第43話『それぞれの課題』
先んじて報告します
来週は忙しいため、執筆時間を確保出来ないと判断したので再来週に次話を投稿します
本作を毎週楽しみにしていただいている皆様には申し訳ありませんが、重ねてお詫び申し上げます
追記、短い話ですが書けたので、来週の6月29日16時半に投稿出来る目処が立ちました
なので普段のように、楽しみにお待ちください
一週間の猶予の一日が過ぎ、二日目へと突入したアレクたちは、分身していないカムイに一日目での成長ぶりを褒められた。
しかし、その場にはアリシアがいなかった。
何故ならば、朝から酷い熱をだして寝込んでしまい、鍛錬どころではなくなったからである。
カムイは付きっきりの分身を差し向けるとは言ったものの、アレクは不安の色を滲ませた。
「初日でお主らがある程度経験を積み、技を物とした事にワシは鼻が高い気分になるが、アリシアのような体調を崩すような鍛錬はやめてほしいのじゃ。焦る気持ちはあるとは言え、体資本なのじゃから」
カムイは皆に言い聞かせるように言うと、分身を作り出そうとするが、「その前に……」と呟き。
「初日で技を物とした。次は実戦形式でワシと戦いながら技を使う鍛錬をする」
「質問していいかにゃ?」
「なんじゃ、トト」
分身を作り出す手前でカムイは手を止め、トトに注視する。
「アタイら全員と師匠一人で戦った方がいいんじゃないかにゃ?」
「技を物としてからすぐに乱戦は思わぬ怪我の元となる。教えた技は人を殺める技ばかり、それを扱っても大丈夫な相手と戦ってこそ本量を発揮する事が出来るのじゃよ」
「にゃ〜、確かにそうにゃね」
トトは気怠げなあくびをして、カムイが分身を作ると、鍛錬二日目が始まるのであった。
炎雷――アレクは二日目に入り、アリシアが体調を崩した事が頭の中で渦巻き、実戦形式の鍛錬に身が入らなかった。
上の空になっているのを察したカムイは、鍛錬を始めてすぐにアレクに、
「アリシアの事はお主が考える必要はない。ワシ以外が敵ならば、アリシアの事を考えているだけで負けるぞ」
「けど……」
「けど、ではない。アリシアはアリシアなりにやった結果が体に支障をきたしただけじゃ。アリシアなら自分の事だけ考えてと言うじゃろうな」
「師匠……」
アレクは寝込んだアリシアを想像する思考を振り払うように頭を横に振り、対峙したカムイに向けて折れた白亜剣を構える。
「師匠、良いんですか? 折れた白亜剣で戦っても」
「この後の事を考えて、じゃな」
「後の事ですか」
「戦う上で、今回お主には課題を出す」
「課題……?」
カムイは魔刃剣を展開する。
実戦には戦いのゴングは無い、しかし鍛錬場から離れた平原にいる二人に発破をかけるように雷鳴が鳴り響く。
その音の発端はカムイが展開した魔刃剣である。
「ワシもお主と同じように、魔法術式付与武器を使える相手として振る舞う」
「課題は同格の相手を倒せって訳ですか?」
「違う。それはアリシアたちでも出来るが、ワシが相手ならば思いつくじゃろう」
「格上相手に勝て、と」
カムイは頷き、アレクはピリッとした風を肌で感じとり、白亜剣の柄を深く握りしめる。
「勝った負けたはどちらかが敗北を感じ、参った、と言わせればよい」
「分かりました……!」
二度目の雷鳴が響くと、カムイの姿が消える。
「この時は……!」
カムイの姿が背後に現れるのを予測して振り返ると、案の定カムイがアレクに魔刃剣を振り下ろす瞬間であった。
白亜剣で受け止める事が出来ないと判断し、アレクはその場から飛び退き、大振りをしたカムイに炎雷を放つ。
昨日は目標に届く事のなかった炎雷であったが、今回はカムイまで届き、鍛錬の成果が目に見えて分かる。
炎雷が命中して煙が上がるが、アレクは手応えを感じておらず、煙が晴れるのを待とうとしたが、煙を掻い潜ってカムイの姿が現れると、アレクは、
「やっぱり防護結界か……!」
「剣士が防護結界を使う事はないが、ワシじゃからな」
