4−1
僕は、カウチに横たわっているリオの様子をそっと伺う。明かりを消した暗闇の中、その姿は微動だにせず、すっかり眠りこんでいる。
それを確認して、僕はゆっくり体を起こした。
僕は、戻らないといけないから。
僕らはあれからエリックとは別れ、リオの家に入った。それから寝る場所を決めて明かりを消し、2,3時間はたっただろう。
僕は、あの子供たちのもとに戻るつもりだった。ずっと考えてはいたけれど答えは最初から、助ける、それだけに決まっていた。
ここでリオに気づかれれば、きっと止められてしまうだろう。それこそ、気絶させられるかもしれない。だから今はこっそりと出ていく必要がある。けれど、リオは出入り口付近で寝ているため、どうしても横を通らなきゃならない。
耳を澄ますと、静寂の中で規則正しい呼吸音が聞こえてきた。しばらく聞き続け、ゆっくり歩き出す。
――いける。焦るな……。
息を殺し、なるべく空気を揺らさないよう――
ドンッ!!
「っ……!」
視界がぐるりと回った。肩に鈍い痛みを感じ、思わず目を閉じる。
目を開けると、僕はリオに押し倒されていた。
「こんな夜更けに、どうしたんだ?」
「……」
口元に笑みを浮かべながらも、視線は鋭い。
「……起きて、いたのか」
「ああ、お前のことを信用していなかったからな。戻ろうとすると確信していた。だからココに泊まるのも許可した」
真顔でそう告げる様子からは、感情がうかがえない。ただ、僕の考えはすっかりお見通しらしい。
「助けに行きたいんだ。はなしてくれ」
馬乗りになったリオが冷笑を浮かべ、僕の手首を床に押さえつける。
「へぇ、それで?助けた後にそいつ等を途方に暮れさせると?それともお前が捕まりに行くのか?」
「……」
「お前が捕まれば、オレやエリックにとばっちりが来るかもな」
「リオ、僕は――」
「暴れまわって子供を全員助け出してみろ。大事になって困るのはお前じゃない。お前も分かってるだろ、今回の件は」
「貴族が関与している」
僕がリオの言葉の先を当てると、リオは忌々しげに顔を歪めた。あの劇場を管理しているのは貴族だ。関与していないはずがない。
「セオ、分かっているのなら――!」
僕は静かに笑って見せる。
「リオ、僕も貴族だ。多少大事になったとしても、なんとかしてみせる。……リオのことを、あの檻の前でリオに言われた言葉のことをずっと考えてた。そのうえで、もう一度向かう必要があると思ったんだ」
リオが僕を見下ろす。
「オレも、考えていた。昔のセオと、今のセオのことを」
リオの瞳が、僕の少しの誤魔化しさえも許さないとばかりに、真剣にこちらを見ていた。
「……セオ、お前は変わったのか?」
リオが僕の肩を押さえた。指がグッと食い込んでくる。
「……分からない。でも僕は、いつだって変わりたいと思ってる」
力が欲しかった。
自分を守れる力。誰かを守れる力。そのどちらも、僕に必要な力だから。でも、まだ足りない。
リオが僕をじっと見る。灰紫で、濁ったように見え、最初は不気味だと思った目。
「そう、少なくとも……リオに会った時、僕は明確に変わったよ」
ゆっくりリオの目元に手を伸ばすと、そのままリオに手を引かれる。リオが立ち上がり、僕のこともそのまま引き上げた。
「リオ?」
「……なんとかできるなら、好きにしろ」
薄々感じていたけれど、なんだかんだ言っても甘いのかもしれない。
「じゃあリオ、一緒に来てくれないか?」
その瞬間、胡乱げな視線が向けられた。
「は?」
「子供たちを直接連れ出すつもりはないんだ。リオが言っていたように、あの場で全部管理してるんだとすれば、その元締めはあの劇場を運営しているセルアン子爵だ。それに関する証拠がほしい」
「つまり、途中の男どもが集まっていた部屋にあるものか」
「うん。奴隷関係でやり取りしている手紙とかでも良い。何かしらはあるはずだ」
「……」
リオが心底面倒そうな顔をする。
「確か、僕が捕まればリオやエリックにとばっちりがいくんだろ?なら、ついてきたほうが良いんじゃない?」
僕の言葉に、リオは観念したように上を向き告げる。
「…………行く」
「じゃあ、僕も準備を……」
「いや、今回はオレ1人で行く」
「それは……」
僕が返事をためらっている間に、リオが外へと向かう。
「お前を殴って担ぐはめになるのはごめんだ」
「……それでも、1人で行くのは何かあった時危険だ」
「派手にやっていいんだろ?なら、随分と楽になる」
そう言ってリオが優美さすら感じさせる笑みを浮かべた。少し機嫌が良さそうに見える。
「……程々に頼むよ」
「セオはここに残って待っていれば良い」
リオにだけ危険なところに行かせて、自分だけ安全なところで待っているなんて、僕にはできそうにない。
「帰っていろいろ準備しておくことにするよ。君が派手にやるのを揉み消せるようにね」
僕がそう言うと、リオがカラカラと笑い声を上げた。




