第46話『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)を超えろ! 第十階位魔法の真髄!』
アリシアの鍛錬が中止され、各々から聞いた感想を聞いて姿を消したカムイを追い、トトたちはヒガシの街に繰り出していた。
ヒガシ人はおおよそ背が低いのが特徴で、男女の身長平均は百六十センチあたりである。
カムイは2メートルぐらいの身長であるため、この街だと目立ってしょうがないと思い、トトたちは軽い気持ちで探していたが一向に見つかる様子がない。
「やけくそになってヒノカミ一族の内部に入り込んだ信者を皆殺しにしてるわけじゃにゃいにゃろうにゃ?」
「冷静に考えてそれはないでしょう。カムイさんはふざけた人ですが、やけを起こすような人じゃない」
ハーフェッドは小さなドラゴンを何体かを空に飛ばして、街にいるカムイを探していた。
「そのドラゴンも役に立ってるにゃね〜」
「見掛け倒しの召喚士は卒業しました。皆さんには負けてられませんからね」
胸を張って息巻くハーフェッド。
それを横目にトトは、フリジールが先程から猫の人形に話しかけている事に横槍を入れる。
「それはなんにゃ? フリジールも召喚士にジョブチェンジしたのかにゃ?」
「これは呪いの人形だそうで、名前はソーセキ。名前を三十分以内に呼ばないと動き出して、持ち主を惨殺するそうです」
「恐ろしい人形にゃね〜」
人形は黒く染まっていて、猫の形を模している。
なので人形ではなくぬいぐるみが正しいのではと突っ込もうとするが、トトはあくびをして流す。
「さっきから人形に話しかけていたのはそのためだったんですね。てっきりカムイさんを探すのをサボっているのかと思ってました」
「持ち主は私です。呪いが掛かっている物を暴れ出さないようにするのが役目だと思ってるので」
「はなから探すことは諦めてると」
「探してますよ、魔力探知で」
フリジールはソーセキの名を呼びかけてはいるが、瞳に魔力が籠っており、トトとハーフェッドは嘘をついてないと見抜く。
「けどもし魔力を抑えてたらどうするんです」
「特徴のある魔力波ですから、抑えた所でバレますね。アリシアさんじゃない私が言うんですから」
「魔力に精通するフリジールさんがおっしゃるのなら……」
ハーフェッドの肩にはすでに数匹のドラゴンが帰ってきており、それぞれから報告を受けて、ハーフェッドは報告したドラゴンから頭を撫でる。
「カムイさんはこの周辺にはいないそうです。けどトトさんが言っていた、目星をつけた場所の近くに姿を確認出来たので、早速向かいましょう」
カムイの姿を見つけたと報告した小さなドラゴンを案内役にして空に飛ばし、そのあとをついて行くトトたちであった。
そうしてやって来た場所は、
「ほら、言った通りにゃ」
「カムイさん、帰りましょう」
カムイが入り浸りそうな賭博場や酒場ではなく、トトたちがやって来たのは古びた道場だった。
門構えは立派であったが、ボロボロになっている看板には読める範囲で『紫電……』と書かれており、あとは掠れていて読めず、人気が無いボロボロの建物内にカムイが正座していた。
「なんじゃお主ら」
「なんじゃ、じゃないにゃ。こんな寂れた建物の中で正座して」
「……今一度、初心に帰ろうと思ってのう」
「初心に帰るって、お師匠さんが初心に帰るって言う程アリシアの事が心を傷つけたのかにゃ?」
カムイはこちらに振り返る様子はなく、トトは呆れ、ハーフェッドとフリジールはカムイに歩み寄る。
「フィソフィニアとルナに何か言われて追って来たのじゃろう」