魔刃剣を切り上げると、アレクに向かって雷を纏った刃が走り、アレクはそれに対して炎雷を放ち、二人の間で音を立てて拮抗する。
しかし炎雷が押し負けているのは明白で、アレクは炎雷が消滅した途端、カムイの放った斬撃をすんでのところで避けた。
歩きながらこちらに近づくカムイは、体勢を崩したアレクを追い詰めるように斬撃技を軽々と放ち、アレクは回避に専念するしかなかった。
「避けてばかりでは倒せんぞ」
斬撃技の回避に集中しながらも、カムイの次の一手を予測して、アレクはあからさまな隙を生まないように立ち回る。
「ワシ対策は結構。しかし今は魔法術式付与武器の使い手を相手にしているのじゃぞ」
カムイが魔刃剣を真横に振り払い、雷を纏う斬撃が草を刈り取りながらアレクに向かい、アレクは避けようがないと白亜剣で受け止める。
「ぐっ……うぅ……!」
魔力の込められた斬撃は白亜剣越しにも分かる程、過密で質量がある物であった。
それを受け流す事に全力を注ぎ、白亜剣から滑るように雷を纏った斬撃が空に消える。
「偉い。しかしながら隙を見せたな」
「あっ……!」
あからさまな隙を狙われ、アレクの横腹には魔刃剣が当てられていた。
「格上相手は初めてでは無いじゃろうが、相手のペースに持ち込まれんようにせんとな」
「あの斬撃って当たったらどうなるんですか?」
カムイはアレクの背後を見るように促すと、平原には巨大な魔物が暴れたように地面がえぐられており、先程受け流して空に消えた斬撃が返って来て地面に直撃すると、ビリビリと雷が空気に走り、地面に穴が空いた。
「えっ」
「間違っても当たるで無いぞ」
「えっ、えっ? えぇ……?」
困惑しているアレクをよそに、カムイは対面するように立ち、再び鍛錬を再開するのであった。
魔導弓――トトは完全に相手を見失い、窮地に立たされていた。
ほんの数分前に、平原の方から爆発音が鳴り響くのが聞こえ、トトは今回の実戦形式の鍛錬に命が秤に賭けられていると踏み、全神経を集中して森の中に消えたカムイを探し始めていた矢先、どこからともなく放たれた魔導弓の矢が肌を掠めたのである。
ただ掠めただけならば良かったのだが、矢が木に刺さると、トトの鼻をつくような臭いが漂い、トトはその臭いの元が毒である事に気づく。
「まさか毒殺するつもりかにゃ」
鼻が使えなくなっても問題は無いが、トトは矢が肌を掠めた事に重点を置き、毒が体全体に周り切るまでに、カムイに魔導弓で応戦し、鍛錬を終わらせなければならないと焦る気持ち半分、冷静な気持ちが半分の臨戦態勢に移行する。
「アタイが森の中でどれだけ鍛錬して来たと思ってるのにゃ」
自分に言い聞かせるように呟き、姿勢を低くして魔導弓と矢を作り上げる。
魔導弓はまだ手に馴染んではいないが、矢を放ち的に当てられる程には慣れた。
しかし、この森の中でちゃんと相手に対して矢を命中させられるか、それのぶっつけ本番感は否めない。
「毒で焦らせるのはアタイらもそうにゃ、けど……」
掠めた肌から血が滲み、つーっと流れ落ちると、トトは耳を澄ませて目を閉じる。
次弾が来ない事と、むやみやたらに動く相手ではない事を踏まえると、先程の矢が放たれた距離はさほど遠くはないとトトは考えていた。
先日の鍛錬でカムイは、矢の狙いが定まらないなどと言っていたが、そんな戯言はおいておき、風の流れを読むトト。
「……」
互いに動かなくなった状態になったが、有利なのはトトの方である。
矢が放たれた方角は読めているからだ。
しかしカムイは上手である存在だからこそ、トトは冷静になり、一撃に賭ける事に全力を尽くす。
「アタイは獣人にゃ。それを分かってる相手にゃらどうするかにゃ」
音を立てないように矢の放たれた方角に向き、トトは勢いよく立ち上がりながら魔導弓を引き絞ると、その視線の先から矢が姿を現す。
「……っ!!」
トトは矢に向かって矢を放ち、矢同士がぶつかると魔力の粉末となり霧散し、視界が不良になる。
