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2−3

 そこは華やかな庭に面した部屋で、真ん中には丸いテーブルと3つのイスが並べられていた。


 そのイスの一つに艷やかな亜麻色の髪に桃色の瞳を持ったきれいな女性が座っている。気だるげにどこか遠くを見つめていた目がこちらを映し、赤く紅の差された唇が動いた。


 「いらっしゃい、お座りになって。今日のお茶会、楽しみにしていたの」


 そう言って、部屋に入った僕とヴィオラに色香の漂う優雅な笑みを向ける。一つ一つの所作が艶と品を含んでいる。


 「お招きありがとうございます。王妃様」


 ウィルが僕とヴィオラのイスを引いてくれる。


 それから他愛のない話をする。最近の流行りだとか、仲の良い上位貴族とか、近ごろの王都の様子とか、少し他国と政治のはなし。

 もちろん、多忙な王妃様がそんな会話のために僕を読んだとは思えない。相槌を打ち話をしながらも、チリチリとした肌を炙られるような感覚を感じた。


 王妃様は、思わしげにため息を付いた。


 「今日、あなたを呼んだのは、前から聞いてみたい事があったからなの」


 瞳を少し細めて続けた。


 「そう、ヴィオラ、あなたにも関係のあることね」


 僕が身構える前に、王妃様がさり気ない様子で言う。


 「貴方は王になるのかしら?」


 桃色の艶やかな二対の目が、まっすぐにこちらを見つめる。


 あなたはおうになるの?あなたはおうに、王に、なるの?本当にさり気なく紡がれた言葉は、僕の頭の中でぐるぐると回る。あなた、僕は、おうに、王に……どれくらいたったのか、ようやく意味が掴めた頃、僕も何でもないことのように返す。


 「ならないよ」

 「そう」


 王妃様の目は、もうこちらをみていなかった。

 落ちる寸前の雫みたいな、そんな空気が漂った。すっと息を呑みこむ。


 「とっておきのお茶を振る舞うわ。とっても美味しいお茶を」


 その一言で、元の空気に戻った。滞った空気が流れるように、部屋の中に満ちていた緊張が解ける。

 王妃様の言葉に、横にいた王妃様の小姓が紅茶を淹れた。


 「ごめんなさい、いきなりすぎたわね。どうか気にしないでちょうだい。この紅茶、私のお気に入りなの」


 そう言うと、王妃様は、自分の前に置かれたカップの縁を指で、つー、と撫でる。なんだか変な気分になっていた僕は、どうにか落ち着こうと、目の前のカップに口をつける。少しだけ口に含んだ時だった。


 「待って!飲まないでください!」


 ヴィオラが勢いよく立ち上がり、僕のカップを引きつった表情で見ている。


 「どうしたのかしら?ヴィオラ。茶会の席でティーを口にするのを止めるだなんて、無粋ではなくて?」


 突然僕を止めたヴィオラを非難するように、王妃様がそう問いかけた。


 「毒が、毒が入っています。私とセオドール殿下に飲ませようとッ!」


 そう怒るヴィオラに王妃様は首を少しだけ傾け、にっこり笑う。


 「まぁ、毒だなんて。なんの証拠もなく、そのようなことを口にするとは、とても公爵家の娘とは思えないわね」


 ヴィオラが、僕をかばうように動き、小さな拳を握りしめた。


 「証拠なら、あります」


 そう言って、ヴィオラが次に瞳を開いた瞬間、その瞳はキラキラと煌く金色に染まっていた。


 あれは、あの瞳は、アティードの証。

 ――なんで、ヴィオラが……


 そう思い胸の奥が鈍く苦しくなったように思えて、ごまかすように唇を噛み締めた。

 その間にも、ヴィオラは王妃様をじっと見つめていた。


 「私のアティードは、他人の嘘が分かるというものです。王妃様は、先程嘘をついていました。……もし、もし私が間違っているというのであれば、殿下の紅茶をお飲みください」

 「やめておくわ」


 張り詰めた様子のヴィオラとは裏腹に、王妃様はあっさりとそういった。


 「私の目的は、あなた達二人にその紅茶を飲ませ、殺すこと。疑われて、飲んでもらえない今、私がそれを飲む意味はないもの」


 「どう、して?」


 どうして僕らを殺そうとしたのか。と、顔面を蒼白にしたヴィオラの代わりに、僕が途切れ途切れに問いかけた。


 その声は喉につっかえていて、ちゃんと聞き取れるのか不安になるほどにかすれたが、王妃様は特に気にした様子もなく言った。


 「あなたさえいなければ、私の息子は、ベルランツは王になれるのに」


 そうして、僕をキッと、睨みつける。


 それは、ベルランツ兄様が王になるのに僕が邪魔ってこと?そんなはずない。だって、


 「みんなベルランツ兄様の方に行ってる。僕がいてもいなくても関係ないよ。僕がいたって、兄様が王になるに決まってる」


 陛下は、兄様を次の王にしようとしていて、兄様も自分が王になるんだと言っていた。


 王妃様が僕とヴィオラを憎々しげに見る。


 「そうでもないの。現に、ヴィオラ、貴方はセオドールと婚約しているわ。ウェンスト公爵家は、セオドールを選んでいるということよ。他にも、力のある家はまだ、明確にどちらにつくか示していないわ。……レザーリア侯爵家はどうなのかしらね?」


