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6−2


 「……ぉい」

 「っん……」

 「おい、起きろ」


 目を開けると、灰紫の瞳があった。


 「起きろ、セオっ!」


 体よ強くゆすられ、ようやく頭が回り始める。


 「えっと、おはよ。リオ」


 ぼんやりとそう言った僕に、リオは呆れたような視線を向ける。


 「呑気すぎる。草を食む牛だって、もう少しマシな顔をしてるぞ」

 「寝起きなんだ。野を駆ける馬だって寝起きはこんなものだよ」

 「蹴り起こしてやろうか」

 「優しく起こしてくれ」

 「余裕があればな」


 起きぬけに軽口の応酬をしながら上体を起こす。椅子の上で寝た割には、悪くない睡眠だった。部屋を見回すと、エルガーは帰ってきていないようで、僕とリオだけのままだった。

 目をこすりながらあくびを噛み殺していると、リオが低い声で言った。


 「ベルランツ王子殿下が、街におりてきているらしい」


 ぼやけていた思考が切り替わる。眠気混じりのうららかな気分が、一瞬で落ち込んだ。


 「なんで、急に。いや、今近くに来ているのか?」

 「ああ、すぐ近く。ここから大通りに出た辺りの所にな。大行列だからすぐに分かる……どうする?」


 リオがこちらを見つめる。瞳の奥にある深い紫に沈み込んでいく気がした。


 「行く」


 どういう理由でベルランツ兄様が街におりてきたのかわからない。ただ、普段は絶対に城下に触れようとしない人だ。何か目的があるのかもしれない。


 飛び起きて、軽く身繕いをする。とはいっても、服はずっとこのままだし、ローブを羽織るくらいだ。


 リオが戸を開け外に出るのに続く。日差しに目を細め、太陽を見ると思っていたよりも高く上がっていた。リオの先導に従い歩いていくと、すぐに大通りに出る。

 人は少なく。活気も驚くほど無い。昨日とは別の街のように、静まり返っていた。


 「リオ、人が少ない気がするんだけど……?」

 「触り三百ってとこだ」


 よく見れば、家の中から様子をうかがっている人も多い。


 「王族ってこんなに怖がられてるのか……」

 「王家だからじゃない。アイツだからだ」


 疑問を浮かべる僕に、リオが遠くに見えるベルナルド兄様を指さしながら冷笑を浮かべながら言う。


 「前に来た時、平民は価値がないだとか、王家への敬意がどうだとか、散々な振る舞いだったからな。街の人間を指して不敬罪だと大騒ぎしたんだ」

 「なるほどね」


 簡単にその様子を想像できて、ベルランツ兄様らしいと思った。怒りと、呆れを感じる。怒りは、民への振る舞いの悪さに対して。呆れは、そんなものに固執していることに対して。


 ベルランツ兄様とその周りの護衛らがこちらへ近づくように歩いている。僕はフードを被り込んで、建物の陰に身を入れる。


 「何が目的なんだろう?」


 まさか大通りを歩くだけと言うだけでもないだろう。


 「買い物か?」

 「いや、兄様は商人を城に直接呼ぶから違うと思う」

 「劇場やサーカスならどうだ?」

 「王家御用達の劇場は……今閉まってるよ。奴隷騒動、ボヤのあと、ウェンスト公爵のものになったばかりだからね。サーカスはしばらく来てない」

 「孤児院や病院の慰問」

 「本当にそんな事するように思う?」

 「散歩」

 「兄様は、高貴な自分が街に下りるのを嫌ってる」

 「……セオがここにいるのがバレたんじゃないのか?」


 リオの言葉に顔をしかめる。もしそうなら最悪だけど、それが一番可能性が高いような気がしてならない。

 でも、僕がここにいることを知る城の関係者といえば、ウィルとエルガーだけだ。その二人を疑う気はない以上、どこか別のところから情報が漏れたことになる。


 「あれがセオの兄か」


 リオが近づいてきたベルランツ兄様をうかがいながらそういった。


 「うん。厳密には従兄弟になるんだけどね」


 そう答えながら僕もベルランツ兄様の方を見る。ベルランツ兄様の瞳が金色に輝いているのが、はっきりわかった。


 ――アティードを、使ってる


 僕は慌てて口に手を当て、身を潜める。その寸前、ベルランツ兄様の目がこちらを向いていた気がした。


 ――まずい、忘れていた。バレたかもしれない。


 「セオ、アイツ……」


 ベルランツ兄様のアティードは聴覚の鋭敏化。具体的にどれほど聞こえているのかは分からない。それでも、会話を聞かれていれば……と思わずにはいられない。


 ちらりと伺えば、ベルランツ兄様の側で控えていた護衛の一人になにか言っている。


 パッと、目があった気がした。ベルランツ兄様の瞳が弧を描き、僕をまっすぐに見ている。


 ――気づかれた……気の所為か?