その状況下で煙の先から姿を現したのはカムイであり、トトは息つく間もなく次弾を番え、放つが、それを避けられてトトの首筋に魔刃剣の切先が突きつけられる。
「ありなのかにゃ、魔導弓同士の戦いで剣を扱うにゃんて」
「ワシは武が悪いと踏んでこうした。森の中での戦いにおいて有利だったのはお主も分かっていたじゃろう。しかしワシが相手ならば、思いつく限りの対策はしないとのう」
「にゃはは、そうだと思ったにゃ。けど、アタイが一枚上手にゃ」
「なんじゃと?」
カムイがトトの肌を見ると、毒矢が掠めたはずの傷はなく、ニマニマと笑みを浮かべるトト。
「分身術か……!」
その事に気づいたカムイは時既に遅し。
本物のトトは魔導弓を既に深く引き絞り、
「星穿!」
一陣の風のように矢が木の隙間を縫ってカムイの胸あたりに放たれた軌跡が描かれる。
「なるほどのう」
カムイは構えを解いて、そこに矢が命中する。
爆音が鳴り響き、煙が辺り一面に広がると、トトは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「じゃから言っとるじゃろう。ワシが相手だと」
渾身の一撃が防護結界で防がれていた事は、音や匂いでトトは分かっていた。
分かっていたからこその表情である。
「ワシ以外ならば勝敗は決していたじゃろうな」
「……アンタ本当になんでも出来るにゃね」
毒が回り始めたのかトトはその場でうずくまり、カムイはすかさず駆け寄る。
カムイが解毒魔法を掛けようと手を伸ばしたその時である。
「やっぱり甘いにゃね」
背後から弦音が鳴り響き、カムイが防護結界を張ろうとした矢先、うずくまっていたトトがカムイに抱きつき、カムイは「やられた……!」と、言って表情に陰りを浮かばせた。
矢はカムイの肩に深々と刺さり、血が滲む。
「やれる事はやったにゃ、アタイの勝ちにゃね」
「……ワシの負けじゃな」
トトの分身が消えると、弓矢が落ちて、乾いた音が鳴り、カムイはトトの行動を評価し、解毒魔法を掛ける。
「勝敗はどちらかが生きてる限り決まらないと言ってた奴がおったのう」
「勝敗に命は賭けられないにゃ。アンタ相手だったから出来た作戦にゃ」
「甘いのはワシじゃったな」
解毒魔法を掛け終わり、トトの顔色が良くなると、トトはカムイに一撃を与えられた事を喜ぶ。
「お主は今日は鍛錬せんでも良さそうじゃな、ワシに勝てたのじゃから」
「嬉しいにゃ。きっとアレクたちは驚くにゃろうにゃ〜」
まぐれや運で勝ったわけではない勝利にカムイは、今一度トトの潜在能力の高さに驚き、その場にいたカムイの分身は術を解かれ姿を消すのであった。
万物から守る魔法盾――フリジールは悩んでいた。
正面からの攻撃には滅法強い魔法盾であるが、何度か実戦形式で試した所、横側や背後からの奇襲に対応出来ず、負けっぱなしの状態であった。
「私の勝利条件が不可能な気がするのですが、カムイさんはどうお考えで?」
「そうじゃのう、守りに徹する魔法盾の勝利条件はアレクたちとは違う条件に変えよう」
「絶対にそっちの方が良いです」
カムイが何もない空間に手を突っ込み、中から何かを取り出した。
手に握られていたのはぬいぐるみで、少しよれているのが目につき、フリジールはパァッと明るい笑顔になる。
「カムイさんの愛情を一身に受けたぬいぐるみですか!」
「あー……まぁそんな所じゃな、これをワシの攻撃から十分守り切れば勝ちにする」
「十分で良いんですか?」
「十分は長いぞ。さっき、何度か実戦形式で戦っていたが、大体一分以内で決着がついていたのじゃ」
「なるほど……確かに早期決着でしたもんね」
フリジールに手渡されたぬいぐるみは、よくよく見ると猫のような見た目をしていた。
「名前はあるんですか?」
「名は無い、しかし一人称は吾輩じゃがな」
「渋い一人称ですね! じゃあ……」
「名は付けない方が良いぞ」
カムイの指摘はフリジールの左耳から右耳へと流れ出ていき、フリジールは意を決して名前を呼ぶ。
「ソーセキ! ソーセキにします!」
