表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/70

5−3

 走った。息が苦しくなって、呼吸ができなくなればいいと思った。ぐちゃぐちゃになってしまいたかった。なにか、自分の中の暗い部分に出会ってしまったような、それに飲み込まれそうになった気がした。


 前で僕の手を引いて走っていたリオが手を離し、ゆっくり歩き出しす。

 僕は逆に、一歩も歩けなくなってしまう。足を前に動かすだけなのに、それがひどく辛いことのように思えた。足を見下ろすと、膝のあたりが小刻みに震えていた。手をかさねて抑えるが、更に酷くなった気がした。

 うつむいたまま、呼吸をすることに集中する。

 リオの顔を見るのが怖かった。呆れているだろう。違う、見下すように笑っている。めんどくさそうに眺めている。忌々しそうに見下ろしている。

 分からない……どうしても頭があげられない。

 ”やっぱり――”

 失望、呆れ、そういうものがこもった声でそう言われるかもしれない。何がやっぱりなのかわからない。でも、そんなふうに言われるんじゃないかと思った。

 僕はなんで、こうなんだ。なんで、こんなに、弱いままなんだ。


 リオが振り向く気配を感じた。そのままこちらに向かってくる。

 不甲斐ない。しっかりしろと、殴られると思った。

 身分のせいだ。お前は甘い。無能だと、そう言われても言い返すことなんてできないと思った。


 だけど、予想していたような言動はなく、ふわりと包まれる。


 棒立ちなった僕の背中に、腕が回された。リオの肩口辺りに、顔が押し付けられ、リオの顔は見えなかった。回された腕が、僕を支えるように添えられる。


 「セオ。大丈夫だ」


 その声を聞き、硬直していた体が、段々と溶けていく。

 柔らかな響きだった。冬の寒い日、暖かな毛布で顔まですっぽりと包むような柔らかさだった。


 「オレが、火をつけろと言った。お前がなにかしたわけじゃない」


 リオの言葉が僕の耳をくすぐる。リオは、全部リオのせいにしてしまえば良い、そう言っているんだ。魅力的な言葉だった。

 でも、僕は自分の意志で火をつけて、それで、……あれは、悦びだった。燃やすことに躊躇いを持てなかった。


 「リオ、僕は楽しんでいたんだ。あれを」


 くぐもった声でそう答える。


 「楽しんで悪いことはない」

 「そうじゃないんだ。怖いんだよ。僕が僕じゃないみたいだった」


 そうだ、それが怖いんだ。自分が曖昧で、自分で無いみたいな考え方をする。

 劇場の裏で男の首を絞めたあのときと同じだ。


 「僕は、あんなことをするやつだったんだ……」


 男の首を絞め、静かにカウントしていた。倉庫が燃えるのを眺め、邪魔なモノを一掃できると考えていた。


 「セオ、お前は今()()なのか?」

 「……リオ?」


 リオの胸の鼓動が、聞こえる。トク、トク、と小さく響いている。


 「答えてくれ。今が正気か、あれが正気か」

 「今が正気」


 そう答えると、リオがふっと軽く息を吐くように笑った。


 「なら、大丈夫だろう。オレがお前を正気に戻す」


 リオに言われて初めて気がついた。劇場の裏で男の首を絞めたときも、さっきの倉庫を燃やしていたときも、僕はリオに呼ばれて正気に戻った。名前を呼ばれ、その瞬間きっかり元の諸々の感情が戻ってくるんだ。


 「……頼むよ」


 懇願の色がこもりすぎた気がした。


 「ああ」


 リオがそっと僕から離れ、こもりすぎた色を打ち消すように鷹揚に頷いた。






 「おい、ちょっといいか」


 路地で話し込んでいた僕らに、背後から声がかかった。

 僕はサッとフードをかぶりこみ、リオは素早く体を構える。


 「さっきこの近くで放火があったんだが、なにか知ってるか?」


 しなやかな体つきの男で、腰に剣を携えていた。


 「あんたは?」


 リオが低く問いかける。


 「近衛騎士のエルガー・ランザルだ。近くの店で飲んでたら、犯人を捕まえろだとかなんとか言ってかり出されたんだよ」


 肩が揺れてしまったかもしれない。

 エルガー・ランザル。僕に剣を教えてくれた近衛騎団の団長……。


 ――バレるか……?


