3−4
それからエリックと、いなくなった2人がその日働きに出ていた場所を順々にめぐった。
街中をエリックに連れられグルグルとまわり、段々どこにいるのか分からなくなってきた頃、教会の昼の鐘がなった。
「あとは……グレイスラー商会んとこの屋敷と東市だな」
「東市?」
「昨日の買い出しはあいつらだったからさ。ん?ああ、東市の方を知んないのか。まぁ、騎士とかじゃそうだよな」
エリックがふんふんとうなずきながら説明してくれる。
「蚤市のことだ。中央とかと違って、ゴミ溜めから拾ってきたみたいなもんばっかでさ。いつもあそこで売り買いするんだ。ろくに使えないもん買わされたりするし、ちと治安も悪いけどな」
頷いて理解を示し、身につけているローブのフードで目元まで覆いなおしていた僕に、エリックが不思議そうに言う。
「つーか、なんかセオ、疲れてるのか?」
確かに疲れている。それは歩き疲れてというより、周りに散在する新しいく見慣れないものに対してだ。
――あの建物は何だ……
――こっちの店は何を売って……
――あっちの人は何をして……
初めのうちはワクワクして、胸に湧き上がるこの疑問さえ心地よかった。けれど、僕と何ら関係なかった異国に来たわけじゃない。ここは僕が生まれ、住み、暮らし、生活している国で……僕はこの国の王子だ。
このアークリシア王国について、この国の王子が何も知らないなんて、そんなこと、あっていいのか……。
「セオ?」
エリックの声で思考が打ち切られる。
「ごめん。大丈夫だから、早く行こう」
胸のうちに湧き出たモヤを払うように、エリックを急かす。
それからエリックと手分けし、僕は2人が働いていたという商会に、エリックは教会に顔を出し、そのあと合流し、2人で東市に行った。
探索が進むに連れて、僕とエリックの顔が次第に暗くなっていった。2人の手掛かりが、小麦一粒分さえも手に入らない。その上、手掛かりがありそうな場所が潰れていく。
「なぁ、騎士ってどうやったらなれるんだ?」
日が傾き捜索が行き詰まった頃、隣を歩いていたエリックが僕に尋ねた。
今歩いているここは狭い路地が入り組んだあのスラムだった。結局ここに戻ってきた。
「城で毎年ある入団試験に合格すればなれる。でも……今はならないほうが良いかもしれない」
「ん?」
失敗したかもしれない。エリックと歩きながら、ぼんやりとそんなことを思った。
今日一日、探していたエリックの弟分2人は見つからなかった。それに――リオの手掛かりも。
――リオの年齢じゃ、おそらく孤児院にはもういない。ただ、手掛かりくらいはつかめるんじゃないかって、それだけでも……
そう思ってた。
今日一日、何も得られなかった。なんだっていい一日じゃない。この5年、追い求めてきた日だった。それを……なんの意味もない一日にした。
「それより、今度はどこに向かってるんだ?」
エリックは僕の質問に少し黙ってから口を開いた。
「あいつら、仕事はちゃんとやったみたいだ。だから、いなくなったのは多分帰りの暗い時だ。最近、人さらいが増えてる」
「……っ」
「だから、そのあたりに詳しいやつに聞きに行こうと思って……わるい、あんたには関係ない話なのに、こんなにつきあわせちまって」
エリックが立ち止まり、顔に笑みを貼り付ける。それは、少しぎこちなくて、目の奥がキュッと震えるような笑みだった。暗い路地で、エリックの顔がいっそう暗く見える。
僕は内側にくすぶる炎をたしなめ、ゆっくり冷ましていく。
僕はこの非日常に触れ、焦りすぎていたんだ。今日はエリックといて、またいろんなことを知って、新しいことを体験した。
それでいいじゃないか。何も焦ることはないんだ。今日に実りがなくとも、また別の実りにつなげることはできる。
ギュッと小さくなっていた心に、隙間ができる。手足に熱が入り、だんだんと余裕が戻ってくるのを感じた。
リオを見つける方法については、今日のことから、じっくり考え直すのだって良い。
「いいよ、今日僕は楽しかった」
エリックの肩に手を触れ、少し笑って見せる。
「2人のことは僕だって気になる。ここまでついてきたんだ。僕にできることがあるのなら、手伝いたい」
「……ああ、ありがと、な」
エリックが照れくさそうに笑い。2人でまた歩き出した。
エリックと向かった先は、一軒の古屋だった。でも、古屋というのもおこがましいほどにボロボロで、周りの家とくっついて、どこまでがこの家なのか分からない程だった。壁は、修繕に修繕を重ねたのか、まるで古着のように継ぎ接ぎだらけだ。
エリックが申し訳程度についているノッカーを優しく鳴らす。
きっと、錆びついて今にも壊れそうだからだろう。
「……誰だ」
中から威嚇するような暗い声が聞こえる。
「オレだよ、エリック」
エリックの明るい声がひどく対象的に聞こえた。
「用件、と、……横にいるのは?」
さっきよりも幾分か柔らかくなった訝しげな声が、僕のことを指しているのだとわかった。
「こいつは朝に会ったやつ。悪いやつじゃねぇよ……今日はちょっと頼みが――」
「断る。悪いやつじゃない奴が良い奴だったためしはない」
「じゃあ、良いやつだからさ、頼みきくだけでも」
エリックがそこまで言った時、中の声が聞こえなくなり、僕とエリックは顔を見合わせた。
「こりゃ、むりかも……」
しばらく経ち、エリックが苦く笑いながらそう言った。僕も苦笑してこたえ、戸から離れかけた時、また声が聞こえた。
「金はあるのか?」
僕とエリックはまた顔を見合わせる。
「小銀貨1……いや2枚なら」
「銀貨1枚」
「せめて小銀貨3枚で……」
「銀貨1枚」
エリックが顔一杯に絶望を浮かべながら言った。
「わかったよ!!くれてやる!この悪魔!」
エリックの罵倒にかえってきたのは、飽くまで冷たく感情を感じさせない声だった。
「中に入れ」