第5話『紫電のカムイ』
――森の魔窟、下層
地上のように草木が生い茂り、魔石鉱が暖かな光を零して空間を照らし、魔物が動物のようにして生活を行っている。
木の根が天井を覆いつくし、壁に向かって伸び、下層へと空間を作りながら生えきっていた。
だが、下層に行くほど木の根が枯れ、青々とした草木も減り、高火力な炎で焼かれ、燃え尽きたような跡も残っている。
「誰かおるようじゃの」
魔物は何かに怯え切って襲う事はせず、部屋の隅に集まってこちらを睨んでいた。
「魔窟をこうもする程の者ならば、もしや……」
カムイは辺りを見渡し、更に険しい表情をしながら、魔窟の奥へ、奥へと進み始める。
白い服をたなびかせ、腰に差した剣は太く長く。
鞘は古びて壊れているのか、中にある刀の切先が、ひび割れた部分から覗き見え、半透明の光を帯びている。
「ふむ……」
最深部までやってきたカムイは、部屋の真ん中で立ち止まり、ぐるりと見渡す。
天井は割れ、焼け落ちたような跡が見受けられ、ここまで来るのには苦労しなかった。
しかし、魔窟はこうも簡単には破壊出来ない。
魔力を帯びた構成物質で出来ている魔窟は、いわば未知の素材で出来た物。
破壊するには、尋常ではない魔力で練られた魔法をぶつけるか、それ相応の武具で斬りつけるか、調査用の道具を使うか、と数を数える程度しか存在しない。
だが、カムイの頭にはたった一つの要因が、険しい表情にする理由となっていた。
「火属性の魔法で焼き切られ、それが連続してここまで続いている。そして……」
最深部の奥にある壁にも、同様の魔法で破壊された痕跡があり、その先から二人の人間の魔力反応があるのだ。
片方は異常に強く、片方は並程度の反応が。
間合いを詰めるように歩き、破壊された部分から侵入すると、そこには二人の男性が、緑色の宝玉の前に立っていた。
片方はセナが言っていたシンパで、もう片方は赤い髪をした男。
そいつがこちらに気付き、振り返った。
「ようカムイ! 久方振りだな、元気にしてたか」
「……っ!?」
カムイはその男の振る舞いに驚き、古びた鞘に納まった剣を、取ろうとしていた手が離れる。
「フレイム・フレイガ、貴様、今何をしたか分かっているのか?」
「ん? あぁ……いや、何だか懐かしい奴に会ったな、と思ったんだが……」
フレイムは片手に火球を灯し、形相を変える。
カムイは構えを改めて正し、敵を見据えた。
「敵対してる奴に、懐かしいって感情は湧かねぇよなぁ!」
火球がカムイに向かって飛ばされ、それを魔力で作った剣で断ち切る。
後方で爆発が起こり、魔窟の壁が壊れる音がした。
「崇高なるお方が、この魔窟にある核が必要だと言ってな。橋でごちゃごちゃやってる間に、見つけ出したのさ」
「そうじゃろうな、奴は狡猾じゃからのう」
フレイムの言う崇高なるお方とは、人智を超えた存在、カミサマ。
それはこの世界に存在してはいけないものだ。
人や魔族の夢に現れては、選ばれた存在なのだと、夢を見た人間や魔族を誘惑する。
その夢を信じた者が行き着く先が、教団『星なる者たち』だ。
奴らはカミサマがこの世界に存在して良いと肯定をして、世界の理を変えようと活動をしている。
何人、何十人、何百人、いや、数えるのも億劫になりそうなぐらいに教団関係者を殺してきたが、奴らは湧いて出るほど現れては活動を再開する。
トカゲの尻尾切りのようなイタチごっこ。
それに疲れたカムイは、酒浸りになり女遊びに走り、ギャンブルに溺れた。
しかし、そのカミサマに対する復讐の炎は、決して消えてなどいなかった。
「じゃが、狡猾な奴ゆえに、表舞台には一切顔を出さない。自己顕示欲の塊のような奴なのに」
「お前、崇高なるお方を馬鹿にしたな?」
フレイムの赤い瞳が血走り、火球を複数作り出す。
