第9話『それからとこれから』
部屋には重たい空気がのしかかり、二人は息を呑んで押し黙る。
話を聞いたアレクとアリシアは、カムイの並々ならぬカミサマに対する怒りや憎しみを、ひしひしと感じ取った。
そうして、最初に口を開いたのはアリシアだった。
「あんた今何歳よ」
「……今の話を聞いて、最初にする質問がそれかの」
気になって仕方ないのか、アリシアはカムイの年齢を問いただそうとする。
年齢を語る事を拒むカムイであったが、ざっと今の話を聞いて、アリシアは年数を数え出した。
「人魔大戦は百年だったから……ええと、王都シーンレーンはそれよりも昔の国だから……」
「年齢が分かっても、特に面白みがないと思うのじゃが」
「一つ思い当たる人種がいるの。それに当てはまるなら、アンタは生ける歴史博物館よ」
「ほほう、滅びた人種を当てたいのじゃな。それなら面白そうじゃ」
あーだこーだと言いながら、アリシアは持論を展開し始める。
「山奥で、森があって、丘の下に人里がある、からは流石に絞り切れないけれど。星なる者たちが、供物の巫女を用意する祭りを行っていた場所は、私、知ってるの」
「知識として知っているのか、普通は知らんじゃろうに」
「そこである人種に行き着くの、それは……」
ぐっと溜めるような素振りを見せたので、皆息を呑んだ。
「シンリュウ人よ!」
「シンリュウ人?」
それを聞いて笑い出した者がいた。
ゲラゲラと腹の底から笑い、床に転がりながら現在進行形で床を叩いているカムイであった。
「わっはっは、それは星なる者たちが言い出した、カミサマの使いじゃろうに。元あった人種など、ワシの話を聞いただけで特定できるまい。はっはっは」
「そう言うアンタは何人なのよ。もうすでに何千年も生きてるけど」
「そりゃ……エルフじゃよ」
カムイの口からエルフと聞いて吹き出したのは、アリシアであった。
「それはもっと無いわ! エルフだなんて、森に迷って死にかけてたところを、美女に助けられたって勘違いした馬鹿が妄想上で作った話でしか出てこないわよ、ぷくく」
「ワシは出会ったことあるぞ、エルフに」
「うそうそ、そもそもアンタがエルフだったら、世の男性たちが怒り狂うわ。……てか、その隣にいる仲間に聞いたらいいじゃない、ねぇ、フレイムさん」
話の矢が自分に向いた事に気づき、首を傾げた様子のフレイム。
フレイムは困り顔をしていて、歯に挟まって物が取れないようなもどかしさに喉を唸らせた。
「長い間、ずっと別の場所にいたような気がするんだ。操られていた間の記憶は無いし。大きく変化があったのも、ほんの数時間前って感じだったしな」
「じゃあ遥か昔に、この馬鹿と冒険してたこととかも忘れてるってこと?」
「そうみたいだな。……今の自分にとっちゃ、寝たきりから目覚めた上に、記憶喪失って感じだからな」
首の後ろをさすりながらそう言うフレイムは、ふと胸の辺りを見る。
「ズバッと胸を斬られた感覚が走って、目覚めたら、周りが大変な事になってたからビックリしたぞ、カムイ」
「星導石で出来た剣、もとい『星導剣』で、貴様とカミサマの繋がりを断ったのじゃよ」
「そんな剣があったなら、もっと早くに断ち切って欲しかったもんだが」
「見つけるまでに時間がかかったのじゃよ、悪かったな」
遥か昔に出会ったフレイムが、正気に戻った事が嬉しいのかカムイの表情は柔らかかった。
「あの、師匠、この剣が夢で出てきた時はもっと、星の瞬きのような輝きを見せていたんです。それを掴んでいる間、カミサマって奴に対して、極度の嫌悪感と不快感を味わいました」
「この剣はの、人の想いを束ねて繋がりを断ち切るジン器なのじゃよ」
「ジン器……ですか」
「じゃから盗み出すのに苦労したわい」
「盗みだすのに……って、え?」
目尻に貯まった涙を拭うような仕草を見せ、語るがたるは盗みの話。
星なる者たちが、厳重に秘匿していた剣であったのを盗み出したのだと言う。
「じゃあこの剣が盗難届に出されていたら、大変じゃないですか!」
「それは無いじゃろうな。騎士団と星なる者たちとの繋がりがない限りはの」
「持っていたらやばい物なのには、変わりないですよね!」
「そうであっても、それはカミサマに対する最終兵器じゃよ。奴が作り出した物が、奴自身の首を絞める事になろうとはな」