「……まぁ良いが、守っている間、付けた名前で呼びかける間隔が三十秒開くと大変な事になるから、気をつけるのじゃぞ」
「ソーセキが爆発でもするんですか?」
「爆発はせんが面倒な事になる」
「面倒……?」
カムイは離れる前にフリジールに鈴を手渡す。
振るとチリンチリンと爽やかな音が鳴り、フリジールは興味深そうに鈴を見る。
「それは十分経てば大きな音が鳴り響くように出来ておる」
「絶対にソーセキには傷一つ付けさせません!」
「勢いだけでは不可能じゃから、昨日の鍛錬で体に刻み込んだ経験をフルに発揮せい」
「負けませんよ!」
カムイは意気揚々とするフリジールから離れ、少し離れた場所で立ち止まる。
離れた平原の先から爆発音が鳴り響くのが聞こえたかと思えば、カムイは魔法を高速詠唱をして放ち、フリジールは魔法盾を展開する。
魔法盾に魔法が着弾するがびくともせず、鍛錬の成果はちゃんと出ていた。
しかし初撃を防いだ後が問題であった。
魔法が着弾した途端、煙が立ち込めて視界が悪くなり、この隙に横方向や背後からの奇襲の一手が先程までの敗因である。
だがフリジールは守る対象が自分でない事を思い出して、耳を澄ませる。
「魔法で足音を小さくしてますね……けど!」
煙を裂くように光の軌跡が現れ、ソーセキに届く前にフリジールは魔法盾を展開して防ぐ。
魔導弓と呼ばれる弓術は、トトから話を聞いていたため咄嗟に防げたが、今の一手に冷や汗をかく。
「純エルフを舐めないでください……! ソーセキは私が守ります!」
フリジールは煙を魔法で払い、視界が開かれると、再びカムイは魔法の詠唱をしており、フリジールは冷静に魔法盾を作り上げようとするが、違和感に気づく。
「詠唱がループして……!」
前方向にいるカムイは詠唱が巻き戻されたかのように何度も同じ詠唱文を繰り返していた。
魔法盾は展開をしてしまうと、構築をすぐに変える事が出来ない。
あからさまな罠であると判断して、フリジールは耳を澄ませるが、詠唱文が何方向からも流れ始め混乱する。
「どう言うこと……!?」
分身と言えど、本物の詠唱をするカムイがこの中に居るのは分かっている。
耳から入る情報を頼りにするだけではなく視覚情報を取り入れたフリジールは、本物の詠唱をするカムイを探し当てた。
「よく分かったのう、しかし手間取りすぎじゃ」
カムイは驚く素振りは見せず魔法を放つと、フリジールは魔法盾を展開する。
しかし反対方向から魔法が放たれた音が耳から入ると、フリジールはソーセキを跨ぐように立ち、両腕に魔法盾を展開してみせた。
魔法が着弾してもびくともせず、フリジールはソーセキの名を呼び、表情が緩んだ。
「ブラフを見切り守った。よくやるのう」
「えへへ」
カムイの褒め言葉を真に受けたのが仇となり、判断が遅れたフリジール。
足元にいたソーセキが魔法で生成された突風に吹き飛ばされ、フリジールは驚いた表情をする。
「ソ……ソーセキーっ!!」
宙に舞い上がったソーセキが、地面に向かってゆっくりと落ちて行くように見えたフリジールは、走りだして受け止めに行く。
地面とスレスレの所でなんとかソーセキを受け止めると、フリジールはソーセキの体の心配をする。
「ソーセキ、痛い所はありませんか!?」
ぬいぐるみのソーセキが返事をする訳ではないので、フリジールが声を当てて返事をしたかのように会話をしていた。
「フリジール、話の途中ですまんが、そやつに感情移入せん方が良いぞ」
「何言ってるんですか! ぬいぐるみだろうと名前を付けて呼べば友達なんですから!」
「お、おう……」
フリジールの勢いに負けたカムイは、フリジールが持つソーセキに注視する。
「今更言ってもなんじゃが、そのぬいぐるみは呪いの人形でな。名前を付けたり呼んだりした持ち主が寝静まった頃合いに、鋭利な爪で殺害しようとするのじゃよ」
「爪は切れば良いんです。名前を定期的に呼ばないといけないのは、殺害対象が寝静まったかどうか判断するためでしょうし。私は純エルフです! 呪いの人形だろうと手懐けてみせます!」
