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2−6

 「そうか……」


 ベルランツ兄様の言葉に、僕は力を抜くように言葉を吐き出した。

 驚くというよりも、やっぱり、と思った。ベルランツ兄様とヴィオラが婚約すれば、ヴィオラの家、ウェンスト公爵は娘を国母にできるし、ベルランツ兄様はウェンスト公爵家の後ろ盾が得られる。当然の婚約だ……。当然の……。しょうがないと分かっていてもいやな感じがした。


 それに、元はと言えば、僕がヴィオラとの婚約を破棄したからだし。

 それに、そうでなくとも、こうなっていたかもしれない。

 それに、ヴィオラにとってもベルランツ兄様との婚約はいいことだ。

 それに、ヴィオラは僕と婚約してないほうが良くて。

 それに、――。




 「どうした?婚約者を俺に取られてそれほど嫌か?」


 面白がるようなベルランツ兄様の声が、呆然としていた僕を引き戻す。


 「へぇ、この女がそれほど大事なのか」


 心底楽しげな声に、そうだ、と答えようとしていた口を止める。ここでヴィオラのことを大事だと言って大丈夫なのかわからないから。

 ベルランツ兄様が顔を歪めるように笑った。それは本当に楽しそうで、歪な笑みだ。体をこわばらせる僕に何を思ったのか、ベルランツ兄様がヴィオラの耳を捻るように引っ張る。


 「ッ!――やめて!」


 ヴィオラの絹を裂くような悲鳴が、無音になった部屋の中に大きく響いた。ベルランツ兄様はその悲鳴に満足げに笑い、僕の顔を見て一層笑みを深めた。




 前に僕が飼っていた可愛らしい小鳥を思い出した。毎日のように様子を見守り、大切にしていた小鳥だった。

 でもある時、そのきれいな翼は無惨に引き裂かれていた。ベルランツ兄様によって。

 あのときは、なんでそんなことをするのか分からなかったし、ただすごく悲しかった。

 それからもベルランツ兄様は、僕の周りにある僕が大切にしているものを壊して回った。その時、ベルランツ兄様がそんなことをするのは、それに悲しむ僕をみて笑うためなんだって分かった



 ベルランツ兄様は嫌がるヴィオラを見て喜んでる。でも、それ以上に、そんなヴィオラを見て、怒りに震える僕に喜ぶ。

 ヴィオラをいたぶり、それに反応する僕を見ようとしてるんだ。

 そう分かっていても、どうしたらいいのか分からず、立ち尽くすことしかできない。




 「どうした能無し、怖くてうごけないのか?」


 ベルランツ兄様が笑いながら近づいてくる。


 ――なにか、なにか言わないと。


 「兄さん、あの……」

 「兄様と呼べといっているだろう!」


 焦りで口をハクハクと言わせる僕の肩を突き飛ばし、耳元で怒鳴る。


 「能無しは、王族を敬え。お前みたいな恥晒しが生きているというだけで虫唾が走る」

 「ごめん、なさい」


 反射的に謝罪が口からついて出る。


 「ウェンスト公爵家は俺についた。じきにレザーリア侯爵家もお前から離れる」


 ベルランツ兄様の蔑んだ視線が僕の全身をなでる。


 「お前がアティードのないゴミクズだからだ」


 詰め寄られ、思わず後ずさると、今度は腹を蹴られ、よろめきながら床に手をついた。


 僕はアティードがない。僕は王族じゃない。みんな僕から離れる。それは、

 ――ぼくがわるいから


 床についた手をうつむいてじっと見ていると、ベルランツ兄様がその手を無造作に踏みつける。小さくうめき声を上げる僕に、ヴィオラがこちらに駆け寄ろうとした。が、その腕を強引にベルランツ兄様が掴む。 


 そして、いつの間にかベルランツ兄様の手には、液体の入ったティーカップが握られていた。そして、ヴィオラの頭上でカップがゆっくりと傾けられる。

 それに合わせ、カップの中身が動き――




 僕の頭にカッと血が上った。

 頭の中の色々な考えが何処かへ吹き飛び、全身が熱くなる。


 「ベルランツ……兄様」


 低い声が口から出る。自分でも驚くような声だった。


 僕は全身を熱くする思いのまま、ベルランツ兄様へと歩み寄り、思いっきり殴る。


 顔を狙った拳は、頬の感触を感じて、硬い部分にあたった。


 僕に殴られた兄様は、バランスを崩して尻もちを付きながら、頬を押さえている。ぽかんとした間抜けヅラをしていた。きっと僕が殴りかかるなんて、思いもしなかったんだろう。

 そんなことをやけに冷えた部分で考えながら、今度は平手で反対の頬を叩く。


 「い、痛いだろ!何をする!――」

 「ヴィオラに」


 我に返ったように騒ぎ出すのを無理やり遮る。

 ベルランツ兄様の肩が、びくりと震えた気がした。


 怒りは収まりそうになくて、むしろ、もっとひどくなった気さえする。


 ――もっとボコボコにしてやりたい。こんな奴――


 そんな思いを口に出さないよう、ぐっと痛みををこらえるように拳を握り込んで我慢する。


 頭の中の冷えた部分をかき集めて、言葉を紡ぐ。


 「ヴィオラに、何をしてもかまいませんよ。僕は、ヴィオラなんてどうなったっていいので。好きに傷つけてください」


 ちらりとヴィオラを伺ってから、言葉を続ける。


 「さっきのはただ、僕をバカにするあなたに怒ってただけですから」


 それから、目をしっかりと合わせる。


 「やり返すなら、僕に直接してくださいね。では、失礼します」

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