そんな話を確かしていたな、とアレクは思い出し、剣を見ていたが、とある事に気づき、ベットから降りた。
「どうかしたかの?」
「いえ、なんだか気になって」
隣のベッドに寝かしつけられているのが、シンパであると分かり、アレクはその額にある物に目が留まった。
太陽のマークの中に、星の瞬きのようなマークが描かれたタトゥーがあり、それを見た途端、アレクはぞっと背筋が凍る思いをした。
夢の中で出てきた半透明の何か――カミサマを見た時のあの感覚だ。
自分のいたベッドにある、星導剣の柄を握りしめて鞘から引き抜くと、今にも振り下ろしたくなる感覚にも襲われた。
「アレク、よせ。今、その剣は効力を発揮していないのだ」
カムイがそう告げ、柄を握る手を取った事により、気持ちが落ち着いた。
だが、今、この人はカミサマと繋がっているのだと、それだけは強く感じ取れる。
どうすれば、シンパを助けられるのだろうかと、思案を巡らせていると、部屋の扉が勢いよく開き、女性の声でシンパの名が呼ばれた。
「ここにシンパが運び込まれたって聞きました!」
部屋に入ってきた人物に目をやると、セナであると分かり、急いで来たのだろうか、肩で息をしていた。
恋人が寝かされているベッドを、すかさず見つけ、駆け寄り、意識がない事が分かると、わっと泣き出す。
「シンパ……! 目を覚まして……!」
「目を覚ます方法はあるぞ」
部屋にいた全員がカムイの発言に、えっ、と驚き、その提案に縋るようにセナは顔を上げて涙を拭う。
「アレクよ、その剣の持ち主になったから分かるじゃろうが、星導剣は人の想いを束ねてカミサマとの繋がりを断ち切る。今ならば、セナのシンパに対する想いを束ねれば、目を覚まさせる事が出来る」
「でも、そう言われても、僕にはまだそんな感覚は……」
「言うた通りにやってみるがよい」
カムイは両手で柄を掴む仕草を見せ、アレクもそれに習って、同じような構えをする。
そうすると、光の粒のような物がセナから現れ、星導剣の刃に吸い込まれると、夢で見たような輝きを見せる。
「見えるか、光の綱が」
ふと、シンパの方を見ると、タトゥーから黄金色の綱のような物が見えるようになっていて、それをどうすればいいか、アレクには理解できていた。
スッと刃を縄に当ててから離し、構えを取ると、勢いよく振り抜いた。
ぶつりと綱が断ち切れ、消滅すると、シンパに刻み込まれていた悪趣味なタトゥーが消え、うなされているような顔をしていたシンパは、心なしか、穏やかな表情になったように見える。
剣を鞘に納めようとすると、輝きは失われてしまい、物悲しい気分になる。
そうすると、シンパはうっすらと目を開け始め、周りの景色を確かめるように目を開けた。
目に映った景色の中に、涙目の恋人がいたことにより、シンパは大きく目を見開き、ベッドから飛び上がるようにして、セナを抱きしめた。
「な、泣かせてごめん! 何か悪いことをしちゃったかな」
「いいの、いいの。あなたが元気なだけでも嬉しいの。私に心配かけたんだから、責任とってよね」
「何が何だか分かんないけど、責任はとるよ」
背中をさすりながら、辺りを見ると、見知らぬ人たちがいる事に気づいたシンパは、驚いた声をあげる。
「わわっ、もしかして、助けてくださった方ですか?」
「そうじゃよ。セナさんから、お主を探して欲しいと依頼されて、ここまで連れてきた冒険者じゃよ」
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「名か。ワシはカムイ、こやつらは――」
カムイは順繰りに名前を紹介して、シンパは一人ずつ名を呼んで、感謝の言葉を付け加えた。
「ここにいるってことは、何か魔物にでも操られていたんですか、僕は」
「一概に魔物とは呼べんが、そう言う類の物に操られていたのじゃ。……夢か何かで変な者と喋らなかったかの」
「変な者……ですか。変……と言うよりも、なんだかとても良い夢を見たような気がするんです」
「居心地のよい夢だったかの」
うーん、と顎に手を当てて、その夢を思い出そうとするシンパ。
思い出すのに時間は掛からなかったが、とても不快感があるような顔をして語り出した。
