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リオの案内に従って進んでいく。先程リオがいたボロボロの建物からは離れ、大通りの喧騒が聞こえるほどの場所まで来ていた。
前を歩いていたリオが口を開く。
「ここだ」
「ここって……?」
眼の前にあるのはしっかりとした大きな建物。そして、僕も数回来たことのある場所だった。
「劇場だ。それも貴族用の……リオ、本当にここなのか?」
僕の疑念の言葉にリオがゆっくり頷いた。
「人さらいは何のために人をさらう?それも孤児を?」
「……奴隷にして売り飛ばすため」
「誰に売る?」
「富裕層や貴族……なるほど、ここで売るのか……」
奴隷ともなればそれ相応の値段もするし、このアークリシア王国では奴隷は禁止されているから、隠せる環境も必要だろう。
「メインはこの国じゃないだろうがな。劇場なら他国の要人が出入りしても違和感はない」
隣国であるバリトリアでは、奴隷制が今も続いている。頭の中に嫌な想像が巡った。
今夜もなにか舞台があるのか、中からは微かに朗々とした声が聞こえる。
「無駄話は後だ。裏口に向かうぞ」
リオに連れられ劇場の裏側へと回るが、扉付近には見張りと思われる男が立っていた。
「どうすんだ?」
エリックが声を潜めてそう言い、僕とリオを見た。
「気づかれないよう、騒ぎにならないようにしたい」
リオにうなずき、軽く僕らの行動を打ち合わせる。
「そこの人!ちょっとこっちに!」
エリックが男に近づきながら、慌てたような声を上げる。
「……は?なんだよ、俺か?」
男が訝しみながらもエリックの近くによった時、
男が頭から突き飛ばされるように倒れた。背後からにじり寄ったリオが男の頭を横から殴りつけたからだ。
僕は慌てて男を受け止め、地面にゆっくり横たわせる。
「エリック、もう少し気を引ける動きをしろ」
リオが呆れたように言いながら、扉を調べる。
「どう?入れそう?」
じれてきた僕は思わずそう聞いたが、リオは扉に耳をつけながら、首を振って面倒そうに言った。
「中から閂か何かで閉められてる。ついでに、中に人がいる。扉付近に一人。奥にもう一人……一人づつやる。同じように……エリック」
「あいよ」
エリックが軽く息を吸い、
「犬が出た!!凶暴なやつだ!噛まれちまったんだ!誰か、応援を頼む!!」
と叫ぶ。さっきの男を意識したのか、少し低い声だ。
「どうよ?」
エリックがニヤリと笑ってリオを見た。対してリオは苦い顔で舌打ちをする。
「……2人来た。隠れろ」
僕らは慌てて散り散りになって隠れる。僕は傍にあった箱の影に。リオは向かいのゴミ溜めに紛れている。エリックはどこに隠れたのか分からなかった。
扉が開き、男が一人ずつ出てきた。あたりを見回している。
大した隠れ場所はないし、薄暗くて本当に良かった。そう安堵していたけど……
「おい!大丈夫か!?」
「意識がないぞ、犬?にやられたのか?」
先程倒した男を隠すのを忘れていて、見つかってしまったようだ。
いつ目覚めるか分からない男と、小型のナイフを携帯した男が2人。
この状況は厳しい。リオ1人じゃ2人の男を不意打ちで仕留めることはできない。1人を仕留め、隙ができたところを攻撃されれば……。
一旦逃げるべきか、もう一度中に戻ったときに、また呼び出すか……どちらにせよ、仕切り直して……
どうしようかと思わずリオの方を見ると、リオは男たちをじっと観察していた。一片の隙さえも見逃さない、狩りをする獣の目だった。灰紫の目には、いっそ美しいほどの鋭さが宿っている。
リオはここで、このまま押し入る気だ。
僕は……この状況でどう動く……?
その刹那、リオの視線が僕に向き、パッと目が合う。
次の瞬間に僕は物陰から転がるように走り出していた。リオは僕よりもひと足早く、男に蹴りかかっていた。僕はもう一人の男にぶつかりながらうつ伏せになるよう押し倒し、首と鎖骨の間を押し込む。
男の体内と体外を行き来する空気が遮られたのが分かる。手に生ぬるさを感じながら更に力を込めていく。
カウントしている。頭の思考はなく、心の動きで数えていた。
――イチ……ニ……サン……シ
まだ足りない、まだ生きてる。
――ロク…ナ
「おい!!!」
ダレかに肩を揺さぶられている……だれだ……誰だ?
――リオ
気づいたら僕は、うつ伏せになった男の首を絞め、リオに肩を強く掴まれていた。眼前にあったリオの瞳が大きく揺れる。
慌てて男の首から手を離した。男はまだ生きているようで、直ぐに呼吸音が戻った。
辺りに男が三人倒れているのを見て、体から力が抜けていく。
僕は何をしていた?
――ただ、慌てていて、恐れていて、必死だった。
やっぱり僕は全然駄目だ。いざって時になると、いつだって失敗するし、冷静でいられない。実戦経験がなかったせいか、恐怖で我を失っていたらしい。
僕が深呼吸をして立ち上がると、エリックが駆け寄ってきて、リオは何事もなかったかのように落ち着いていた。
「リオ、セオ。早く行こう!」
「ああ、二人の居場所を探す」




