第42話『一週間の猶予』
水平線から日が顔を出して来た時分、朝日がヒガシを照らし、旅館である春夏秋冬を照らしたかと思えば、離れの外で木刀を振り下ろす者がいた。
木刀を振り下ろす者――アレクは浴衣姿ではなく普段着を着ていた。
しかし半裸で、長い間木刀を振っていたのか、額に汗を滲ませている。
「498……499……500……」
上半身が露わになっているアレクは、昨日メラクから受けた傷が胸から首元に走っており、治癒魔法を掛けはしたが、傷は火傷のように肌に刻み込まれていて、完治までとはいかなかった。
黙々と鍛錬を行っているアレクを見守るように、アリシアが離れと本館を繋ぐ廊下の縁に座って眺めている。
昨夜の料理は舌鼓を打ちながら平らげ、離れに備え付けられた露天風呂にしっかり浸かり、ふかふかの敷布団で寝たおかげで、疲労困憊であったのが嘘かのように晴れ晴れとした表情をしていた。
「アレクー、一旦休憩しましょー」
「……」
アリシアが声をかけるも、アレクは何か固執したように木刀を振るのをやめなかった。
「休憩も鍛錬の秘訣なんでしょー」
二度も聞く耳を持たないアレクを見て、アリシアは昨日のメラクとの戦闘を思い返す。
紫電一閃で片腕を切り落とし、切り落とした腕が自立したのに気を取られたせいで、あの傷を生んだのだ。
傷を生んだ要因が、アレクにあるのが心の中で渦巻いているのだとアリシアは察するが、それをすぐに解決するのは難しい。
「精が出るのう、アレク。それにアリシア」
「珍しい、あんたが早朝に起きるなんて」
着崩れた浴衣姿のカムイはアリシアの隣に座り、木刀を振り下ろすアレクを眺める。
「ワシはのう、やるべきことがある時はちゃんと起きるぞ」
「まさか星なる者たちが秘密裏に動いたのを聞いたの?」
「いや、違う。ワシはヒノカミ一族に提案したこの一週間の猶予を、能力向上期間としてお主らに達成すべき目標を与える」
「要はメラクとの戦いで私たちが危機的状況に陥ったからよね」
カムイは「そうじゃ」と呟いて廊下から降り、アレクの所まで歩いていく。
離れから寝ぼけ眼を擦るトトとハーフェッド、フリジールが現れる。
「アリシアは早起きにゃね……」
「一週間頑張りましょうね」
「アレクとアリシアにも話したのかにゃ、あの人は」
「何を目標にするかは聞いてないんだけどね」
アリシアは大きなあくびをするトトを横目に、アレクと一緒にカムイが帰ってくるのを待つのであった。
「よし、金の卵の主ら! 今回の戦いで痛感したじゃろう、まだまだ未熟だと」
五人は廊下の縁に座り、カムイが目の前に立ってアレクとアリシア、トトとハーフェッド、フリジールの問題点を挙げる。
「アレク、お主は紫電一閃に頼り切りなのをやめる事じゃ。手数が多ければ多い程、臨機応変に戦う事が出来るからのう」
「はい師匠」
「あと、アレクには目標を追加しようと思っとる事があってのう。新たな必殺技を考えて物にする事が出来たら随時連絡せい」
「分かりました」
カムイは「次に……」と視線をアリシアに向ける。
アリシア自身は今回痛感した事はないと自信ありげな表情をしていた。
「アリシアよ、主の今回の目標は禁忌の魔法に足を踏み入れることじゃ。カミサマに繋がった者たちに対して、第五階位魔法で太刀打ち出来ない可能性は十二分にありえる」
「第六階位以上の魔法を会得しろってこと? えらく簡単じゃない」
「エレメンタル憑きは今の魔法学で苦労をしないのは確かなのじゃが、第六階位魔法からはそうはいかん」
「なんでなのかは知ってるけど、私に出来ない事はないわ」
「自信ありげで良い。次にトト」
あくびをしながらトトはカムイに生返事をする。
「お主は『星穿』を奥の手で使っておったが、アリシアと同様に太刀打ち出来ない相手が現れてもおかしくはない。今回に関してはあれだけ巨大で強固な防護結界に穴を開けた事は誇れ。しかし、じゃ」
「修行は程々にしたいのにゃけど」
「筋トレや魔力操作はせんでよい。今の目標としては、魔力で生成した強弓を使い続け、体力をつけ、星穿の精度と破壊力を昇華せよ」
「にゃはー、中々面倒にゃ目標にゃ」
廊下に倒れ込むトト。
カムイは追求せず、ハーフェッドに視線を移す。
「召喚士が途中で力尽き、召喚獣を維持出来なくなったのは致命的じゃ。召喚こそは出来ておる、しかしこのままじゃとアリシアの劣化版になる未来しか見えん」
「ごもっともです……」
「目標はドラゴンの召喚を維持する時間を伸ばす事、強いて言えば一時間程度じゃ。あと、もし出来るのであれば、お主が理想とするドラゴンに能力を追加した上で一時間以上維持せよ」
