第44話『冥界の魔女』
短いですが、投稿しました
前回の予約投稿後、すぐに執筆に取り掛かり、なんとか投稿の間隔を空けないようにしました
短いですが、楽しんでいただけると幸いです
微睡む意識の中、夢見心地に浸るアリシアは、暗いトンネルを通り抜けると、日が差したような光に眠気が覚めた。
「私、さっきまで離れで寝てたのに」
暗いトンネルから来た道を戻ろうと、後ろに振り返るが、そこにはトンネルは無く、石壁がそびえ立っている。
アリシアは魔法の類を疑ったが、石壁には魔法の残り香が無く、首を傾げる。
「ここは一体どこなの……?」
トンネルを探すのは止め、アリシアは振り返り、道の先を見据えた。
道なりに進めるように整備された道があり、活き活きとした青い葉を広げた木々が並んでいる。
道の終点が一軒家に続いているとアリシアは把握して、歩き出す。
日が差しているが、汗ばむような暑さではなかった。
しかし、風が吹かず、環境音が聞こえない事に気づき、アリシアは今一度自分の姿を確認する。
そうすると、手足が無く、普段の目線とは違う高さに目線がある事に違和感を覚える。
そして一軒家に向かって走り出すように動こうとするが、上手く体を動かせず、アリシアはその場で足がもつれたかのようにこけたような感覚を味わう。
「なに……!?」
ぐるぐると視線が道と空を交互に映し、船酔いのような感覚がアリシアを襲う。
この視線の映りように、球体に変化させられたのだとアリシアは読み、ブレーキを掛けるように踏ん張る。
そうすると勢いが収まり、再び一軒家を見据える事が出来るようになった。
「一体誰なのかしら……。私を球体に変化させたのは」
先程のように回転しないように、アリシアはゆっくりとふわふわと浮く感覚で一軒家へと向かう。
慣れない形態ではあったが、一軒家に着く頃には、今の形態でも普段通りの歩く速さ程度には慣れた。
一軒家は平屋で、草が壁に蔓延り、煙突からは白い煙が上がっている。
「ごめんくださーい」
扉の前で大きな声を上げるアリシア。
しばらく待ってみるが、家主が出てくる気配は無く。
扉のドアノブを触ろうとしたが、球体になったアリシアは勢い余って扉にぶつかりそうになった。
「わっ……!?」
扉にぶつかると思いきや、アリシアはそのまま扉を通り抜け、家の中へと入ってしまった。
困惑するアリシアは家の中の様子を窺い知る前に、女性の声がしたため、そちらに視点を合わせる。
「家の中に迷い込んだ魂か、珍しいな。私の結界を通り抜けるだなんて」
「……えっ」
アリシアは女性の姿を捉え、言葉を失った。
そこにはアリシアの亡き母親とそっくりな女性が立っており、アリシアは驚きのあまり、その場で固まってしまう。
黒い髪に青い瞳、すらりと伸びた手足に相反して体はわがままな隆起を携え、きめ細やかな肌は卵のように艶々としている。
「ふむ、まさかとは思うが、アリシアか?」
「……!」
ふわふわと浮くアリシアの動揺の色が見えたのか、女性は微笑む。
「ここに招いたのは私だが、まさか今来るとはな」
「本当にお母様なの……!?」
「紛れもなく、アイレン・ド・フォーレンその人だ」
アリシアはアイレンの胸に飛び込もうとするが、今のままではアイレンに危害を加えると思い、冷静になる。
「お母様がいるって事は、ここは冥界なの?」
「そうだね、冥界の一部分さ。私が常日頃から魂がやってくるように呼びかけてはいたが、強く惹かれて魂がやってきたのは今回で初だ」
「じゃあ私は死んじゃったの?」
「違うな、これはある意味賭けなのだが……」
アイレンはアリシアの姿を取り戻させ、アリシアは一時的にだが肉体を得た。