 今はローブを羽織り全身が見えないし、顔もフードを深く被っている。それに、僕がこんなところにいるとは到底考えてないはずだ。


 「火はどうなりましたか?」


 あの火がどうなったか。それは、今エルガーに正体がバレるかどうかよりも、僕が気になっていたことだ。


 「ん?……幸い大きくなっていなかったから、すぐに消し止められるだろう」


 そう言いながら、エルガーが僕に近づいてくる。その進路を遮るように、リオが僕の前に出た。


 「オレ達は何も知らない。行くぞ……セオ」


 慌てて背を向けて去ろうとした時、僕の手首がパシッと掴まれた。


 「待て。話はまだ――」


 思わず振り向き、顔を上げてしまう。エルガーの瞳が大きく開いた。


 ――まずい……!顔を見られて……


 顔を隠そうとしたときには、その視線は僕の顔をしっかり捉えていた。


 「セオ。お前、セオか?っはぁ?セオドール……」

 「うん……」


 エルガーのマジマジとした視線を気まずげに受け止める。


 「うん?じゃあお前が火、つけたってこと、なのか……?というかお前、なんでこんなとこに……」


 混乱するエルガーにどこからどう説明したものかと思案していると、リオが僕に鋭く耳打ちする。


 「今のうちに逃げるぞ」


 エルガーは放火犯を捕まえようとしていて、僕はその放火犯。

 リオの言葉に我に帰る。

 逃げようとした時、向かいから更に衛兵らしき男たちが数人やってくる。


 「おい、そいつらだ!さっき逃げてったやつだ!」


 心臓が早鐘を打ち、周囲の音がにわかに遠くなった。緊張と焦りで、血の気が引いているのがわかった。


 ――どうする。僕のせいだ。リオだけでも……!


 エルガーが僕を引っ張り、ぐいっと衛兵たちが来たのとは逆方向に僕を押し出した。


 「セオ!走れ、まっすぐ。そんで3つ目の角を右に行け、いいな!?」


 エルガーのはっきりとした声が、混乱しきった僕の頭に叩きつけるように入ってくる。

 勢いに押されるままコクコクと頷き、リオの手を引いて走り出す。この状況では、言われた通りここを通るしか無い。

 足を動かしながら、路地の角を数える。エルガーの言葉通りに、角を曲がったところで、後ろから声がかかる。


 「一旦歩いてついてこい」


 エルガーが僕らの前に出て、僕は息を整えながらその後に続く。

 リオが僕のことを問いかけるように見ていた。エルガーが信用できるのか?と。


 どこに向かっているのかは分からないけれど、エルガーはここで僕らをハメるようなことはしないだろう。他の近衛騎士や衛兵、騎士団の連中なら疑っていた。でも、エルガーだけは信用できる。それは、陛下の息がかかっていないと確信しているし、幼く病弱だと言われていた僕に、稽古をつけてくれたからだ。


 エルガーは父さんが生きていた頃も近衛騎士で、僕の面倒を見てくれていた。父さんが死んだ後も、城で孤立した僕の様子を度々伺いに来てくれていた。


 リオに視線を合わせ頷き、エルガーにそのままついていく。


 「俺の家だ。とりあえず入れ」


 ついたのは一軒の家だった。大通りにも近く、しっかりとした造りになっている。


 僕はエルガーに続いて入り、リオは僕を見て嫌々と言った様子で中にはいった。玄関の扉が閉められる。それと同時に、僕は胸の中に溜まっていた空気を吐き出す。ようやく落ち着いてきた気がした。


 「で、だ」


 エルガーが僕とリオを軽く睨んで、呆れたようにため息をつく。


 「セオ、お前がどういう理由で、こんなとこにいて、そこのあぶなそうな小僧と一緒に動き、火遊びをしていたのか俺は知らんが……」


 エルガーが僕の頭にすごい勢いで拳骨を食らわせた。


 「……ッイタ」

 「アホ」






……主人公にサイコパス適性を感じる、あと放火魔になっちゃった……主人公なのにぃ……。どうしてこうなった……??

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