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4−3

 パーティのために正装をし、身だしなみを整えた僕を、ウィルが満足げに見る。


 「とてもお似合いです」

 「ありがとう、それじゃあ行こうか」


 部屋を出て歩き出した僕に、部屋の外で待機していた護衛が付き従う。

 主催は王家なので、パーティは王城で開かれる。最近暖かくなってきて、社交シーズンが始まるから、それに先駆けてというわけだろう。


 本当は出たくもないけれど、そういう訳にはいかない。ただ、少し遅れていき、何人かの貴族に挨拶をしてすぐに帰るつもりだ。

 このてのパーティで、僕が面倒事に巻き込まれないよう立ち回るのは難しい。それは僕の生まれだとか、王族なのにアティード(能力)を持っていないことだとか、現国王陛下らに冷遇されていることだとか……。そこで、今までも最低限しか参加しないことにしていた。






 


 会場に足を踏み入れると、その明るさに一瞬目がくらむ。色とりどりのドレスに、きらびやかな宝石の数々を見ていると途端にどうしようもなく空虚な気持ちになった。その美しさはうわべだけで、明るさは偽物だと簡単に分かってしまうからだ。リオやエリックを思い出した。偽り、という言葉とは無縁の姿で、こんなむせ返るような香水の臭いよりもよっぽど好ましい。

 ただ、自身を隠し取り繕った、この虚飾は社交の場では一種の武器だ。だからこそ僕も厭悪を抑え、うわべを繕う。


 これでも王子である僕には数々の視線が向けられる。それをかわしながら、まだ付き合いのある貴族に挨拶をして回った。


 「最近、セオドール殿下は、あのエルガー・ランザルと――」

 「いえ、そういうわけでも――」


 軽く会話を交わしながら、周囲の様子を見る。


 遠く離れた位置に、王冠をかぶる頭が見えた。椅子の上で足を組み、手にしたグラスを傾けている。僕はそんな陛下の姿をぼんやりと眺めていた。あの王冠が数年前は父の頭の上にあったことを思うと、それはあの王冠の酷い裏切りのようにすら思えた。


 瞬間、パッと陛下と目があった。


 こちらをじっと見つめる不気味な目に、視線をそらせなくなる。まるで、ヘビに睨まれたカエルのように体が硬直し、心臓をグッと握られたような心地がした。


 慌てて目をそらし、笑顔で会話を続ける。


 表面上を取り繕えたことに安堵しながらも、心中はちりぢりに乱れていた。


 ――今、目があっていた。たしかにこちらを見て……


 僕をじっと見ていた目を思い出す。同時にそれを必死に頭から追い払う。


 ――それより、なんで?僕なんか見て……


 今まであんなふうに目があったことなんて一度もなかった。


 ――僕が、なにかした?


 最近したことといえば、街に陛下の許可無くおりたこととセルアン子爵の劇場を買い取ったことだ。

 その時、セルアン子爵が言っていた言葉を不意に思い出した。

 ――「……これは、陛下から許可されている事業の1つでありまして……」


 背中にじんわりと汗が滲んだ。

 あの時は追い詰められたセルアン子爵が適当に言ったことだと聞き流していたけど、もし、もしそれが本当だとするなら……?

 他国の重鎮も集まる劇場で奴隷売買?到底子爵ごときがする事業だと思えない。

 最近、急な戦争準備のために国の財政が厳しいと聞いた。そこから資金を得ているのだろうか?

 陛下から許可されている……僕はそれを邪魔して、劇場を奪い取った形になるのか……?


 次々と浮かぶ嫌な想像に、思考が囚われていく。




 「殿下?」


 僕と話していた伯爵が僕を不思議そうに見る。


 「申し訳ないが、体調が優れない。――失礼する」

 「え、ええ」


 急いでその場から離れると、ウィルが横から支えてくれる。


 「どうされました?」


 案じるような優しげなウィルの瑠璃色の瞳に、徐々に落ち着きが戻ってくる。軽く息を吸い、脈打つ心臓を宥める。


 「もう大丈夫だよ」


 気づかわしげなウィルを安心させようと明るくそういったが、ウィルは目を細めながら僕の額にはりついた髪をさっと払った。


 「すごい汗ですよ……」 


 ウィルの言葉に誤魔化せそうにないと思いながら、軽い笑みでこたえる。



 もし、劇場や奴隷売買に関することがさっき考えていたとおりだとすれば……


 早いうちに、劇場は僕から陛下の息のかかった別の誰かの手に移ることになるだろう。所詮僕は、陛下の下にいる力のない、これから力を持つこともない子供だ。何の抵抗もできないだろう。そうなれば、孤児院の方への資金も準備できないことになる。