そうするとアイレンはアリシアに椅子に座るように促し、アリシアは椅子に座り、アイレンも対面するように椅子に座る。
「カミサマと言う存在は知っているだろう?」
「知ってる。けど賭けって?」
「冥界と魂の繋がりを持つ存在が必要だと感じてな。アリシアがやってくるのはもう少し後かと思っていたが、そうか、私が亡くなってから五年は経っているのだな」
「魂の繋がり……」
アリシアはふと斜め上に視線を送るが、いるはずのツヴァイの姿が確認出来なかった。
「冥界には魂だけが来ることが出来る。エレメンタルは憑依はするものの、それは身体に取り憑いているだけなのはわかっているだろう?」
「けどお母様にはエレメンタルが憑いてる」
「魂の繋がりさ。アリシアは過去に冥界と繋がる道を開いたせいで私からツヴァイを引き継いだ。その事もあって、私のエレメンタル――アインスは私の魂との繋がりを保ったままなのだよ」
アインスは鋭利な棘を持った外皮で包まれており、中に液体のような物が透けて見えている。
「お母様は冥界にいて寂しくないの……?」
そんな質問をアリシアがするが、アイレンは嬉しそうな表情をしていた。
「冥界だとこれ以上歳を取る事も無い、その上食事を摂らなくても良い。魔法の研究も捗っているのさ、現世には発表出来ないのがネックだがね」
「冥界に滞在出来る期限はあるんじゃあ……」
「大丈夫さ、私が研究している魔法で冥界の生活が一変してな。元より冥界は夜しかなかったのだが、擬似太陽を作り出し、昼が訪れた」
「まさか冥界の環境を変えただなんて……。冥界の使者はお母様の魂の選別を控えるわね」
アイレンの異常なまでに魔法研究に熱心なのは子供の頃から知っていたアリシアは、たった数年で現世でも成し得ない擬似太陽を作り出した事に驚くどころか、安堵していた。
「しかしだな、アリシアがここに来たのは速すぎる。私の計画がかなり前倒しになってしまった」
「……ごめんなさい。実は――」
かくかくしかじかとアリシアの話を聞いたアイレンは目を見開いて驚き、ここに来た事よりも師匠であるカムイに興味を示していた。
「第十階位魔法を一人で扱えるとは……化け物か……!?」
「私もそんな奴に教えを受けてるけど、第九階位の魔法までしか……」
「大丈夫だ。私は決してアリシアが第十階位の魔法を扱えないと否定しない。アリシアが私の元へと来たのは運命を信じるよ」
アイレンは椅子から立ち上がると、アリシアの側まで近づき、手を握る。
「私とアインスの魂の繋がりを貴女に繋ぐ。アインスとの魂の繋がりを貴女に移せば、私の経験を一瞬で会得することが出来る」
「けど、それじゃあお母様はたった一人に」
「良いんだよアリシア。現世を支配しようとする悪人を倒せる希望を見出せるなら、私は孤独を受け入れよう」
「お母様……」
アリシアは涙ぐみ、その涙を拭い取るアイレン。
「元より私は孤高の身。魔法だけが私の友達さ」
「お父様が聞いたらショックを受けるでしょうね」
「いい笑顔だ」
アリシアは自然に笑みを綻ばせ、アイレンに笑顔が移る。
アイレンは杖を掴み、アリシアのお腹に魔法陣を瞬時に描く。
「冥界から出る方法はここから来た道を戻るだけだ。肉体がある状態はバレるとマズいから、魂だけの状態で決して振り返らず歩き続けろ」
「……冥界の怖いところよね。お母様に未練があると冥界の住人にさせられるんだから」
「決して振り返るな。私の計画もあるからな」
アリシアは魂の姿に戻り、アイレンに背を押されるようにして家から出ると、決して振り返らないように来た道を戻り始めるのであった。
次回は7月6日16時半に投稿します




