本当にありがとうございます」


 僕が席につくなり、深々と頭を下げる。サラサラと髪が肩から落ちる。

 来ただけなのに、真摯さに満ちた礼で、新鮮な驚きを感じた。


 「あの、私――」

 「待って」


 話しだそうとした彼女を止める。話を進める前に、聞いておきたいことがあったからだ。


 「なんで僕に、助けて、って言ったの?」


 彼女は目を見開いて僕を見てから、スッと淡紅色の目を伏せた。


 「少し前に、私、セオドール王子殿下が大通りでベルランツ王子殿下と言い争っているところを見たんです。ベルランツ王子殿下は、平民を見下していて。でも、殿下は平民とともに行動して、それに、殿下と一緒にいた方は、殿下のことをかばう素振りすら見せていました。だから、あなたに助けを求めたんです」

 「あれを見られていたのか……」

 「はい、あの後、殿下から治癒のお話があった時、これが最初で最後のチャンスだって思いました」

 「じゃあ、僕の体が病に蝕まれているっていうのは……」

 「ごめんなさい。それは、全部ウソなんです」


 ますます顔を伏せる様子に、体が緩む。責める気はなかった。


 「むしろ僕にとっては好都合だった。これで僕は酷い病を患っていて、それを聖女に直してもらったことになったからね」

 「……私なんて、聖女でもなんでも無いんです」


 悲しげに瞳を震わせる姿に、何も言えず、僕は仕切り直すように声を上げた。


 「僕のことは、セオって呼んでほしい」


 恐縮したように首をブンブンと左右に振っている。


 「殿下にそんな――」

 「ここで殿下って呼ぶのは目立つからさ。君の名前は?」

 「エリーシアです。あの、シアって呼んでくださるなら、私も、その、セオって呼ぶことにします」

 「じゃあ、シア、よろしく。ここでは僕は王子のセオドールじゃなくて、ただのセオなんだ」


 シアは口をぎゅっと引き結んでから、思い切ったように口を開く。


 「はい、セオ。よろしくお願いしますね」


 シアの薄紅の瞳が柔らかく弧を描いた。


 「それで、シアが助けてほしいといったのは?」


 僕の言葉に、シアが顔を引き締めて椅子に座り直した。


 「はい。まず、その、ヨルトという植物は知っていますか?」


 僕の隣で、ガタリと大きな音がなった。横に座ってビールを飲み、今まで僕らの話を聞いているのかわからないような様子だったエリックが、椅子から腰を浮かした音だった。

 僕はエリックを無視してなんでも無いように会話を続ける。


 「危ないクスリになる植物って意味でいいのかな?それを教会が栽培してるって話?」


 シアが大きく目を見開いた。透き通っていて、瞳の奥までまっすぐ見える。


 「知っていたんですね。そのとおりです。てっきり信じてもらえないんじゃないかと思って、私――」


 シアは息が詰まったように口元を抑え、瞳をうるませた。薄紅の瞳がグッと色を濃くする。シアがスッと息を吸い直した。


 「私、それを止めさせたいんです。できるのなら、あの大司教様達に、正当な裁きを下して欲しいんです」

 「大司教まで関わっていたのか」


 それは新しい情報だ。


 「はい、大司教様の命令で、教会の持つ土地で栽培されています」


 それが本当なら、大司教の少なくとも教会がヨルトを栽培しているという罪は簡単に示せるかもしれない。

 けれど、それをすれば、民から教会への信頼は落ち、権威は失墜する。僕はそう困ることじゃない、でも、


 「シア、君は良いのか?教会の上層部を罪に問おうと思えば、民にヨルト栽培の一件は公表することになるんだ。教会の聖女という立場の君は……」

 「分かっています。私も、多くの敵意にさらされることになるでしょう」


 シアは落ち着いた声で僕の言葉を引き継いだ。


 「でも、そんなことはいいんです。このままで良いはずがないですから」


 シアの瞳は一片の曇りもなく、何の思いも宿していなかった。強がりでも、虚勢でもなく、心からそう思っていた。


 「そう、か。けれど、大司教まで罰するのは僕じゃ無理だ」


 大司教が相手ではもみ消されてしまうだろう。大司教は、国内で下手な貴族よりよっぽど強大な力を持っている。


 「どうしてですか?」

 「シア、君は戴冠式をしってるかな?」

 「え、はい」


 突然変わった話の流れに、シアが戸惑いながら頷く。


 「戴冠式では、誰が王に王冠をのせるんだ?」

 「それは、大司教が……」

 「そうだ。それは、王族の持つアティードと王たる主権を、唯一神が授ける、ということだから。つまり大司教はその時、神の代理人としてそこに立っているんだ。……僕みたいな王族モドキが罪を糾弾することができるかは……」


 シアががっかりとした表情を見せる。


 「ただ、ヨルト栽培のみを問題として、止めさせることならできると思う。少なくとも、表面的な大規模なものはすべて止めさせられる」

 「それで十分です」


 そう言うと、シアは深々と頭を下げる。


 「ありがとうございます。そこまで考えてもらえて、それだけでも――」

 「シア?」


 シアが言葉に詰まり、肩を少し震わせる。ポタリと、テーブルに水滴が落ちた。


 「ごめんなさい急に、泣いたりして」


 シアが無理やり笑みを作ろうと、顔をこわばらせながら、目元に溜まった涙を拭い取った。


 「衛兵の方々にも話に行ったのですが、誰も相手にしてくれなくて……教会がそんな事するはずがないって……不謹慎だって……誰もちゃんと聞いてもくれなくて、でも、自分ひとりじゃ何もできなかったから……。こんなふうに聞いてもらって、具体的な道筋が見えて……すごく嬉しいんです」


 ポロポロと涙を流しながら笑う姿に、胸を強く突かれた。シアは、ずっと一人だったんだ。そう気づいた。一人でここまで抱え込んで、解決のための手段を必死に探し続けて、僕にたどり着いた。


 ――つよいなぁ……


 自然とそう思い、僕はエルガーの方を向いた。


 「お前はすぐに信じたな」


 エルガーが僕の視線に気づき、呆れるように笑った。


 「教会よりも信用しているからね」


 大司教よりじゃなく、教会よりだ。それはおかしなことだろう。大司教なら怪しいが、教会ごと疑う人なんてそうそういない。そういえば、リオもやけにすんなり信じていた。十字架なんて持っていたけれど、信仰は無いのだろう。


 エルガーに笑い返す。僕は一人じゃなかった。僕はみんなに支えられてる。そうでないと、こんなふうに立っていられないかもしれない。守りたい人と、守ってくれる人がいるから、僕は立っていられるのかもしれない。


 エリックが僕の言葉に吹き出すように笑う。


 「教会より?そいつはすごい」


 シアもいつの間にか泣き腫らした目で笑っていた。

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