 子爵は無罪放免だ。そもそも、調査が入ることを許さないだろうし、調査したとしてもみ消されるだけだろう。


 何にせよ、これから陛下に挨拶をしなければならないのが一番の問題だ。

 ――この場でなにか動くことはない……はずだ。ことがことだから、目立つような真似はせず、秘密裏に進める……と思うが……




 すると、僕にまっすぐ向かってくる人物がいた。



 僕は心を一旦落ち着け、彼女に向き直る。


 「ごきげんよう、セオドール殿下」

 「久しぶりだね、ヴィオレッタ嬢」


 ヴィオラが僕に綺麗なカーテシーを見せてくれる。


 「お体の調子が優れないとお聞きしましたが……?」

 「少しね。いつもちょうど社交シーズンになると体調を崩してしまうんだ」


 いつもならまるっきりの嘘だけど、今日に限ってはあながち間違ってもいない。

 久しぶりに見たヴィオラはとても綺麗だった。今日のドレスもとても似合っていると言おうとしたが、僕はもう彼女の婚約者という立場には無い。あまりそういったことを口にすべきでは無いかもしれない、と開きかけた口を閉じる。


 ヴィオラの後ろから、憎々しげな視線が向けられた。


 「久しぶりだな、能無し」

 「ええ、お久しぶりです。兄様」


 第一王子のベルランツ兄様だ。数人の取り巻きを連れて歩いてくる。ヴィオラがサッと僕の正面を譲った。


 ベルランツ兄様は、僕とヴィオラの婚約破棄の騒動があってから、あからさまな嫌がらせをすることが減っていた。僕自身も、もうベルランツ兄様を怖がることはなかったし、関わり合いにならないようにしていた。


 「相変わらずの余裕っぷりだな。少しは能無しとしての身の程をわきまえたらどうだ」


 それでも、顔を合わせれば嫌味を言わずにはいられないらしい。


 「わきまえているつもりですが」

 「最近剣を始めたと聞いたが?」

 「はい。少しだけ」


 最近というより、だいぶ前からだ。ただ、隠していただけだ。

 それも前にエルガーと訓練所で手合わせしたから、広まってしまったのかもしれない。


 「病弱者のおまえがか?剣術のアティードもないくせに」


 ベルランツ兄様が、僕の方を見てせせら笑う。


 「兄様こそ、そういった戦闘で使えるアティードでは無いのですから、剣術でもすればどうですか?」

 「は?」


 兄様が低い声を出し、僕を睨みつける。

 僕に言い返されるとは思っていたのかもしれない。目を見開き、怒りに満ちた視線が突き刺さる。


 会話をすれば皮肉ばかり。僕のささやかな努力さえ、兄様にバカにされる理由はない。

 そんな思いで、キッと兄様を睨み返す。


 周りの和やかだった空気が凍りつくのが分かった。

 先に目をそらしては負けだとばかりに、僕と兄様はお互いににらみ合う。


 ――バシャッ


 僕の服に赤いシミが広がる。髪にも雫が着いており、首のあたりも濡れていた。ぽたりぽたりと髪の先から液体が滴り落ちる。


 パッと見ると、兄様の取り巻きにの1人にワインをかけられたようだった。僕は濡れた髪を耳にかけながら、ワインをかけた青年を見る。

 その取り巻きの青年は、僕を見下したようにせせら笑っていた。


 馬鹿にするように笑う姿を見ていると、だんだん苛立ちを通り越し、呆れるような気持ちになってくる。この場で同等の言い合いをしていることが、ひどく幼稚なことに思えてくる。

 ワインをかけられ、少し熱を奪われたせいか、さっきまでの怒りはなく、心は冷え切っていた。


 「はっ、お前にはお似合いの姿だな」


 もはやベルランツ兄様の言葉に答えるような元気は残っていなかった。相手にしなければいいだけだ。


 ――バカバカしい。面倒だ。もうどうだって良い。


 いっそこれを理由に陛下に話しかけず帰ってやろうかと考えていると、それまでずっと僕の横にいたウィルがすっと前に進み出た。


 「ウィル?」


 ウィルはその端正な顔にはっきりと怒気を浮かべ、ベルランツ兄様を睨みつけている。僕はウィルの見慣れない表情に、つい声をかけるのをためらってしまう。

 周囲やベルランツ兄様が、その怒りに飲み込まれていた。


 ウィルが口を開きかけたその瞬間、僕は勢いよくウィルの手を掴み後ろに引っ張る。


 「ウィル!」

 「……っ」

 「ウィル、いいから」


 こちらを向いたウィルにはすでに怒っている様子はなく、悔しそうに僕を見ていた。


 「髪を、乾かしたいんだ。休憩用の部屋はどこだったかな?」

 「はい、ご案内します」


 僕らは会場を早足で抜け、会場の近くにあった休憩室に入った。


 「申し訳ありませんでした。危なかったです」


 部屋に入るとすぐにウィルが僕に頭を下げ、タオルを取りに行く。


 「いいや、ありがとう」


 さっきは冷静じゃないウィルを見て、なにかやらかしてしまうんじゃないかと無性に怖くなった。

 けど、ウィルがそれだけ僕を馬鹿にする言葉に怒ってくれたことはすごく嬉しかった。


 あそこで僕は、全部が面倒になっていた。言われっぱなしで、なにか言い返すような気力もなくて。でも、あのまま何も反応せずに帰れば、それは逃げた、ということになってしまう。黙り込んで何も抵抗しなければ、それこそベルランツ兄様の思う壺だ。

