菫色の想い−A
父に、失礼のないように、と強く言われていたから、はじめはすごく緊張していたのを覚えてる。
どんな怖い人かと思っていたけれど、すごく優しくて、明るい人だった。
殿下は人懐っこくて、すぐに「ヴィオラ」と愛称で呼んでくれた。でも、私は気恥ずかしくて「セオドール」とも「セオ」とも呼べず、結局「殿下」と呼ぶことにした。
あの頃は、人が怖かった。アティードが上手く制御できなくて、知りたくなくても、相手が嘘を言っていると分かってしまう。相手の嘘が分かることも、嘘だと分かっていることを相手に知られることも嫌だった。だから、誰かと話をすることも大嫌いだった。
――「ぼく、ウィルとけんかしてるんだ」
殿下が突然そんな事を言った。
――「けんかですか?」
――「うん、ウィルがひどいこというから」
――「ウィルさん?」
――「えっとね、ウィルはぼくの、じゅうしゃ」
――「ウィルバルトさんですか?」
――「そう、ウィルバルト!やさしいし、かっこいいし、かしこくて……」
指を順におり、ウィルバルトについて話し出す。
――「でも、けんかをしてるのですか?」
――「……あっ!そ、そう、けんかしてるんだ。ウィルがいやなこというから……ぼく、おこってるんだよ、すごく」
けんかをしているのは『本当』でも、おこってるという言葉は『嘘』。
そう分かった。
――「おこってるんですか……?」
――「え、うん。ぜったいゆるさないから」
これも『嘘』
――「そんなにわるいことだったんですか?」
――「うーん。ウィルのいってることはまちがってない、とおもうし、ウィルはそんなにわるくにとおもう」
これは『本当』
――「では、殿下がわるいのですか?」
――「そんなことない!」
『本当』
じゃあ、どういうことなんだろう、と色々考えていると、殿下が突然笑い出した。
――「ヴィオラ、ありがと」
――「え?」
意味が分からなかったけど、お礼の言葉は『本当』だった。
――「ヴィオラがしんけんにきいてくれるのがうれしくて、ウィルといっしょだ。ウィルもいつもぼくのはなししんけんにきいてくれる」
そう言うと、殿下は少しだけ目を泳がせながら言った。
――「ウィルにあやまってくる」
『本当』
そのままバッと走り去ってしまい、思わず笑ってしまった。
思うままに喋り、自由に動く。その姿がなぜかとても眩しく見えた。
――「お嬢様、楽しそうですね」
お付きの侍女がそう言って微笑む。
『本当』
楽しそう……?私は楽しそうに見えてる。
その言葉で初めて気がついた。
私、殿下と話すのが好き。