「そーにゃ、まさかここにいるとはアタイは思わにゃかったけどにゃ」
「嘘が上手い奴じゃ。最初からここに来るつもりじゃったくせに」
「にゃは〜、アタイの考えが読まれたにゃ」
ケラケラと笑い声を上げるトト。
ハーフェッドとフリジールがカムイの側に寄ると、カムイが渋々と立ち上がり、こちらに振り返る。
「……なんか目元赤くにゃいかにゃ?」
「古い建物の埃が舞う場所におったからのう、目元が痒くて仕方なかっただけじゃよ」
「ふーん、てっきりお師匠さんもアリシアみたいに泣いてたのかと思ったにゃ」
「つまらん事を詮索するでない。……アリシアには悪い事をした、鍛錬の再開と行こうではないか」
カムイが門構えから姿を現すと、通行人がギョッと驚いた反応を見せる。
しかし、風貌から紫電のカムイと似姿が合致したのか、一度通名を上げると、あれよあれよと人集りが出来てしまった。
「風の噂で聞いたぜ! 天災を食い止めてくれたんだってな!」
「年頃の娘がいて、ぜひ結婚を!」
「似姿が変わってないのは凄いですね! どうすればカムイさんみたいに若さを維持出来ますか!?」
際立つカムイの背の高さにトトたちは改めて実感をするが、すぐに人集りを割るように仕向け、カムイを脱出させると、トトたちはカムイと共に春夏秋冬へと向かうのであった。
カムイたちが春夏秋冬に着いた時分、既にアリシアは離れではなく外に出ており、魔法詠唱の再確認をしていた。
「気分は晴れたかのう」
「ええ、いっぱいアレクに慰められたから」
「若さじゃな……」
「気味悪いわ、そんな遠い目をされると」
トトたちは離れに繋がる渡り廊下の縁に座り、先客のアレクとルナ、そしてフィソフィニアは静かにカムイとアリシアの様子を眺めていた。
「第十階位魔法は第五階位魔法よりも詠唱が複雑になる。第五階位魔法が簡単に扱える者は今の時代にはおらん。そもそも第五階位魔法が昨今では限界点とされておるからな」
「それは常識よ。第十階位魔法まで存在している事は、おじいちゃんの書斎にあった本から知り得たから」
「実際に第十階位魔法を扱うとなると、得意な属性に特化するのが一番じゃ。ワシは自ら編み出した魔法じゃから、属性などには縛られてはおらんがな」
「ほんとアンタってつくづく私の神経を逆撫でする事を平気で言うわね」
カムイはいつものように防護結界を展開するが、フリジールとアリシアが小さな反応を見せた。
「第十階位魔法に特化した防護結界なんて存在したのね」
「第十階位魔法は詠唱が複雑になる。その問題はお主が簡単に乗り越えるのは目に見えておるが、放てるかどうかじゃな」
「最初から全力よ、アンタにならなんの惜しみもなく第十階位魔法を放てるんだから」
詠唱を始めたアリシアの周りに魔法陣が囲むように展開され、エレメンタルがアレクたちの目に映り、両方のエレメンタルから莫大な魔力がアリシアに注ぎ込まれる様子が見てとれた。
アリシアを包み込むように展開されている魔法陣は、カムイが扱っていた『崩壊・虚無』とは色が違い、透き通るような淡い水色であった。
「一体どうなるのにゃ」
「ここら一帯から人を避難させないといけないかもね」
「物騒な事言うんじゃにゃいにゃ」
アリシアが第十階位魔法の詠唱が終え、魔法陣が発光すると離れ辺りに暗い影が落ち、雲が日にかかったのかとアレクたちが空を見上げると、そこに氷山のような物が浮かんでいて、その巨大な氷塊があまりにも大きい事に唖然とする。
「『極寒・氷塊!』」
氷山が落下してくると、空気が重く鈍く響き、鳥たちが止まり木から飛び出す。
