3−5
眼の前の戸が内側からゆっくり開いた。エリックが中に入るのに続き、僕も中に入る。中は薄暗いけれど、思っていたよりは明るかった。戸を閉めると、動いた空気が蝋燭の火をふらりと揺らした。
「久しぶりじゃん」
エリックの明るさを含んだ声が仄暗い部屋に広がった。
「ああ」
そう応えた相手は僕よりも背が高く、僕が目深に被っていたフードで顔は見えなかった。
顔を見て、挨拶しようとフードをとり少し見上げた時、
灰紫の瞳と視線がかち合う。
曇ったような紫。影を感じさせる空気。靭やかな四肢。黒い髪……。
記憶の中にいたリオとぱちりと重なる。
その一瞬、息を吸ったのは僕か、それとも向き合った相手か。
大きく開いた紫の瞳に、僕の瞳が映り込んでいた。
「……リオ……」
僕の口から、吐息とともにこぼれ落ちる。
口は、はくはくと動くばかりで、何も言うことができない。
「セオ……」
その言葉が耳に入った瞬間、僕の胸は驚くほどの幸福感と、あたかな思いで満たされていた。
そして、服の下から十字架を取り出そうとしていた手を止める。
「……分かるんだな」
震える喉から無理やり絞り出した言葉は、掠れていて、笑い混じりになった。
「忘れかけだ。お前がぶくぶく太っていれば、きっと分からなかっただろうな」
柔らかな声音が耳朶を打った。返ってきた言葉はあの時と変わらない皮肉さが見えるもので、それがなおさら僕の胸に響いた。
「え、お前ら知り合いなの?」
エリックの突然の言葉に、僕とリオは一気に引き戻された。急に気恥ずかしくなり、絡み合っていた視線をはずす。
「前に一回あっただけだ」
リオが誤魔化すように応え、部屋にあった椅子に座った。
「へぇ、変なつながりだなぁ」
エリックは僕とリオの様子を気にした様子もなく、笑いながらそう言うと、リオとテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰を下ろし、僕が座る場所をあけてくれる。
「紹介の手間が省けていいけどな。あ、さっき言ってた金、後払いで頼むよ」
「……分かった」
「最近つーかいつもなんだけど稼ぎもないし手持ちもないし今全然……は、いいんかよ!?」
「さっさと内容を話せ」
エリックが、ラッキーとつぶやいて、ここまでの経緯を話しだす。
孤児院の2人の弟分が一昨日から行方不明だということ。今日も帰る気配がなく、僕とエリックが心当たりのある場所を探し回ったこと。
そして、最近噂に聞く人さらいにさらわれたのではないか、というところで、リオが目を細めた。
「心当たりがある」
エリックが話し終え、全て聞いたりリオが、はっきりとした口調でそういった。
「ほんとか!」
エリックが喜色を浮かべながら立ち上がりテーブルに手をつき、乗り出す。
「人さらいにさらわれたのは間違いない。それで、オレはそのアジトを知ってる……で、どうする?」
「どうって……。そこに突っ込んで連れて帰る?」
「あほか。突っ込む?誰がするんだ」
そこでエリックが僕の方をチラチラと見ると言った。
「セオ……騎士なら強え、よな?」
「僕に頼る気だったのか」
どうやら無茶を言ったのは、僕が騎士だと見込んでのものだったらしい。
「いいよ。さっき言ったように、僕ができる限り協力するつもりだ」
笑いながらそう答えると、エリックの表情がパッと華やいだ。
「おれも行くつもりだけど、多分役に立てないよな。ごめんほんと、助かる」
対象的に、リオは呆れ顔だ。
「お前もあほか」
「流石に突っ込むつもりはないよ。様子をうかがいながら、慎重に行くつもりだ。あくまで目的は、エリックの探す2人を連れ出すことだからね」
向き直ってそう言った僕に、リオはウンザリといった表情をする。
「オレも行く」
「え、いいのか?」
心底面倒、と言った気持ちがにじみ出た言葉に思わず聞いてしまう。
「道案内がいるだろ。2人を助けるだけだからな」
「よっしゃー!あんがとな、リオ」
喜びの声を上げるエリックにリオが手を差し出した。
「小銀貨2枚、追加料」
「……や、安いもんだ……」
明日から一話投稿となります。<(_ _)>