一つ一つ、狙いを定めたようにカムイに飛ばすが、カムイの魔刃剣によって斬り捨てられて、背後で魔窟を破壊するだけに終わる。
「七曜の星が一人、ミザール! 今ここでお前を消し炭にしてやる!」
「やはりそうなるか……!」
ミザールと名乗ったフレイムの額には、星なる者たちの象徴であるタトゥーが浮かび上がり、カムイは苛立ちを見せたような顔をした。
爆発的な加速をして間合い詰めるミザールは、相手が得物持ちである事を理解していないようだった。
そんな相手にも怖気付く事なく、カムイは剣を振り下ろすが、それを避けられてしまう。
すかさず切り返すが、ミザールは魔刃剣の間合いを知っているかのように、すんでのところで避ける。
そして一旦カムイから離れると、ミザールは笑みを浮かべた。
「お前、昔より弱くなってないか? 酒浸りになった奴特有の神経の鈍さだ」
「貴様らには分からんじゃろうな、酒は美味いのじゃよ」
「よく知ってるよ、昔大酒飲みの馬鹿が知り合いにいたからな」
先程から、よく分からない心の距離の取り方に、カムイは混乱していた。
昔馴染みの名前を騙るかと思えば、七曜の星を名乗ったり、と。
何かがおかしい。
「貴様ミザールなのか、フレイムなのかはっきりせい」
「ああ、今はミザールだ。……ん? フレイムなのか……?」
明らかな混乱が相手にもある。
ならば、この腰に差した剣が役に立つかもしれない。
魔刃剣を解き、腰に差した剣の柄に手を伸ばし、手で掴む。
そして、鞘から引き抜くと、その剣はとても異様であった。
柄の部分までは、しっかりとした作りであるにも関わらず、刃の部分は半透明で、水晶で出来たような物だった。
それを見て、ミザールは首を傾げる。
「なんなんだ、その剣は。子供のおもちゃか。」
「ワシが手に入れた、カミサマに対する最終兵器じゃよ」
カムイは低く腰を落とし、柄を両手で深く握りしめて、魔法の詠唱を瞬時に行う。
その程度の魔法では自分を倒せない、と鷹を括るミザールは、ゆっくりとこちらに歩みを進めてくる。
魔窟内の空気に、雷が走る音が響き始め、それがカムイの構えの深さに応じて、更に強まる。
「絶技! 紫電一閃!」
雷が落ちたかのような爆音がけたたましく鳴り響き、一閃の光が走ったかと思えば、ミザールの胸には深い斬り込みが入っていた。
血が噴き出すのかと思いきや、斬られた傷口からは何も出てくる事は無かった。
「うむ……? 斬ら、れたのか?」
ミザールは胸に刻まれた切り傷を、手で触り、その傷が幻覚である事に気づいた。
実際に斬られてはいない、しかし、何かを斬られたのだと。
後方で、肩から息をしているカムイを見て、ミザールは口から笑みが溢れた。
「なんだぁ? 今ので精一杯なのか?」
ミザールはゆっくりとこちらに振り返り、カムイの姿を捉えた途端、体の底からひんやりとしたものが走った。
先程まで直視出来ていた目が見れないのだ。
まるで、天敵を前にしたカエルのような感覚であった。
「ひっ……!」
「ワシの目を見てそうなったのだな。もう、以前のような力は発揮できんよ。奴との繋がりを、断ち切ったからのう」
肩で息をしていたはずの相手が、すっくと立ち上がり、こちらにやってこようとする。
逃げろ、と、本能が身体を突き動かそうとするが、その目に睨まれたままでは動く事すらままならない。
古びた剣を握りしめながら、ミザールを自分の間合いに入るまで近づく。
カムイは勝利を確信していた。
特殊な刃で出来た剣は、すぐにでも断ち切る事が出来るように、ミザールの首筋に当てられ、彼は額から汗を流す。
「ま、まま、待ってくれ」
「待たん、今ここで叩き斬る」
大きく構えをとり、今にもミザールの首を斬り落とそうとした時、カムイの動きを止める人物が現れた。
「師匠ー! 加勢に来ましたよー!」
呼んでもいないはずのアレクとアリシアが、魔窟の下層に来たのだ、驚かざるを得ない。
