菫色の想い−B
殿下が王妃殿下にお茶会に誘われたと言ったとき、嫌な予感がした。
王妃殿下は殿下に嘘をついているから。
――「セオドールが酷い病にかかったそうよ」
『嘘』
王妃様のその言葉は、嘘だった。ふいにとても怖くかんじて、それを悟られないように会話を続ける。
――「あの、そのお話は御本人からうかわれたのですか?」
――「いいえ、陛下がそうおっしゃっていたわ」
『本当』
それ以上何かを聞く気にはなれなかった。王妃様には、ずっと私の尊敬する方でいてほしかったから。
王妃殿下から殿下へのお見舞いの品にと渡された紅茶には毒が入っていた。殿下に渡したものは、私が事前にすり替えた別の紅茶だった。
本当は殿下にも王妃殿下が毒を入れていたとお話するべきだった。でも、私がもし殿下にそう言えば、王妃様が紅茶に毒を入れていたことが決まってしまう。もしかしたら、何かの間違いなんじゃないか……私はそんなふうに思おうとしていた。いつも優しく私を導いてくれた、私の目指すべき目標である王妃様が、そんなことをしたなんて思いたくなかった。
でも私がそんなわたしのせいで、殿下を危険な目に合わせてしまった。
アティードを明かしてまで指摘した王妃殿下の罪はなかったことになった。部屋を出る瞬間、去り際に見た王妃殿下静かに泣いているように見えて、急に自分がすごく悪いことをしたような気がした。
そして、私が王妃殿下に気を取られている間に、殿下は私との婚約をあっさりと破棄した。
――「僕との婚約を、破棄しよう」
どうして、とか、なんで、とか、そんな言葉で頭の中がぐちゃぐちゃになる。何も言うことができなかった。
それからしばらくして、殿下が屋敷に来られた。
可愛げもなければ、おもしろみもない。あまつさえ、嘘を見抜く能力で、他人を追い詰める。
そんな私と婚約なんて、嫌になったのだろう。
このアティードは呪いのようなものだ。私は、こんなものいらなかった。
嘘を見抜くことが、他人の黒いものを暴き立てるようで、他人の大切な何かを踏みにじるようで、ただ、苦しかった。
私の能力を知った人は、みんな私から距離をとる。それから会話をしてくれなくなる。
殿下もそうなんだと思った。落胆よりも、殿下から向けられるあのきれいな瞳に私への嫌悪が交じるのを見たくなかった。
でも、そんな心配は必要なかった。
――「僕は、ヴィオラのことが大切で、守りたいって思うし、少しでも力になりたいって思う。僕は、ヴィオラみたいな力もないから、できるかわからない。それでも、僕はヴィオラのことが好きで、嫌いにならないってことは約束できる」
『本当』
殿下の鮮やかな緑の瞳には、私を元気づけようとする必死さと、誠実であろうとする懸命さが映っていた。
きっと能力がなかったとしても、この言葉は素直に信じられたような気がした。
能力は私の一部だけれど、私の一部だとは思えなかった。だからか、能力がなくても信じられただろうと思える言葉は心に暖かさを宿してくれた。
ベルランツ殿下が来たことと、その言動には驚いたけれど、
「ヴィオラに、何をしてもかまいませんよ。僕は、ヴィオラなんてどうなったっていいので。好きに傷つけてください」
『大嘘』
この言葉を聞いて、ほんの一瞬笑ってしまった。