「別にそやつを使役する事が目標ではないぞ」
ソーセキが呪いの人形である事を気にせず接するフリジールに、カムイは呆れたため息をつき、一度休憩をしてから鍛錬を再開しようとフリジールに伝えたのであった。
特別な召喚獣――ハーフェッドの召喚術は改善のしようがなく、カムイが頭を抱えてうずくまっていた。
当の本人は、気軽に小さな密度の高いドラゴンを召喚していて、召喚術の練度は高まっている。
練度が高まっているのは絶版となった本を渡したから、と言う訳ではなかったが、カムイは改善案を模索していた。
「ハーフェッドよ、巨大なドラゴンを召喚するにあたって、改善点がお主の中にあるか?」
「改善点……ですか。内面を緻密に再現しなくても良いとおっしゃっていましたが、私にとってドラゴンは特別な召喚獣なんです。妥協は許されません」
「なるほどのう……。言ってはなんだが、今回の鍛錬で特別能力が伸びとらんのはお主だけじゃな」
「元々のポテンシャルが高いからですよ! 魔族を舐めないで下さい!」
カムイはハーフェッドの自信満々な態度を見ると、再び頭を抱えてうずくまる。
そんなカムイを見て、思いついた事があったのかハーフェッドは提案をする。
「カムイさんも召喚が出来るんでしたよね? 召喚獣同士を戦わせるって言うのはどうですか?」
「一時間も召喚獣の形を保てんお主が提案する事かのう……」
「一時間以内に決着が着けば良いんですよ。あ、カムイさんは何匹でも召喚獣を召喚しても良いですよ」
「……後悔せんか?」
「後悔? しませんよ。私のドラゴンに対して何匹召喚しようが関係ありません」
それを聞いて、頭を抱えてうずくまっていたカムイは意を決して立ち上がると、ハーフェッドから離れた場所に立つ。
「召喚獣バトルが出来るなんて夢みたいです」
「ワシは大人げない事をするが許せ」
「大丈夫です! 私の最高傑作が負けるはずがないので!」
ハーフェッドは読んでいた本を離れた場所に置き、カムイと対面するように立つと、二人は召喚獣を同時に召喚する。
ハーフェッド側には先程まで召喚していた小さなドラゴンを巨大化させたドラゴンがそびえ立ち、咆哮を響かせる。
「どーですか! すぐにグロッキーにならず維持出来てます!」
「ポテンシャルの高さじゃな。さて……」
ハーフェッドのドラゴンに対し、カムイが召喚したのは、
「なんですかその球体は」
カムイの周りには白い球体が浮かんでいて、ハーフェッドは笑いをこらえる。
「こやつらは初歩級の無名召喚獣じゃ」
「それで私の最高傑作に勝つおつもりで?」
「一時間以内に決着を着ければ良かったのじゃな」
ひゅんと風切り音を立てて無名召喚獣たちがドラゴンに飛びかかると、ハーフェッドはドラゴンに指示を出す。
そうするとドラゴンは息を大きく吸ってから炎を吐き出して、無名召喚獣たちを焼き溶かした。
「へなちょこすぎますね。もっと爆発力のある召喚獣でないとドラゴンの鱗を傷つける事すら出来ませんよ」
「爆発力か」
カムイは間髪入れずに無名召喚獣を召喚して、ドラゴンに向かって飛ばし続ける。
ハーフェッドは今でこそ召喚に慣れてはきたが、ネックになっているのは高密度の召喚獣を維持し続ける固定概念になっている事であった。
「お主に足らんのはドラゴンを維持する事ではなく、妥協を覚えることじゃ」
「何を言って……」
無名召喚獣たちは火炎を潜り抜け、ドラゴンに体当たりをする。
すると無名召喚獣の体当たりを受けた所から崩れ落ち始め、ハーフェッドは悲鳴を上げる。
「一時間で決着が着けばいい? そんな考えはかなぐり捨てるのじゃ。ワシはお主の最高傑作を、初歩級の無名召喚獣だけで倒せるのじゃからな」
劣化したドラゴンが炎を吐けるわけもなく、無名召喚獣たちが体当たりを繰り出し続けた結果、ドラゴンは肉塊へと変貌した。
「体の中なぞこだわらんでよい。グロテスクな死体が出来上がるだけじゃからな」
