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5−4

 「お前な、自分の立場分かってるのか?いや絶対わかってないな。城内の情勢からして、お前はいつ殺されてもおかしくないんだ。分かるか?分かれ。お前の兄貴と叔父はいつお前を殺せるかワクワクしてるんだ。それをこんなとこでふわふわしてれば、事故に見せかけて殺してくれって言ってるようなもんだろ。バカなのか?しかも火遊びときたもんだ。お前ンことだから、何か悪意があったとか、いたずらだとか、そんな理由じゃないだろう。だが、放火は放火だ。さっきのあそこで捕まってみろ。身元バレなきゃ重罪人、バレればそれで酷い。バカか?バカなんだな。放火とか、そんなン王子狂乱したから仕方なく幽閉します、つって離塔に監禁だ。今でさえ半ば監禁だがあんな比じゃねぇぞ。いっそ、悪魔憑きだとか何だとか言って火炙りにされるかもな。単純に反逆罪とか被せられて処刑かもしれんが。俺はお前の首と胴体が離れ離れになってるとこなんざ見たくないぞ。アホが。クソッ、殺されたいのか?なんでお前を必死に守ってるヴィオレッタ・ウェンストだとかウィルバルト・レザーリアをほっぽり出して断頭台に直行してんだ?は?俺はお前が自分の身ぐらい自分で守るっつうから剣教えたんだぞ。崖っぷちで大立ち回りさせるために指導したんじゃねぇぞ」

 「その、えっと……」


 早口で捲し立てるエルガーの勢いに押される。


 「死にたいのかって聞いてんだよ。セオ!」

 「そういうつもりじゃ……ごめん、なさい」


 昔、ウィルにも心配をかけて怒らせたことがあった。あのときのことを思い出すような空気感に、自然に頭が下がる。

 また、僕は……。

 同じことだ。同じ失敗だ。分かってることだった。でも確かに、これほどまわりに助けられておいて、必要のない危険に飛び込むなんて、それは……


 エルガーのあからさまなため息が、部屋の中に広がった。


 「……あの側近のやつは知ってんのか?」

 「……うん」

 「……なら、俺がとやかく言うのも、ちがうな」


 頭にポンっと大きな手がのる。


 ――一緒だ。なんで、みんな、優しいんだろ……


 そして、勢い良くかき乱される。首がもげるほど強くかき乱された。エルガーに頭を撫でられていると、自分が随分幼くなった気がした。


 思わず笑みが漏れた。エルガーの乱暴な手付きが、そのまま湿っぽい空気を飛ばしていく。


 「そっちのやつは?」


 エルガーが何事もなかったように、リオを見ながら僕に聞いた。


 「え……何だろ?」


 僕もリオを見ながら考える。

 リオと僕の仲って、何なんだろう。

 友人、とは違うかな。そんなに()()()ってわけでもないだろう。……仲間?何の仲間なんだ?……知り合い?はよそよそしすぎるかな……悪友?てこともないはずだ……同志?にしては意見が食い違いすぎる……


 「セオ?ほんとにどういう関係なんだ?」


 エルガーが呆れたようにそういって、リオを胡乱げに見る。


 「一緒に走り回り火遊びをして、ナイフを持った男たちのそばで悠長に喧嘩していた仲だ」


 悩む僕の前で、リオがあっさりとそう答える。前半はさっきの放火、後半は前に子供たちを助けるかどうかの言い争いを敵のアジトでしていたことを言っているんだろう。

 あんまりな言い様に、僕は口に泥を含んだみたいな顔になった。


 「まぁいい。一緒に匿ってやるから、放火騒ぎが落ち着くまでここにいろ」


 エルガーは面倒になったのか、外を伺いながらそういった。


 「セオ、お前はさっさと城に帰れよ」

 「うん」


 本当はもっとここにいたいし、城になんて戻りたくない。でも、さっきあんなふうに怒られてそんなことは言えない。

 そんな気持ちが伝わってしまったのか、エルガーが僕を見ながらボソリとつぶやく。


 「……懲りねぇなぁ」


 うまく聞き取れなくて首をかしげていると、エルガーが一枚のコインをゴソゴソと取り出した。


 「セオ、表か?裏か?」

 「表」


 聞かれている意味がわかり、即座に答える。

 コインがピンっと透き通った音を立て、宙に上がる。空中で回転して、エルガーの手の上に落ちた。コインは表だ。


 「セオ、これから城から出ることがあるなら、俺に言ってから行け。その代わり、この家も好きに使って良い……あと、剣の鍛錬もっとしろ」


 エルガーがボサボサの髪をかきあげ、天井を仰ぎ見ながら言った。


 「ありがとう」


 僕がそう言って笑うと、気まずげに顔をそらしながら無精髭を撫でる。


 気持ちが落ち着き、改めて家の中を見回すと、どこか違和感を感じた。家具はある。テーブルに椅子、蝋燭が置かれている。棚があり、剣が数本まとめて立てかけられていた。奥には簡素なベットと側に小さなキャビネット。


 「エルガー、ここで生活してるのか?」

 「ああ、俺の家だからな。どうした?」


 考え始めると、小さかった違和感がどんどん大きくなっていく。


 ――何がおかしいんだ?……生活感がない


 「なんか、簡素だなと」

 「悪かったな、みすぼらしくて」

 「いや、そうじゃなくて」

 「もっと酒瓶が転がってると思ってたか?」


 確かにそうかも知れない。でも、そうじゃなく……


 「おい、これ」


 今まで黙り込んでいたリオが何かを僕に押し付けた。


 「何、これ?」


 よく見ると、植物を乾燥させたものみたいだった。


 「さっきコインを取り出す時、コイツが落とした。ヨルトだ」


 リオの言葉に、エルガーの顔の一部がピクリと動いた。


 「最近流行ってるクスリだ。精神を興奮させ、頭が冴えわたり、感覚が鋭くなる。ただ、使用後はだるくなったりうまく動けなかったり呼吸困難になる……最後は体を蝕まれて死ぬ。だが依存性が高く止められない」

 「……エル、ガー?」


 エルガーがなぜ持ってる?まさか、使って……。


 「おいおい、待てよ!誤解すんなよ!それは拾っただけで、使うつもりはねぇって!」

 「エルガー、本当に?」

 「ああ、酒に酔っててもそんなもん使わねぇよ」

 「じゃあなんで、拾ったまま持ってるんだ?」


 僕はエルガーをじっと見つめた。エルガーの瞳は髪よりも薄い茶褐色で、ただ自然に覗き込んでいた。


 「それは、証拠品として……」

 「何の?」


 僕がエルガーを責め得る立場にあるか分からない。エルガーが何か悪いことをするようにも思わない。でも、知りたくてしょうがなかった。これは、心配?いや、怖いんだ。エルガーが危険なことに巻き込まれているんじゃないかって。それは心配か……。


 「話す。話すから、そんな顔すんなよ、セオ」


 エルガーが僕の顔をうかがうように見た。僕はエルガーを見つめたまま、そっと自分の顔に手を触れた。そんなに酷い顔だっただろうか?

 エルガーが手の中のコインを弄びながらはなし始める。

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