雲を切り裂いてカムイに向かってくる氷塊。
アリシアはカムイがこれをどう対処するのか、静観したまま立っている。
「なるほど、良い、初めてにしては上出来じゃ」
「お褒めに預かり光栄ね。けどこれが今の私達の全力よ、アンタには到底及ばないわ」
「詠唱速度も魔力量も群を抜いておるから出来る所業じゃよ。誇れ、お主は強い」
カムイは氷塊に向かって『虚無・崩壊』を放ち、氷塊が丸々掻き消える。
第十階位魔法同士のぶつかりあいでけたたましい音がヒガシの空に鳴り響く。
離れの空気が余波で一段と冷え、アレクたちの口から白い息が漏れ出す。
「えげつにゃいにゃ、あんなのが直撃したらここら一帯どころか、ヒガシから抜け出さにゃいといけないにゃ」
「凄いですね、アリシアさんは」
「アタイらを置いてけぼりにするぐらいにゃ」
第十階位魔法を扱えるようになったアリシアは、カムイに次いで、魔法使いとしての実力を得た。
その顔は誇らしげであったが、アレクには少し、口の中に苦みを含んだように固く見えたのであった。
剣心――カムイは折れた白亜剣を見ながらアレクと会話をしていた。
白亜剣はメラクとの戦いで壊れ、炎雷を放つ事は出来るが、刀身が折れた状態ではままならないとカムイから休憩を提案した。
「剣に宿る心……?」
「そうじゃ、持ち手が使い慣れた装備に愛着を持つように、剣に心が宿る事がある」
「無機物に心が宿るとは到底思えないんですけど」
「白亜剣は魔力に反応するじゃろう? 持ち手の魔力によって魔法術式付与武器は変化する事があるのじゃ」
白亜剣にカムイが魔力を込めたかと思えば、折れた刀身を補うように魔力の刃が現れ、輝きを増す。
しかし、魔力をこめているにも関わらず、魔力の刃が霧散する。
「ワシとは相性が悪いようじゃな」
「白亜剣、僕と付き合いが長い訳じゃないですし……。その『剣心』とやらは宿ってない気がするんですが」
「鍛錬で使っとるじゃろう? 数日でも剣心が宿る前例もあった。しかし折れたままでは宿るものも宿らん、じゃから助っ人を連れて来た」
「助っ人……?」
鍛錬をしていた場所は春夏秋冬の離れの近くにある鍛錬場である。
助っ人がカムイに呼ばれると、アレクは振り返る。
そこには、ヘパイストスが立っており、アレクは申し訳ない気持ちに襲われて、すかさず謝罪の言葉を述べた。
「気にしなくていい。剣が折れるのは日常茶飯事だからね」
ヘパイストスはカムイが持つ白亜剣を受け取り、折れた刃を眺める。
「魔法で破壊されたのか。持ち主を守るように威力を分散して受け流した……と見た」
「ヘパイストス、その剣に『剣心』が宿っとるかどうかは分かるかのう」
「『剣心』か、恐らくだが宿っている。魔法で破壊された割には、アレク君が原型を留めている事がその証拠だ」
刃の断面を見ながらヘパイストスは淡々と述べ、アレクは首元の傷をふと触る。
「ヘパイストスさん、剣を打ち直すつもりなんですよね。白亜剣はもう壊れてしまったし」
「普通の剣ならば打ち直さねばならなかったが、今は違う。私が専門とする魔法術式付与武器は、鋼が生き物のように魔力を脈動させ、繋ぎ合わせた刃を細胞が再生するように修復するのだ。繋ぎ合わせた部分が脆くなる事もなく、遜色なく扱える」
「と言う事は……!」
ヘパイストスはアレクの期待に応えるよう深く頷く。
「少し時間は掛かるが、一週間の猶予とやらには間に合うように打つ」
「それを待つ間は基礎練習じゃな」
アレクは白亜剣が復活する事に胸を躍らせ、淡々とした基礎練習を楽しみながら行うのであった。
次回は7月20日16時半に投稿します