「……わ」
「わ?」
へたり込んだハーフェッドはブワっと大粒の涙を流し、その場で泣きじゃくり始め、カムイはしばらくの間その様子を眺める。
「初歩級召喚獣に私の最高傑作が負けたぁ……! ドラゴンの鱗はどんな刃物や魔法を通さないのにぃ……!」
落ち着いてきたハーフェッドにカムイが寄ると、ふわふわと浮かぶ初歩級召喚獣を睨むハーフェッド。
球体の形をした初歩級召喚獣はハーフェッドに近づき、ハーフェッドは叩き落とそうとする。
初歩級召喚獣にハーフェッドの手が触れ、そのまま落下するのかと思いきや、ハーフェッドの手がその場で鈍い音を立て、痛みを感じたのかハーフェッドはすぐさま手を離す。
「まさかこれ……私のドラゴンと同じぐらいの密度で召喚したの……?」
「ワシは大人げない事をすると言ったな、それがこれじゃよ。いくら召喚獣がカッコ良かろうが、初歩級召喚獣を同じ質で作れば最強なのじゃ」
「けどそんな召喚士はいない……」
「昨今は召喚獣の見た目を重視するため、召喚術が複雑化している。お主のドラゴンはその最たる例じゃ」
カムイはハーフェッドに涙を拭く紙を渡し、ハーフェッドは涙を拭ってから鼻をかむ。
「ドラゴンの作りを妥協するんですか……?」
「一概には言えん。しかし、もう一度基礎を学び直した方が良いかもしれんのう」
「基礎から……」
ハーフェッドは肉塊になったドラゴンが土塊に変わるのを横目に、離れた場所に置いた本を見る。
「幸い指南書もあるし、ワシもおる。基礎を学び直す事で得られる知見もあるやもしれん。ドラゴン召喚は一旦封印じゃ」
「ドラゴンがカッコよく活躍出来るならなんでもやります……!」
「その意気やよし!。早速、召喚術の基礎を実践しながら学び直すのじゃ」
ハーフェッドは本を手に取り、カムイと共に召喚術の基礎から学び直すのであった。
高熱に浮かされる者――アリシアの容態は医者に診せたが、現時点では出せる薬がないと首を横に振る。
その上、高熱に治療魔法を使うのは駄目だと念を押され、カムイはアリシアの様子を静観せざるを得なかった。
「ヒガシにおいては薬は貴重じゃからな。……アリシアよ、決して負けるでないぞ」
頬は普段よりも赤く染まり、荒げた息を吐き、昨日のように咳やくしゃみをする事は無くなったが、自然回復するはずの魔力が一向に回復する様子は無く、カムイは今の症状から察するに、魔力欠乏症だと睨んでいた。
「エレメンタルが憑いておるのに魔力が回復せんのは何故じゃ……?」
昨日、段階を踏んで階位を上げながら使用した魔法は、エレメンタル憑きならばバテない程の魔力消費量であった。
第十階位の魔力消費量が異常なだけで、第九階位までは威力が上がった殺傷性の高い魔法なのである。
「一人で第十階位を扱うのは不可能じゃ……、しかし、ワシが一人で扱う様を見て焦りがあったのかのう……」
アレクの首付近の傷を思い出し、カムイはアリシアの額に滲んだ汗を拭く。
「お主は天才で恵まれた環境下におった。禁忌の魔法として封印された第五階位以上の魔法を、知識として知っていたから昨日は段階を飛ばすように使えたわけじゃが……」
第九階位の魔法を使おうとした途端、アリシアの体調がなし崩しに悪くなった。
「アレクに対しての感情が渦巻いとったのなら、それに気づけなかったワシは師匠失格じゃな……」
汗を拭き取ったタオルを、水を入れた桶に浸してから上げ、何度かキツく絞る。
汗からも魔力が滲み出る事がある。
しかし、汗を拭いた後のタオルには魔力は混じっておらず、桶にも魔力の残滓が混じっている様子はなかった。
「魔力が身体の中でぐるぐると渦巻いている……、汗に滲まないとなると、魔力の澱みが生まれ、このままでは……」
カムイの顔に影が落ちる。
「アリシア……」
魔力が循環しないのは魔法使いにとって、心臓で血を循環させていないのと同義である。
エレメンタルはアリシアを覗き込んだまま固まっていた。
『ツヴァイよ、アリシアはどうじゃ』