「出来るかな……」
ハーフェッドは暗い面持ちになるが、さらに暗い面持ちになっている者が隣にいた。
「フリジール、今回一番惨めな気分になっとるじゃろう。魔法盾で守るはずが、防護結界に劣る事が判明したからな」
「はい……。私はアリシアさんのように防護結界を使えるようになるのが目標ですね」
「いや、違う。お主は魔法盾の強化じゃ。今回においては悔しい思いをしたじゃろうが、魔法盾にも強みがある」
「強み……ですか?」
「それは修行の最中に伝えるとして」
最後にもう一人、廊下の縁に座る者がいた。
「ルナ、お主はアレクの相手をせい。剣のイロハは教えたつもりじゃが、荒いかもしれんからな」
「そう。で、貴女は何をするの?」
カムイに六人の視線が集まり、カムイは咳をする振りをする。
その様子を見て白々しいと感じたのか、アリシアが
「あんただけ手が空くって時点で怪しいわ」
と、追求すると、カムイはギクリと肩を震わせた。
「ほらやっぱり。ちょうど資金はたんまりと貰ったんだから、朝から散財しにいくんでしょ?」
「べ、別にそんな事は考えとらん」
「じゃあ私たちの成長はどう捉えるのよ、目標だっていつ達成するか分からないんだから」
「仕方ないのう、あまりやりたくはなかったが……」
カムイは渋々と魔法を唱えると、煙柱が五本沸き立ち、その煙の中から現れたのはカムイであった。
「分身術は使いとうなかったのに」
真ん中にいるカムイがため息をつくと、他のカムイが人数を数え始める。
アレクたちも同じように人数を数え、すぐに違和感に気づいた。
「一人余るじゃない」
「ぐっ」
バレないとでも思っていたのか、立ち去ろうとするカムイは分身に捕らえられ、カムイは渋々と一人分の分身を解除するのであった。
一週間の猶予の初日、朝ごはんを食べ終わったカムイ一行は分身を引き連れ、春夏秋冬の敷地内にある鍛錬場へと赴き、それぞれの目標を達成するために鍛錬を始める。
魔法盾――フリジールはカムイと対面するように立ち、魔法盾を展開していた。
「魔法盾のデメリットは昨日分かったじゃろう。しかしな、防護結界にもデメリットはある」
「魔力の消費量が多い事ですか?」
「そうじゃ。魔法盾の強みは少ない魔力で強固な壁を生成する事が出来ることじゃよ」
「けれど、魔法が貫通して来た場合、腕がやられますよね」
「それを克服するのが今回の目標じゃ。ワシの魔法を全て受け止め切れるようになれ」
フリジールは元気よく返事をして、魔法盾を構える。
が、しかし。
「思ったよりも深刻じゃな」
カムイが思案を巡らせたのは、フリジールが初撃を受け止め切れなかったからだ。
「現時点で言える事はたくさんあるが……。フリジール、お主の中で足りないと思う点はあるかのう」
「巨木と違って、防護結界や魔法盾を破壊するための魔法を受け止められないのは、魔法盾の構築自体が間違っているからでしょうか」
「よし、では構築を変えて再挑戦じゃ。初撃に集中して、魔法盾を展開してみせい」
フリジールはカムイが魔法を放った途端、魔法盾を展開する。
すると今度は魔法を防ぎ切る事が出来て、フリジールはぴょんとその場で跳ねる。
「思った通りの事が出来たのう。じゃが、魔法は千差万別、ありとあらゆる魔法を防げるようになる事が目標じゃよ」
「魔法の属性によって魔法盾の構築を変える、と?」
「防護結界だと常に魔力を消費する必要がある。しかし魔法盾は一度展開してしまえば魔力の消費はなく、ある程度の魔法を耐え忍ぶようになれば、難攻不落の城に早変わりする」
カムイはフリジールの展開した魔法盾を見て、指で表面を撫でる。
「何か問題でも?」
「魔法盾構築自体の練度は高い、訓練を続ければ難攻不落の城になりうるな」
「わ、わー! 嬉しい!」
再びその場で跳ねるフリジールからカムイは離れると、様々な魔法を織り込んで放ち、魔法盾が幾度となく破壊されるが、次に展開すれば防げるようになり、飲み込みが早いとカムイは思った。
「き、休憩しても良いですか……?」
「魔力が尽きてきたか。休憩も必要じゃ、給湯室にお菓子があるから食べてくるがよい」
「わーい!」
はしゃぐフリジールの背中が遠くなり、給湯室に姿が消える。
カムイはその場に座り込み周りの鍛錬の進み具合を眺め、フリジールの帰りを待ったが、一向に帰って来ず、カムイは給湯室へと向かう。
「何しとるフリジール」
「もっ! ももいふぁんふぁふぃっふぁい――」