 どう動くべきかと考える僕に、護衛の一人が僕の方へ向かってくる。まばらにいた人々はサッと道を開け、僕とベルランツ兄様の間に道ができる。

 周囲にいた人も、ベルランツ兄様や取り巻く護衛たちも、みんな僕を見ていた。


 ――これは、はっきりバレている。迂闊だった。アティードのことを忘れていた。反省も後悔も後にしないと。逃げる?どこに?この状況でどうやって?


 どんどん近づいてくる護衛に、焦りが加速していく。

 リオが僕を隠すように前に出るが、ベルランツ兄様の護衛についていた男が、無理やり僕の腕を取る。手首の辺を痛いほど強く捕まれ、指が食い込んでいた。そのまま、王に処刑される逆徒のように、ベルランツ兄様の眼前まで引っ張られる。

 せめてもの抵抗をとフードを被りこむが、


 「ローブを脱がせろ」


 ベルランツ兄様の一言で、破るように奪われる。

 唇を噛み締め、兄様の顔を正面から見つめる。怖気づきそうになる心を叱咤する。


 「こんなところで放蕩とは、良い御身分だな能無しのセオドール・リヴァルス第二王子」


 ベルランツ兄様が、周囲に聞こえるよう大声で僕の名を呼びながらそういった。周りにいる人達に、刺すように見られている気がして、余計に身がちぢむ。僕が何も言わないままじっとしていると、そのまま兄様が話し続ける。


 「城で引きこもってるばかりではなく、フラフラと遊び歩いてこんなやつが王家に名を連ねるとは、虫酸が走る。王族の責任も果たさず、流石は出来損ないだな」


 兄様の嘲り混じりの言葉に何を言い返せば良いのか、分からず俯くことしかできない。


 ――駄目だ。情けない。言われっぱなしで、良いはずがない。


 「しかも、下賤な平民と一緒に行動しているとは。全く、不愉快だが、お前にはお似合いだな」


 続いたベルランツ兄様の言葉に、胸の中に苛立ちが湧いた。


 「ベルランツ兄様。彼は下賤なものではありません。彼は――」


 僕の近くに、リオが引っ張られてくる。

 まるで罪人のように後ろ手に手を抑えられ、膝を折られていた。その姿を見た瞬間、カッと頭に血がのぼる。一瞬で身体じゅうの血液が沸騰するのを感じた。


 僕はいつの間にか駆け出し、ベルランツ兄様の首を締め上げていた。


 周りの護衛が慌てたように動き出す中、ベルランツ兄様の瞳の中だけがしっかりと見える。瞳に交じるのは怯え。


 ――狩れる。


 僕は追う側で、狩る側だ。眼前の奴は狩られるだけの獲物だ。食われる寸前で、僕に怯えきり、恐怖している。


 「――おい!」


 リオの声に、パッと突き飛ばすように手を離した。今朝と同じだ。リオが僕を目覚めさせる。


 胸元を押さえ、肩を揺らしてこちらを見るベルランツ兄様を見て、完全に我に返る。


 ――違う!間違えた!僕は……


 「ハッ!野蛮人と馴れ合うから、こうも暴力的で凶暴になる」


 ベルランツ兄様が先程の怯えを誤魔化すように鼻で笑ってみせる。


 「こんな奴ら、みんなゴミだ。下賤で汚れた浮浪者だ。訂正?ふざけるなよ」


 信じられない。自分の国の民だぞ。怒りよりも先に驚きが来る。


 「ベルランツ兄様。本気で、本気でそんなこと……!訂正をしてくださいっ」


 ベルランツ兄様は、僕の言葉には答えず、目を吊り上げて言う。


 「能無し、決闘だ」


 ベルランツ兄様が身につけていた手袋を僕に投げつけた。


 ――決闘?決闘なんて、そんな……


 決闘という言葉が飲み込めないうちに、


 「お前ごときが、指図するな。お前なんて殺してやる」


 憎々しげな声に顔を上げると、ベルランツ兄様の顔は憎悪に染まっていた。


 「こけにしやがって、散々痛めつけてやる」


 そう言って大きく舌打ちをして、僕の頬を殴りつけると、そのまま僕の顔も見ずに去っていった。

 ストックがなくなったので、明日から不定期更新となります。

 一章の完結まではなるべく高頻度で投稿できるように頑張るつもりですが、どのぐらいの頻度になるかは未定です。



――どうでもいい作者の言葉――


 ここまでお付き合いくださったかた、本当にありがとうございます。m(_ _)m

 引き続きお付き合いいただければ、嬉しくて泣きますが、ここまで読んでくださっている、それだけで、感謝してもしきれません。


 不甲斐ない限りですが、引き続きよろしくお願いします。

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