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5−1

 「んじゃ、カンパーイ!」


 エリックが手に持った木製のジョッキをかかげながら、機嫌良く笑う。


 「かんぱいっ!」


 僕もそう答えながらジョッキを軽く上げる。

 リオは無言で笑うと、僕とエリックのジョッキに、自分のジョッキをカツンと当てた。中のビールが光を反射して黄金色に輝く。


 事後処理がなんとかなった僕は、孤児院に様子を見に行った。もちろん、ローブをかぶってこっそりだ。そこでぼんやり見ていたら、エリックに見つかってしまい、エリックがリオを引っ張ってきて、酒場で祝勝会となったというわけだ。


 「セオ、あんがとな。あれで当分やってけそうだ」

 「いや、元々支給されてないのがおかしいだけだから」


 孤児院関係を調べたらここ数年、王城からも、教会からも銅貨一枚すらも出ていなかった。たしか支援金として支給する額が決まっていたはずなんだけど。ちなみに、セオドール名義じゃなくてセオ名義だ。


 「そういえばリオ、僕と別れた後、あの書類をどうやって取ってこれたんだ?」


 一番気になっていたのはこれだ。いやに余裕そうだったのが気になっていた。


 「知らん」


 すげなく言い切ったリオを横目で見ると、ジョッキを勢いよく傾けて喉を鳴らしている。


 「あの辺りで、ボヤ騒ぎが合ったと聞いたんだけど?」

 「……」


 一応きれいにもみ消されている。元の持ち主である子爵、心当たりのある僕、新しい持ち主となったウェンスト公爵家、誰にとったって良いことがない。


 「火事場泥棒とはいったものだね。ちがうかな?」

 「内緒」


 そういったリオは目を細めて艶やかに笑った。


 「やっぱリオ、セオがいると柔らかいよな」


 エリックがそう言いながら僕とリオを見比べる。


 「そうか?」


 怪訝そうな顔でリオが僕を見た。

 なんと応えて良いのか分からず、とりあえずジョッキに口をつける。


 店内の喧騒に包まれながら生ぬるいビールを飲んでいると、なんだか違う世界に来たような気がした。向こうのテーブルでは、誰かが笑いながら歌を歌っていた。城では聞けないようなあけすけな恋の歌で、頭にビールを掛け合っている。笑い声が響き、顔には輝くような笑みを浮かべている。


