茶褐色の感懐
俺は、エルガー・ランザルは平民だ。
本当は騎士になんてなれるはずがなかった。騎士団の入団試験は平民も受けることができる。だが、そのためには地位のある人間の、紹介状が必要だった。実質平民がなることはできない。
俺は騎士に憧れていた。幼い頃の夢で、そんなものは成長するに連れて消え失せるものだった。そんなおりに俺たちの家族はとある騎士に救われた。憧れは更に強くなり、自分も騎士に……という思いが無謀にも積もっていく。数冊の教本を読み込みボロボロにしながら、ひたすら基礎をやり続けた。
しがない狩人の一家の息子だった俺が騎士になれるはずがない。分かっていても諦めきれず、入団試験の日に合わせ王都まで来た。むしろ、これで門前払いされて、きっぱり諦めるために来ていた。
けれど、俺は騎士になった。それも、いきなり国王陛下の近衛騎士に。周囲の反発は合ったかもしれないが、表立っては驚くほど何もなかった。それはすべて、当時の国王陛下で、セオの父上に当たる方のおかげだった。一度だけ聞いたことが合った。
――「どうして、私なんぞを取り立ててくださったのですか?」
尋ねずにはいられなかった。その時俺が知っていたことといえば、何故か城に行ってすぐに陛下に会ってしまい、何故か陛下の鶴の一声が俺を騎士にしたということだけだった。
俺の万感の思いの込められた言葉に、返ってきた言葉は一言。
――「未来をみたからだ」
陛下はそれ以上何も言わなかった。陛下のアティードは未来をみるものだった。
その頃の俺は、貴族なんて雲上人、王族なんて神かなにかだと思っていた。アティードについても、聞いたことがあったが、おとぎ話か伝説のように感じていて、到底実際のものと思うことはできなかった。
ただ、そんなアティードが俺を映したことに驚き、同時に、国王がなぜ国王足り得るのかを知った。
今までだってそうだった。この方は未来をみて、それを下々に伝える。数年前、流行り病を予知され、その被害が最小限に抑えられたことがあった。そんなものは神託だ。俺たち持たざるものが自然に崇め奉ってしまう。この方が雨だといえば雨がふる、白だといえば白になる。だからこの方は王なんだ。
陛下は俺を信頼していた。近衛騎士団のいち団員を、護衛として常に側につけ、側近のような使い方をし、ときに話し相手にした。
俺のどんな未来をみたかは知らなかったが、自分を信用し、使ってくれることがただただ嬉しかった。
自分をつかてほしい。頼って欲しい。信頼してほしい。それは、俺が陛下に対して持つ願いだった。
同時に、支えたい。思いを交わしたい。守りたい。そう思って……
――この命を捧げる
その時に感じたのは、忠誠だった。忠誠とは何かを知らなかった俺には、これが忠誠かどうか判断することはできないはずだ。
真心からの尊敬。力の限りの献身。絶対の服従。
そんなものが忠誠と言われるのであれば、これは忠誠だろう。
強い誓でもあり、忠誠。生涯この方以外に誓うことはないと確信するほどの思いだった。その時、俺が真に騎士になった理由はこの方だと感じた。この方と会うためか、守るためか、それともこの忠誠を抱くためか。
そんな忠誠が、他を向いた瞬間があった。セオドール殿下、陛下の息子だ。
もちろん、陛下への忠誠は全く変わらない。ただ、セオドールにも同じような思いを少しだけ抱いたと言うだけだ。陛下とセオドールの命令が同時に下されたとするなら、俺は即座に陛下の命令を遂行する。
セオドールへの忠誠は切って捨てた。それは、陛下との間で迷わないためだったのかもしれない。俺ごときの力じゃ、一人に尽くす以上は無理だ。陛下だけじゃないと無理だ。いや、陛下唯一人で良かった。それほどの思いを簡単に受け止めてくれる方だった。
だが、セオドールに対し必ず守るという誓いは密かにたてていた。セオドールと、セオドールを見る陛下の慈愛のこもる目を見ていると、たてずに入られなかったからだろう。