 王妃様が今度は、僕の隣で険しい表情で立っているウィルを見た。ウィルは、レザーリア侯爵家の三男だ。


 「……父と兄たちは、ベルランツ殿下の方についているかと」

 「ええそうね。そして貴方は、セオドールについているわ」

 「大変失礼ながら、セオドール殿下が……王になってはいけませんか?先王のご子息であるセオドール殿下も継承権をお持ちです。アティードこそありませんが、殿下は――」

 「それだけではないの」


 王妃様が、ウィルの言葉を強く遮って続ける。


 「この状況が長く続くことを陛下は懸念されているわ。陛下は……バリトリア大公国と戦争をするつもりよ」

 「ッ!なんで、そんなっ!」


 驚いて思わず問い返す僕に、王妃様が静かな声で淡々と話す。


 「力を得るため、かしら。今、先王とセオドール、陛下とベルランツに勢力が二分されているわ。両者の力の大きさはほぼ同じ。その均衡を崩し力を得るには、きっかけが必要なの。それが戦争よ。戦争に勝てば、陛下の影響は大きくなり、ベルランツも次の王になりやすくなる。バリトリア大公国を選んだのは、先の内乱で力が削がれているからでしょうね」


 「だから、私は、貴方を、殺してやろうと思ったの……そうすれば、私の息子が王になり、国は安定し、私の愛しい母国バリトリアとこの国の戦争を回避できる」


 そう言う王妃様は、まるで朗々と歌うようで、自分だけの夢を見ているようにも見えた。

 ヴィオラにもういつもの余裕はどこにもなく、ただ泣きそうになりながらうつむいていた。


 ――僕のせいで、兄様は王になれない。

 ――僕のせいで、戦争が起きる。

 ――僕のせいで、ヴィオラまで毒を飲まされそうになった。

 ――僕のせいで、……


 僕の心の中がぐちゃぐちゃになる。怒りとか、悲しみとか、そんなもので胸の中がくるしくなる。


 「死ねばいいのに、そう思ったの」


 王妃様がにっこり笑いながら紡ぐ言葉は、その優美さとは程遠い内容だった。すべて上手くいく、そう思ってる笑み。


 「でも、失敗したね」


 僕は、そんな王妃様に冷水を浴びせるつもりでそう言った。


 「ええ、そうね。私に報いを与えるつもりかしら?糾弾する?罰を与える?」


 そう言って僕を見る王妃様の瞳には、恐れも、悲しみも、不安もなかった。


 「それは……」


 報いというのは、僕やヴィオラが毒を飲まされかけたことにを訴えるということ、かな。

 確かに、たとえ王妃様でも、ある程度の罪にはとえる。僕は一応第二王子だし、ヴィオラは公爵令嬢だから。


 「ねえ。……僕が病気になったって噂、あれは王妃様が流したもの?」


 王妃様は少しだけ眉を上げたあと、僕の質問に答えた。


 「……ええ、そうよ」


 僕は、僕とヴィオラに毒を飲まそうとした王妃様にすごく怒ってる。そんな王妃様に罰を与えられる。 


 「報いは、与えない」


 なのに僕は、そうしない。口から出た言葉は、僕にとってもおかしなものだった。


 「許すよ」


 小さく、口の中で転がすみたいに言った。僕は今どんな顔をしているのだろう?

 僕の心はさっきの苦しさも、怒りも消え失せていた。


 王妃様の目は大きく見開かれていて、その瞳は悲しいほど空っぽだった。


 ――どこかこわれてる


 唐突に、王妃様はアティードの影響にあるんじゃないかと思った。誰かから操られて……そんなことを考えるのは、これほどの思いを抱いている王妃様に対して、失礼、かもしれない。


 僕は多分、王妃様に同情してるんだ。だから僕は、この人に罰を与えられない。息子と母国とこの国を守ろうとしたけど、上手くいかなかった人。


 ベルランツ兄様への愛情。僕が母様からもう二度と得られないもの。

 祖国への愛情。僕が到底感じることのできない想い。


 ――嫌だ……嫌だ。この人のことをこれ以上考えたくない。


 「なんで、どうして!?私は、貴方にその、毒の入った紅茶を飲ませようとしたのよ!」


 王妃様がまるで罰を望むように僕に言う。王妃様の持つカップは、どこか焦るようにガタガタと荒々しく揺れた。


 ――ああ、やっぱり、かわいそうだ。


 「さあ?僕は知らない」


 ――それでいて、僕よりも……


 僕とヴィオラの分の二つのカップを手に取る。強引に持ち上げたせいで、中身が少しこぼれた。

 それを床の上に叩きつけるように落とす。


 耳をふさぎたくなるような音が部屋の中に鳴り響いた。カップがひび割れ、中の液体が広がっていく。


 「紅茶は、飲む前に僕がカップを落としたせいで、誰も飲めなかった」


 僕は、逃げたんだ。王妃様をどうにかすることから。

 胸の中が暗いものでいっぱいになる。


 ――いや、だ。いやだ。罰しなくちゃいけない。嫌だ。何も、何もしたくない―……



 隣に呆然と立つヴィオラの手を取って、ウィルに声をかけ、部屋の外に向かう。


 「王妃様、ご招待ありがとうございました。次は、美味しくて体に良いお茶を飲めるのを楽しめみにしています」


 そう言って僕は部屋を出た。

 

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