 「……リオ、ビールかけても良い?」

 「セオもやんのか、なら歌おうぜ」


 エリックが笑いながらそういうのとは対象に、リオはじっとジョッキの中のビールを見ていた。


 「あれにしよう。陽気なパン屋ジャック・トン・カントル……」

 「……リオ?」


 リオが微動だにしない。そんなにビールをかけられたくないのか、怒ってるのか。


 「どうした、リオ?」


 エリックも疑問顔を浮かべてリオに聞いた。


 「いや、用事を思い出した。帰る」


 リオは何事もなかったようにそう言って立ち上がるが、それで納得するほど、僕もエリックも手ぬるくはない。


 「リオ」


 軽く睨みつけ、手首を掴むと、迷うように視線をさまよわせていた。灰紫の瞳が、僕の目から逃げるように動く。

 それがなんだか見慣れなく、おもわず笑ってしまう。


 「……なんだ?」

 「リオでも、迷うことがあるんだなと思って」


 捨てるものと残すものを瞬時に決めるのがリオだと思っていた。悩むことを切って捨てるような性格だと思っていたから、すごく意外だった。


 「迷っている?オレが?」

 「違った?」


 そうきくと、リオは深い溜め息をついて座り直した。リオの中でなにか諦めたらしい。


 「入口近くの席に3人。おそらく、オレが狙いだ」


 うかがい見るのをギリギリで我慢する。


 「知り合い?」

 「前に情報がほしいと依頼されたことがある。……グライゼン一家の下っ端だ」


 聞き慣れない名前に首をかしげると、エリックがあからさまに顔をしかめる。


 「さいあく。あいつらきらい」

 「エリックも知ってるの?」

 「孤児院とか蚤市らへんをシマにしてる奴らなんだけど、荒くれ者ばっかでさぁ。孤児院からみかじめとるとか言い出したから断ったら、オレボコボコにされたし」

 「それは……」


 リオがエリックの言葉に付け加える。


 「最近特に活発で、みかじめと高利の他に依存性の高いクスリまで売ってる。前よりずっと危険だ。街のあぶれ者をどんどん吸収してる」

 「なんでそんな奴らと」

 「前にきっぱり縁を切った。また絡んで来るとは思わなかった」


 リオが苛立ったようにそう言って、舌打ちをする。


 「オレの後をつけてきたんだろう。あの様子なら、仕事の依頼だな」


 ――どうするのか、どうすればいいか。いや、まずは……リオの意思かな


 「リオ、簡単にいこう。どうしたい?」

 「断りたい。ついでに金輪際顔を見たくない」


 僕は店内を見回す。さっきと同じで、陽気な空気が流れている。周りの席には、ガタイのいい男も数人いて、ここで騒ぎを起こすようには思えない。


 「店の外に出てまく?」

 「それで行こう。セオはオレと一緒に。エリックは店に残れ」


 僕らが頷いた時、頼んでいた料理が運ばれてきた。

 こんがり焼かれた肉に、パンとスープがついている。肉のこうばしい香りに、上品にかぶりつく。つまりカトラリーを丁寧に使って、大きなサイズに切った肉で口を溢れさせながら食べた。

 パンを手に取った時、僕らの予想とは裏腹に後ろに人が来る気配を感じた。


 「よおリオ。こんなとこで奇遇だな」


 リオが言っていた大柄な男がそう言って、リオを強引に立たせる。

 エリックの榛の目が、どうしよう、と言っているのがわかった。


 「久々に話でもしようぜ」


 リオが渋い顔で僕を見た。どうやらこのまま外に連れていくつもりらしく、リオの手首が別の男に捻り上げられていた。注意して見ると、背中にナイフまで当てている。


 「食事中なんだが」


 リオがそう言うと、またもう一人の男がリオの横をガッチリと固め、そのまま脅すように低い声で言う。


 「大人しくついてこい」


 僕は机の下からエリックに僕の財布を渡しながら、リオを連れて出ていこうとする男たちを大声呼び止める。


 「待ってくれリオっ!金をもってないんだ。ここの代金を払ってくれるって言ってただろうっ!」


 リオを引き連れた男たちが、面倒そうに止まった。


 「さっさとしろ」


 一度開放されたリオが僕の方に向かって歩いてくる。

 そして――


 二人で店の外に向かって走り出す。


 「おぉい!待ちやがれぇ!」


 酷い音がした。パッと振り向くと、僕が蹴り飛ばした椅子が男三人が追いかけるのを邪魔しているのがみえた。


 「ごめん、あの二人、酔うと走りだすんだ」


 ついでに、エリックが店主に下手な言い訳をしているのも聞こえる。


 「大丈夫か?」


 リオが走りながら僕に尋ねる。


 「何が?」


 夜風が火照った頬に心地良い。熱い頬はアルコールか、それとも興奮のせいか。


 「料理の代金」

 「エリックに渡したよ」


 それを気にしていたのかと、笑いながら答える。


 「おい、笑ってないで走れ。後ろ」


 振り向くと、男が3人、すごい速さで追ってくる。


 「できるだけさっきの店の方から引き離した後にまく。エリックが逃げ帰る時間ぐらい稼げるな?」


 ここで逃げ切ってしまえれば、それはそれで困る。エリックの方に行ってしまうかもしれないから。


 「うん。巻き込みたくはないからね」

 「まぁ、あいつは巻き込まれるのが好きな性分だが。……問題を持ってくるセオと相性がいいな」

 「問題はリオが持ってくるんだと思うけど?」

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