エレメンタル――ツヴァイはカムイの言葉を理解して丸みを帯びた部分が動き、首を横に振るような仕草をする。
カムイはそれ以上踏み込む事はせず、ツヴァイと共に、アリシアの様子を静観せざるを得なかった。
すると、アリシアの荒い息が段々と落ち着き始め、顔色が若干良くなったように見える。
そしておぼろげに目を開け、離れの天井を仰ぎ、口から溢れ出したのは、
「お母様……」
母親を呼ぶアリシアに、カムイはアリシアの肩を揺らす。
「アリシア……! アリシア! 分かるか? ワシじゃ、カムイじゃ!」
しかし、アリシアの意識は混濁しており、カムイの呼びかけに応じなかった。
アリシアは、そのまま何度か「お母様……」と呟く。
弱々しくなっていくアリシアの声に、カムイは珍しく動揺の色を見せ、アリシアの肩を揺らす。
「大丈夫か!? 大丈夫でないのならばワシはワシ自身を恨むぞ!」
「……お母様……」
ふわりと呟いた言葉は、命の灯が消えた合図のように宙で掻き消える。
カムイは静かになったアリシアをしばらくの間、真っ直ぐに見つめていた。
「……アリシア」
アリシアの肩から手を離し、カムイは部屋の外に控えさせていた医者を呼ぶ。
医者はアリシアに聴診器を当て、心音や呼吸を確認する。
聴診器を外し、医者が困惑した表情を見せた。
「まだ生きている……! しかし、死んだかのように意識が戻っていない……!」
「……!」
カムイがアリシアの口元に耳を近づけると、微かだが呼吸をしており、脈を確認すると、弱々しいが脈があると指先から伝わった。
「脳がやられた……訳ではないな。まさか……」
「熱も平熱へと下がっています。さっきまではあんなにも熱かったと言うのに」
「エレメンタルも憑いたままじゃ。……あり得るのか『冥界渡り』が」
「冥界渡り……?」
医者が困惑したままで、カムイは何かを思いついたのか、医者と同じように控えさせていた春夏秋冬の女将を呼ぶ。
「何か入り用でしょうか、カムイ様」
「ワシの憶測でしかないが、アリシアは冥界渡りをしたかもしれん。古い友人を連れ込む上、呼んで来て欲しい者がおる」
カムイは女将に耳打ちをし、女将はその名を聞くと合点が言ったのか、強く頷く。
「お客様のご要望とあらば」
「任せたぞ」
女将は落ち着いた所作で離れから出ていく。
医者は見たことも聞いたこともない事例に困惑したままであった。
「私はどうすれば……?」
「貴様はしばらくの間かかりっきりになってもらおう」
「は、はい」
カムイは念話を使い、繋がるや否や念話先の相手の名を呼ぶ。
『フィソフィニア、すまんが春夏秋冬の離れまで来て欲しい』
『事態はある程度把握してるからすぐ行く』
『フィソフィニアらしいのう』
と、念話が切れた途端、離れの襖が開き、野暮ったい格好に身を包んだフィソフィニアが現れた。
「で、今の状況は?」
「高位な魔物が人の魂を奪い、魂を抜かれた者の事例を知っておるか」
「知ってる。魂が抜かれた体は、しばらくの間は生命活動を行うけれど、魂が戻らない限り死んだも当然の事例ね」
「高位な魔物がアリシアの魂を狙ったとすれば、ワシがついていて気づけないはずがない」
アリシアの様子としては、熱が下がり、眠ったように目を閉じて呼吸を繰り返している。
「冥界渡りはワシも一度した事があるが、アリシアの場合は、向こう側から呼ばれた可能性が高い」
「誰が呼んだのかは分かってるわ。アリシアちゃんの亡き母親、『アイレン・ド・フォーレン』よ」
「何故アリシアを冥界に呼んだかは不明じゃが……。女将に呼んで来てもらう助っ人がここに到着するまでは下手に手を出せん」
カムイは胡座をして腕を組み、アリシアの顔を覗き込む。
フィソフィニアは今一度結界を張り直し始め、離れは外から放たれた魔法などを通さない結界に包まれるのであった。
前書きの通り、来週の6月29日には投稿出来ないと判断し、再来週の7月6日の16時半に次話を投稿します
前書きでも申し上げたように、重ね重ねお詫び申し上げます