「カミサマって名乗ってきた半透明の何かが、想い人ともっと幸せになる方法があるって言われて、同意をした途端、幸せな光景が浮かんで来たんです」
「詳細には話さなくてよい。ともかく、無事依頼達成じゃの」
と、依頼達成の印を押してもらおうとしたカムイだったが、アレクが声を出して止めたので、ムッとしたような顔をするカムイ。
「なんじゃアレク、何か言いたげな声の上げかたじゃのう」
「いえ、確かセナさんが、アリシアが捕まえた、星なる者たちの一員に攫われたって聞いたので……。なんでここにいるのか不思議で」
アリシアもほとぼりが冷めたのを見計らって、アレクに手で指示を出してはいて、不思議でたまらない気持ちなのは同じのようだ。
「攫われた? ……私は自宅で今か今かと待っていて、リリーさんから、シンパが冒険者ギルドに運び込まれたって聞いて、飛んで来たんですけれど」
「えっ? じゃあ一体……」
攫われたはずのセナが、実際には攫われておらず、嘘を二人に伝えたリリーには何か意図があったのだろうか。
本人がいないので追求のしようがないが、セナが無事であった事に安堵するアレクであった。
と、そこに、部屋の外からドタバタと、忙しない足音が近づいてくる。
足音以外には、鎧の留め具が擦れる音が聞こえ、それが複数あるように聞こえた。
「こちらに、紫電のカムイパーティ御一行がいると、聞いてきたのだが」
部屋に先んじて入ってきた人物は、全身を鎧で身を包み、部屋の中を見渡し、兜の中の視線がカムイと鉢合うと、迷う事なく歩み寄ってきた。
「なんの用じゃ、王都直属騎士団『リウィング騎士団』の騎士団長直々に」
鎧の各場所に、金色の装飾が入っていて、胸には王都直属騎士団であることを示す、両翼のエンブレムが輝いている。
「田舎者にも認知されているのだな、流石は王都直属騎士団だ。……そんな冗談はさておき」
カムイの前に立った騎士団長は、徐に兜を脱ぎ、素顔を露わにした。
金色の髪が揺れ、青い色をした瞳が見え。
肌は色白く、傷一つない艶やかな肌であった。
「美女からの頼み事、とならば受けてくれるのだろう、なぁ、紫電のカムイ」
「よく知っているではないか、ワシが美女や美少女に弱いことを」
カムイは椅子から降り、膝を折って騎士団長の手を取る。
「美女の依頼とあれば、なんでも受けようぞ」
「ほう、なんでもか、……そもそも、依頼内容を聞く前に大見得を切るのはやめた方がいい」
「ワシはなんでも出来るからのう、無理難題を出されても迅速に解決するからな」
「そうか、ならばよかろう」
カムイの手を払いのけ、奥にいるアレクが持つ星導剣を指差した。
「それが、随分と前に星なる者たちの拠点から盗み出された、と盗難届が出されたのだよ」
「ふむ、そうなのか」
「しかし、王都は宗教との繋がりを断ちたい、奴らに加担することは極刑に値する」
「して、ワシに何を依頼するのかの」
「殲滅だ」
殲滅と言う、物騒な単語を口にした騎士団長は、さらに強くこう言い、手を差し出した。
「王都直属騎士団、リウィング騎士団団長のリエイラ・ヨーデルム直々に! 紫電のカムイパーティ御一行に、星なる者たち殲滅の為の先遣隊として、尽力してもらう事を依頼したい!」
それを聞いたカムイは、ふっと笑い、差し出された手を掴み、立ち上がると。
真っ直ぐリエイラの目を見て、
「いやじゃ」
ただその一言を言って、部屋から出て行こうとする。
呆気に取られていたリエイラが、ハッと我に帰り、それを引き止めようとするが、無視をしてそのまま部屋から出ていってしまう。
追いかけるようにして、アレクとアリシアも部屋を出ていき、残されたフレイムは、居心地の悪さを感じたのか、その後を追うかのように部屋から出て行った。
「な、なな、なぜだ……」
部屋に取り残されたリエイラは、膝から崩れ落ちると、取り巻きの騎士たちが介抱する。
「美女だぞ……美女や美少女であれば、なんでも依頼を受けると言うのは嘘だったのか……」
「団長、お気を確かに」
リエイラがフラフラと、おぼつかない様子で立ち上がると、介抱される形で部屋から出て行った。
そうして残ったのは、居心地の悪さを感じていたセナとシンパなのであった。
次回は4月7日の18時に投稿します