「何故来た! こちらに来るではない!」
二人にその叫びが届いていないのか、段々とその距離を詰めてくる。
こちらに来ては駄目だ。
その焦りがミザールに伝わったのか、額のタトゥーが光り輝き、雄叫びを上げ、二人に気を取られている内に、剣を弾き飛ばされてしまった。
「断ち切れておらんかったのか……!」
弾き飛ばされた剣は、アレクたちの方へ、カラカラと音を立てながら滑って行き。
剣が勢いをなくして、静止すると、こともあろうか、アレクがそれを拾い上げようとしたのだ。
「いかん! それをおぬしが拾ってはならんのだ!」
アレクが剣を拾おうとするのを、阻止しようとするが、額のタトゥーが酷く点滅したミザールに、掴み掛かられてしまい、どうする事もできなくなってしまった。
必死な叫びはアレクには届かず、アレクはその剣を躊躇なく拾い上げる。
拾い上げた途端、半透明な刃が光を帯び始め、魔窟がパッと明るくなるような、強烈な光を放ち出したのだ。
そして、カムイの頭の中に、勝ち誇ったような声が響き始める。
『今回もボクの勝ちだね。君がどう足掻いたって、ボクには勝てやしないのさ』
忌々しい声の主は理解している。
表舞台には一切、姿を見せない、カミサマだ。
剣が輝きを収めたかと思えば、アレクが倒れ伏した。
前に出ていたアリシアが気づいて駆け寄り、カムイは半ば諦めたように、ミザールを払いのけ、アレクの元へと向かう。
剣を手に持ったままのアレクを抱き起こし、意識が戻らないかと頬を叩く。
頬を叩いても駄目だったので、水をかけてみるが、アレクは意識を取り戻さなかった。
「今回も駄目じゃったか……」
意識を取り戻さないアレクを見て、カムイはそう呟き、アリシアは状況が飲み込めていないのか、アレクに向かって声を掛け始める。
意識の無いアレクに握りしめられた剣を、カムイが取り戻そうとするが、なぜかその握りしめられた手が離れなかった。
意識が無いのであれば、指が緩むはずなのに、それすらも起こっていない。
何かがおかしい、そうカムイは思い、向こうでもがき苦しむミザールを見て、魔刃剣を手に持ち、立ち上がる。
そしてゆっくりと歩みを進め、狙いをすましながら構えを取り、額で光るタトゥー目掛けて魔刃剣を突き刺した。
一抹の断末魔を搾り出したミザールは、そのまま動かなくなり、額のタトゥーが消えて、強張っていた表情が優しい物に変わっていた。
動かなくなったミザールから、魔刃剣を引き抜き、魔窟の最深部の更に奥にいる、シンパの元へと向かう。
緑色をした魔窟の核の前に、ずっと突っ立っていたシンパを不思議に思っていたカムイは、近づくにつれて、その真意が理解出来た。
ぶつぶつと何かを呟いているのが聞こえたのは、一寸先にまで詰め寄った時だ。
その呟きが独り言かと思っていたのだが、発音を聞いて、それが儀式の詠唱であると見抜く。
カムイはすかさず、それをやめさせようとするが、時すでに遅し。
こちらに振り返ったシンパの額には、タトゥーが煌々と輝き、詠唱を終えたのか口を閉じ、ただこちらを虚な目で眺めていた。
詠唱が終わった途端、魔窟の核が異様な輝きを見せて、中心に黒い渦のようなものが生まれ、バチバチと黒い雷を放ち始めた。
まずい、とカムイはシンパの腕を掴み、その場から急いで離れようとする。
しかし、足に杭を打ち込まれたかのようにその場からシンパが動かず、カムイは額から冷や汗が流れた。
今回もボクの勝ちだね、と奴は言っていた。
すでにカムイは詰みに入っていたのだ。
その事に気づいた時、怒りのあまり、身体の底から怒鳴り声を上げる。
ふと二人の顔が浮かび、冷静になると、一抹の望みに賭けて後ろにいるアリシアとアレクに向かって、ある魔法を唱える。
魔力が荒ぶる魔窟の核が光り輝いた時、一行を丸ごと包み込み、魔窟は崩壊したのであった。
次回は3月10日の18時に投稿します