 奴隷売買のこと、孤児院のこと、劇場のこと……僕は色々なことで頭が一杯で、思考を放棄していた。


 何も言わないまま、何もしないままなんて、それこそ昔の僕と変わらない。変わろうと、僕自身が常にのぞんで努力しなくちゃいけない。




 心に余裕が戻り始め、これからどうするべきかと考えていると、不意に部屋の扉が開く音がした。思わず体が硬直したが、入ってきたのはヴィオラだった。


 「よろしければ、少し私のおしゃべりに付き合っていただけませんか?」


 ヴィオラが静かにこちらを見つめながら問いかける。僕が戸惑いながらも首を縦に振ると、向かいに腰をおろした。


 「先程は何もできず、本当に申し訳ございませんでした」

 「ヴィオレッタ嬢が謝罪することではないよ。その……頭を上げてくれ。君には何の問題もない。あの場で君がなにか言うというのもおかしな話だ」


 慌ててそう言うと、ヴィオラはゆっくり顔を上げる。その瞳はもの寂しげな色を帯びていた。紫の瞳がパチパチと瞬き、一瞬金色に見えた。


 「もう、ヴィオラとは呼んでくださらないのですね……」


 その言葉に、心臓が飛び跳ねる。感情が出そうになる顔に笑みを貼り付け、当たり前のことを言うように言葉を紡ぐ。


 「ヴィオレッタ嬢とは婚約破棄をした。兄様の婚約者でもある。そこまで仲良くするのも変だろう?」

 「……殿下は、私を遠ざけようと、なさっていますね。それは私を守るためでしょうか?」


 その通りだった。

 ヴィオラの紫の透き通った目が僕を貫く。すべて見通されているようで居心地が悪く、思わず身じろぎそうになるのをこらえる。


 ヴィオラが僕と懇意にしていると周囲に知られれば、確実に狙われる。僕は今、王子としてそういう立場にいる。僕自身はまだ、病弱と能無しという悪評に守られている。でも僕の周りまでもが守られるわけじゃない。それが、ヴィオラのような公爵令嬢であればなおさらだ。

 今の僕は何の後ろ盾もない。そしてそれは、僕が望んだことだ。

 ウィルなら三男だし、僕の側近だから無理やり僕側にいるという体にもできる。事実、そういう事になっている。

 僕の側につくことのそういう危険性を分かっていたからこそ、僕が婚約破棄を申し出た時、ヴィオラの父であるウェンスト公爵はすぐにヴィオラと兄様を婚約させた。ウィルの家も、ウィルを僕から引き離そうとしている。


 僕はそういうことに関して、ヴィオラになにか話すつもりはなかった。普通なら、適当に誤魔化してただろう。でも、ヴィオラのアティード(能力)の前で嘘はつけない。


 ――どう答えるのが正解なんだ……?


 僕が答えに迷っていると、ヴィオラはくすりと笑った。その笑みがなんだか悲しげで、僕はその姿に囚われる。


 「いつも、私ばかり守られていますね」

 「……」

 「今日は具合が悪そうに見えました。……なにか、あったのではないですか?」


 ヴィオラが小首をかしげ、何気なくそう聞いたが、僕はこれがヴィオラが本当に聞きたかったことなんだと感じた。


 「ヴィオラ、僕は――」


 ヴィオラに話すつもりはない。これは僕の問題だ。

 リオに啖呵を切っておいて、ここでやっぱりできないだなんて弱音は吐けない。


 「――君にわざわざ話すようなことはなにもないよ」

 「今、ヴィオラと呼んでくださいましたね」


 ――……嘘をつかないことに注意を向けすぎた……っ!


 ヴィオラはパッと華やぐように嬉しげに微笑むと、ふっと真剣な面持ちになった。


 「私はいつだって殿下に守られてきました。だから、私も殿下の力になりたいんです。間違えないでくださいね、これは、私自身が望むことなんです」


 ――ちがう、僕は全然守れてなんかいない。


 「殿下が私を頼ってくださる気になれないのであれば、構いません。けれど、私はそれがすごくもどかしく、悲しいんです」


 言い返そうと口を平空きかけたけど、やめる。

 ヴィオラの唇も手も震えていて、今こうして僕と話すことに勇気を振り絞ってるんだってわかったから。僕がなにか言ったって、その精一杯の思いには到底かなわないだろうと思った。


 ヴィオラがパッとたち上がった。


 「私は、殿下の味方でありたいと思っています。それが、言いたかっただけです。失礼いたします」


 そう言うと、顔を照れたように真赤に染め上げて足早に出ていった。




 「どうなさいますか」


 ヴィオラが出ていった部屋の中で、ウィルが僕に問いかけた。問いかけでは合ったけど、僕にはどこか願うようにも聞こえた。ウィルは、僕がヴィオラに助けを求めることを願っているのかもしれない。


 「ローブを取ってきてほしい。前に、街におりる時、僕が着ていたやつだ」


 そう言いながら立ち上がり、ウィルから受け取ったタオルでワインで濡れたところを荒く拭いた。


 「僕は、もう一度会場に戻るよ」

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