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4−4

 ウィルと別れ会場に戻ると、遠巻きに見られているのを感じた。

 軽く会場を見回すが、ヴィオラは戻ってきていないようだった。ベルランツ兄様は少し遠いところで、こちらへの当てつけのようにあからさまな談笑をしている。


 陛下の方をそっと盗み見るが、人が集まっていてよく見えなかった。そのことにどこかホッとしながら、会場をゆっくり歩く。

 なにも考えていないような呑気な顔で、軽やかな足取りを意識する。些細なことを気にもとめないような悠々とした笑みで歩みを進める。


 ――だって、ここで動揺を悟られるのは嫌だ。

 そんな子供じみた自分の意地に少し笑みを浮かべながら、居心地の悪い周囲からの視線を断ち切るように、バルコニーの方へ行く。

 途中、ベルランツ兄様の横を素通りすると、鋭く睨みつけられる。だけど、リオの視線に比べれば随分と生ぬるい気がして、思わず笑ってしまう。


 ベルランツ兄様が更に怒気を強めるのを横目に、段々と余裕が戻ってくるのを感じた。




 バルコニーに出ると、夜風が冷たかった。ワインで濡れた服のせいか、寒さを強く感じる。

 ぼんやりと外を見ていると、ヴィオラが入口から出ていくのが見える。侍女や護衛がぞろぞろとついて歩いている。正門の方に馬車が止まっていて、あれで帰るんだとわかった。


 ――間に合うか?


 下を見ると、地面は土だった。これなら大丈夫そうだ。


 背後から誰かがやってくる気配を感じ振り向くと、ウィルがこちらに向かってきていた。


 「ローブ、ありがとう」

 「どうなさるおつもりですか?」

 「僕は王子としてヴィオラと関わるつもりはないんだ。……僕からヴィオラに飛び火した火の粉をはらえる自信がないからさ」


 ローブを目深にかぶり、バルコニーの手摺に足をかける。


 「やっぱり、身分なんて――」


 すっと空中に体が投げ出される。心も体も、浮き立ったように軽い。全身がこわばる瞬間さえ、心地いい。一瞬羽が生えたように軽くなったと思えば、地面に勢いよく落ちる。


 「――ろくなものじゃない」


 地面からの衝撃を足から膝で柔らかく吸収する。

 ビリビリと震える足に構わず、ヴィオラの方へそのまま駆け出す。


 「待ってくれ、少し話がしたい」


 ウィオラの背後に立っていた護衛の男が、サッと僕とヴィオラの対角線上に入る。

 警戒されているのは、強引にバルコニーから飛び降りたのを見られたか、それともこのローブのせいか。


 その時、ヴィオラのこわばった声が聞こえた。


 「あなたは、私の考えている方でしょうか?」

 「僕は今、僕でしか無い。この見た目のままだ。そうでなければ、話はできない」


 ヴィオラが引き留めようとする護衛を振り払って、僕の前に進み出る。


 「元の身分は?」

 「夜盗よりは上」


 ヴィオラがこちらを見ながら笑う気配がした。


 「十分よ」


 そう言って僕に先を促した。


 「なんでも、王都の劇場が格安で売られるとか」

 「買い時かしら?」


 僕が劇場を持つことはできない。なぜなら、僕に関して陛下は何をするにも自由にできるから。でも、ヴィオラなら、ウェンスト公爵家の令嬢の持ち物なら、そうはいかない。ウェンスト公爵家は発言力が強い上、第一王子派の筆頭とも言える状態。ベルランツ兄様を王に据えたい陛下としては、無理を通せない相手だろう。


 「はい。陛下も気にかけているようで」


 ヴィオラがうつむきがちに言う。


 「私、どうしても買いたくなったわ」

 「近々王子が購入するとか」


 本当。僕が購入する。


 「それはベルランツ殿下ね?」

 「はい、もちろん」


 嘘だ。

 嘘を混ぜて会話をできるのは、案外便利なことかもしれない。

 そこでヴィオラが考え込むように目を伏せる。


 「なら、殿下から買うわ。それはどう思うかしら?」


 つまり僕から買うべきかという質問。

 

 「それで良いと思います。そこで、殿下を介さず、直接買ったことにしてしまえば早いかと」


 僕の意図がわかったのか、ヴィオラが笑みを浮かべる。


 「そうするわ。婚約者だもの、そこまで細かくする必要はないわ」


 これで、劇場はヴィオラの方へいくだろう。こんな話をしたんだ。中の調査もするはず。

 ついでに僕から劇場を買うから、僕は劇場を売買する差額を孤児院にあてられる。


 「話を聞いていただき、ありがとうございました」

 「ちなみに、いくらぐらいが良いかしら」

 「高く買えばよろこばれるのでは?」


 ヴィオラが嬉しそうに笑った。それが見慣れない華やかさをまとっていて、頼もしさを感じた。


 「ええ、感謝を込めて、高く買うことにするわ」

 「では、失礼」


 ヴィオラから離れると、脇にいた護衛が我に返るように叫んだ。


 「ま、待てっ!」

 「いいの!追わなくて結構よ」


 ついで、ヴィオラ鋭い声がする。感謝しながら走り去ると、夜の静けさの中、小さく会話が聞こえた。


 「あの、方は一体……」

 「商人じゃないかしら?私に商品を売りに来たのだと思うわ。……私は、偶々会った商品のすすめで、王都の劇場を購入することにした……それだけよ?」

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