茶褐色の嫌悪
セオの視線を感じながら、手のひらでコインをクルクルとまわす。
迷った時コインを投げるのは、陛下のクセだった。今は俺のクセでもある。
「セオ、コイツは証拠になるかもしれないんだ……教会のヨルト栽培の、だ」
セオが目を大きく見開き、もう一人のリオとかいうやつは、目を細めた。
「教会が栽培してるのか?なんで……それより、エルガーはどうしてそんな事知って……」
「教会か……確かに最近怪しかったな」
悩むセオとぶっきらぼうにそう言うリオ。まさに正反対の反応だ。
本当は話すつもりはなかった。セオをわざわざこの件に関わらせる必要はないと考えていた。
「教会と、王家が関わっているだろうな。……俺はそれを調べてる」
脳内に、今の王のしかつめらしい顔が浮かぶ。
俺はあの王が――
大っ嫌いだ。
「エドガーが?1人で?」
セオがまじまじと俺の顔を見つめる。
「悪いかよ」
「だって……エルガーって酒と賭博に夢中で、そういうことは放っておくんだと……」
散々な評価に、思わず苦笑しながら答える。
「まさにそんなもんだ」
昔は正義感もあった。だが、陛下が亡くなってから、そんな思いも消え失せた。一番守りたかった人を失った今、そんなものがくだらなくて、どうでもいいことになった。正義だとか、人々を守るだとか、そんな暑苦しくて、青臭い考えはとうに枯れきったんだ。
「じゃあなんで、そんなこと調べて……?」
「さあな。気になるんなら勝手にやれ」
セオが俺の答えに納得できないのか、唸るように息を吐いた。俺は手をひらひらと振って、外に出る準備をする。
意味のないことだ。俺がなにか証拠をつかんで……それでどうするっつうんだ?元々平民の出なのもあって、貴族に知り合いなんていない。唯一繋がりがあるのがセオぐらいだ。何もできないし、何もするつもりはない。
――じゃあなんで、そんなこと調べて?
決まってる。今の国王が気に入らないからだ。
アイツだ。アイツが俺の尊敬する陛下を、セオの父を殺したんだ。いや、俺のせいで、陛下は死んだ。
ぐちゃぐちゃになっていく心を必死に落ち着かせる。久々に陛下のことを思い出したせいで、気持ちがブレてるんだ。すぐに元に戻る。
――あのクソ国王、陛下を殺して悠々と王位につきやがって。
我慢ならなかった。アイツが、陛下がかぶっていた王冠を頭に載せ、陛下が座っていた玉座に腰をおろしている。
――ああ、にくい、憎らしい。
胸元を手のひらで押さえた。鼓動が早い。落ち着け。今までも落ち着けられただろう。
――死ねば良い。殺してしまいたい。
いや、それは許されない。陛下の愛息子であるセオを見守ること。それが俺に残された、今、唯一忠誠を示せるものだ。
――剣を。この陛下への忠誠を誓った剣を、アイツの胸に突き立てて……
俺は、剣を逆手に持ってるんだ。それで、アイツの顔が苦しげに歪む、それから、何度も体を剣で突き刺して……
「セオ、俺は酒場にでも行く。今日は大人しく寝ろよ」
セオが呆れたように笑っていた。仄暗い感情を、内心に無理やり押し込む。これから酒で流し込めばそれで大丈夫だ。今までだってそうしてきた。
セオと協力するってことは、このドロドロとした汚い想いをセオに晒すってことだ。それだけじゃない、陛下への忠誠も、セオへの守る誓いも、全部。それは、俺の心の一番柔らかい部分で、弱い部分だ。陛下以外に見せることはない。陛下がいない今、もう誰にも見つけられることも見られることもない。
それは存在するといえるのか?いや、確かにある。俺の中に、明確に。あの忠誠は俺の全てだったんだ。あれがなくなれば、俺はとうとう消え失せてしまうだろう。
俺は、酒と賭博好きのだらしない近衛騎士団長。そんでもって、剣の指導役。
それ以上の顔をセオに見せることはない。




