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剣の鍛錬をしていたのには理由がある。もう一度、一人で街に下りるためだ。早く街に行きたい。ずっとそう思い続けていた。
本当はすぐにでも行きたかった。でも、僕は弱くて、アティードも持たないから、強くならないといけなかった。それに、ウィルが僕に危険なことをしてほしくないのは分かってる。だからずっと我慢してきた。せめて強くなるまではと耐え続けてきた。
――でも、もう限界だ。
僕が我慢できるのは、せいぜい5年程度だったらしい。
エルガーに勝った。あれでも近衛騎士団の団長だ。十分だろう。
エルガーに勝ったら、また一人で城を抜け出す。ずっと前からそう決めていた。
空が白み始めた明け方、僕は用意した荷物を持ち、ウィルと向かい合っていた。
「行ってくるよ、ウィル」
ウィルは心配そうな顔で僕を見つめた。
「くれぐれも、危険なことに巻き込まれないでくださいね。少しでも危険があればすぐに逃げてください」
その言葉に少しだけ笑って応える。
「そんなに心配しなくても、少し街に下りるだけだ。――」
もう、子供じゃないんだから。
そう付け足そうとして、止めた。ウィルにとっては、僕はあの頃と変わらず、無鉄砲で、無警戒な、危うい子供なんだろう。
「殿下、あまり長くは――」
「分かってる。長くとも3日で帰る」
ウィルがしぶしぶといった体で頷いた。
1日というウィルと1週間という僕で、滞在期間に関しては大いに揉めたが、結局、3日間というところに落ち着いた。その代わり、これっきりではなく、これからも街に下りるということになった。
書物のぎっしり詰まった本棚の前に立つ。また、5年前と同じ方法で外に出る。その方法以外にいい方法が思いつかないし、一度成功しているから問題はないはずだ。そして、本棚に手をかけ、思いっきり横にスライドさせる。
「っ、はぁ」
下には実は小さなタイヤがついており、レールに沿って動かすのだが、ずっと使っていなかったからか、思ったよりも動きにくい。その上ギシギシと音が鳴る。部屋の外にいる護衛に気づかれないかとヒヤヒヤしながら、少しづつ動かしていく。
焦れるような思いで動かしていると、ようやく人一人通れそうなぐらいの隙間ができた。
用意していた燭台に火をつけ、身を押し込むように通り抜ける。本棚はそのままにして、ゆっくりと階段を下り始める。
「お気をつけて」
ウィルの小さな声が聞こえた。
階段は石でできているようで、コツ、コツ、と規則正しい音が響き渡る。
途中の入り組んだ道を、記憶をたどるように歩を進めていく。
――ここは右で、次の曲がり角までまっすぐ。その後にまた右――
右で、左で、下で、ここは真っすぐ行ってから左――
会えるだろうか、リオにまた。
時々、僕にとってリオが何なのか分からなくなる事があった。
ほんの少し、幼い頃に会っただけの少年。生意気で、荒れていて、擦れた雰囲気と傷つきやすそうな目を合わせ持った不思議な奴。
最初は怖くて、お金も盗られて、返してもらってもいない……本当に、なんなんだ?
右手を口元に寄せる。軽く弧を描いている。それが、彼に会う理由だった。
リオを思い浮かべた時、どうしようもなく笑ってしまうんだ。胸の内から湧き上がる衝動が、力の抜けた僕を突き動かしてくれる。
「しょうがない、なぁ」
軽く伸びをしてから、眼の前の寂れたはしごを登る。天井を押すと、外に繋がる。
人目を確認しながら、慎重に這い出る。
外の空気を肺いっぱいに吸い込み勢いよく吐き出したとき、自然と笑みが浮かんだ。




