2−5
僕の向かい側では、ヴィオラが硬い表情で座っている。僕の顔もきっとカチコチにこわばっていると思う。
部屋の中では向かい合って座ったまま、僕もヴィオラも何も話さない。
僕はヴィオラとの面会を取り付けて会いに来ていた。来る途中にも、何を話すかずっと考えていた。でも、いざヴィオラと会うと、何をどう話していいのかわからなくなっていた。
ウィルには簡単に話せたのに……。
それに、ヴィオラも先程からじっと僕の方をを見つめていて、それが余計に僕を尻込みさせていた。
どうしよう、とにかく、なにか言わないと。
「今日はどういったご要件ですか?」
ヴィオラが僕よりも先に硬い口調でそういった。いつもよりもずっと大人びた口調だった。急な言葉に内心で少し慌てる。
僕は今日……はなしに来た?いや、謝りに来たんだったかもしれない。
どう答えるか迷って、結局、話をしにきた、と答えようとしたとき、またヴィオラが言った。
「おっしゃりたいことがあるのなら言ってください!……罵倒でも、悪態でも、」
「へ?」
思っても見なかった言葉に、思わず間抜けな声が出た。ヴィオラの声は、今度は、さっきより子供っぽくて、切羽詰まった口調だった。
「だって、殿下は私のことがお嫌いになったのでしょう。だから、急に婚約破棄だなんて言い出し――」
「待って、ヴィオラ。僕は――」
「確かに、私の安全を考えてということは分かります。それだけではないのではないですか?私が、私が、不甲斐ないから……嫌いになったのですか?」
必死に言葉を続けるヴィオラの目元には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだった。
「不甲斐ない?そんなことない。ヴィオラはとっても頼りになった」
そうだ。ヴィオラは、僕が自分のことを不甲斐ないと思うほどに、頼りになった。
「じゃあ、アティードですか?相手の嘘を暴くこの能力のせいですか?」
ヴィオラの言葉に胸が騒いだ。
「私のアティードは、真実を見抜いてしまいます。他人の嘘も、隠し事も、思いも、無遠慮に暴き立てるものです。殿下も、それが嫌で、私を遠ざけるのですね……」
ヴィオラの瞳は、ガラスのように透き通っていて、やけに傷つきやすそうに見えた。
ヴィオラにとって、アティードはいらないものなのかもしれない。アティードのせいで、苦しんできたのかもしれない。
確かに僕は、アティードを持つから、ヴィオラを遠ざけた。でも、多分ヴィオラの思っているような理由じゃない。僕は、僕の嫉妬で、我儘で、そんなどうだっていい理由で、ヴィオラから突き放した。
僕の言葉が、行動が、ヴィオラを傷つけてる。
「ヴィオラ、ごめん」
謝罪の言葉が、自然にこぼれ落ちる。
僕が思ってる以上に、僕のくだらないことで傷つけてる。それが、申し訳なくて、苦しかった。
「僕は……」
それから、ヴィオラのことを元気づけたくて口を開く。何かヴィオラを楽にさせてあげられる、安心させてあげられる言葉を言いたくて、必死に考える。あふれるような思いは言葉にはならず、代わりにそれが溜まりこむように、胸の中がいっぱいになっていく。
「ヴィオラのこと、嫌いじゃないから。……嫌いになんかならないから」
僕の言葉に、ヴィオラはさっと目を伏せた。僕の口から出た言葉は、思っていたよりも薄っぺらい気がして、もどかしかった。どうしたらヴィオラに僕の思いが伝わるのか考えながら、言葉を続ける。
「僕は、ヴィオラのことが大切で、守りたいって思うし、少しでも力になりたいって思う。僕は、ヴィオラみたいな力もないから、できるかわからない。それでも、僕はヴィオラのことが好きで、嫌いにならないってことは約束できる」
「……それは、本当、ですか?」
怯えるような声に聞き返す。
「本当かどうかは、ヴィオラにはわかるんじゃない?」
ヴィオラの瞳がこちらを見据える。しばらくして、口元が柔らかく緩んだ。
「ありがとう、ございます」
そのたどたどしい感謝の言葉で、僕の言葉が、ちゃんとヴィオラに信じてもらえたことが分かって、嬉しかった。信じてもらえたのは多分、ヴィオラのアティードのおかげだ。そう思ったからか、
「ヴィオラにアティードがあって良かった」
そんな言葉が自然に出ていた。前にヴィオラがアティードを持っていると知ったときは、嫉妬したし、羨ましかった……んだったと思う。今はそんな気持ちが嘘だったかのように消し飛んでる。
僕って馬鹿だ。こんなに簡単なことで、悩んで、嫉妬して、ヴィオラのことを傷つけて。
部屋の中の空気がすっかり温かなものに変わったとき、丁寧なノックの音が、部屋の中に響いた。
「お嬢様、お客様が……」
入ってきたヴィオラの侍女が僕の方をちらりと見てからそういった。
「お客様?」
「はい、別のお部屋でお待ちいただいいていたのですが――」
「遅いぞ、何をしているんだ」
侍女の言葉を遮るように苛立った声を上げながら、青年が部屋に押し入ってくる。
青年は緩くカーブした金色の髪をもち、アイスブルーの瞳をこちらを見下ろすように向ける。僕は、自分の顔が強張っていくのがわかった。
「ベルランツ、兄様。なんでここに……」
「久しぶりだな、能無し」
その言葉に思わず身構える。ベルランツ兄様はいつも僕のことをそう呼ぶ。
「ここに来たのは――」
そう言いながら、ヴィオラのことを強引に自分の方に寄せる。
「彼女が俺の婚約者になったからだ」
「なっ……」