「よい、見たらわかる」
フリジールは中居に囲まれて、和菓子を与えられていたのだ。
「お茶も美味しいです!」
「休憩は十分取れたじゃろう。戻るぞ」
「カムイさんも和菓子食べましょう! お茶も美味しいですし!」
フリジールの輝いた目に押され、カムイは給湯室へと入るのであった。
召喚術――ハーフェッドはしかめ面をしながら耐え忍ぶように立っていた。
足は産まれたての子鹿のように震えて、今にも足から崩れ落ちそうである。
「まだ二十分じゃぞ」
「分かってます! けど……む、無理ぃ……!」
ハーフェッドの後ろに召喚されたドラゴンは形が瓦解して、土塊へと変貌した。
「ふむ、羽付きのドラゴンを召喚した時はアリシアの補助があっての二十分じゃったのか」
「二十分が長く感じました……」
「なら片手間に召喚をしてみるか」
「片手間に召喚獣を維持し続けるなんて今の私には無理です」
カムイは何もない空間に手を突っ込み引き抜くと本が現れた。
「ワシはこの本を気に入っとってのう。ハーフェッドの感性に刺さるかは分からないが、ひとまず読書しながら小さいドラゴンを召喚する。小さいドラゴンは何匹召喚してもよい」
「は、はぁ」
本を手渡されたハーフェッドは、その本の表紙を見て飛び上がった。
「こ、これ、絶版になった召喚術の指南書じゃないですか!」
「知っとるか、魔族じゃし」
「知ってるも何も、魔族界隈だと絶版されたのが不思議なくらい分かりやすい内容の物ですよ」
小綺麗な本の状態の良さに感嘆の声を上げ、ハーフェッドは本を開き、読み進め始めると共に小さなドラゴンを二匹召喚した。
ドラゴンは小さいものの、鱗や翼の形はリソースを割いたものになっており、骨格に至っては先程召喚したドラゴンのようにガッチリとしたものである。
二匹のドラゴンは自我があるように遊び始め、火を吐いたり、戯れあったりと、召喚士としての力量は高い。
「聞き流してくれてよいが、ハーフェッド、お主は何故ドラゴンを召喚する事に固執するのじゃ?」
「それは簡単です、以前にも話しましたが、カッコいい存在だからですよ」
「単純じゃな」
カムイは、片手間に読書をして小さいドラゴンを維持し続けながら会話をしているハーフェッドに対して、何故巨大なドラゴンを召喚し続けられないのかと思案を巡らせていた。
カロリーを使うとは言え、食事に関してはハーフェッドは胃が強く、昨晩の料理を平らげてなお食べられると豪語している程だ。
小さいドラゴンと言えど、リソースの割き方に問題はなく、ハーフェッドから聞かされたドラゴンの姿にかなり近い物である。
「巨大なドラゴンが維持し続けられない理由がなんとなく分かったかもしれん」
「改善点なんてありませんよ、ドラゴンはドラゴンですし」
「そこじゃよハーフェッド」
「えっ?」
カムイはハーフェッドの召喚したドラゴンを優しく握り、何か合点がいったのかカムイはハーフェッドの召喚獣が長時間維持できない理由を話した。
「お主、外側は良いとして、内面にもリソースを割いとるな」
「はい!」
元気な返答にカムイは頭を抱え、ハーフェッドは意気揚々と読書をする。
「そりゃ二十分しか保たん訳じゃ。心臓に血管、肺に腸、火袋や脂肪と筋肉、常に呼吸をし血を巡らせ、動き回るとなればとてつもないカロリー消費をする訳じゃ」
「改善点はありませんよ? ドラゴンはドラゴンですから」
「うぅむ……、悩ましい問題じゃな。ワシが出来るだけ能力を追加したドラゴンを召喚せよと言った手前、それを否定は出来んし……」
カムイは天井を見上げて唸るが、ハーフェッドは気にも留めず、黙々と読書を続けるのであった。
弓術――トトは鍛錬場の外に備えてある的を使い、弓で矢を放っていた。
横並びになった的の真ん中には、矢がぎっしりと刺さっていて、トトの弓術の練度はかなり高い。
トトに弓術をこれ以上教える必要は無いとカムイは出会った時から思っていたが、魔導弓に関してはまだ扱いきれていない様子である。
「次は魔導弓に持ち替えて、同じように的を狙って放ってみせい」
「的当ては終わらにゃいのかにゃ」
「お主の魔導弓がどんな物かをちゃんと見る機会を設けたいだけじゃよ」
「にゃはー、そんなじっくり見る物でもにゃいにゃ」
トトが魔導弓に持ち替えると、カムイは眉をひそめ、トトが矢を放つ。
矢は的の真ん中に刺さるかのように見えたが、矢が途中で霧散した。
「改善点は分かりやすい。トト、お主魔力操作が苦手じゃろう」
「にゃはー、届くと思ったんにゃけどにゃー」
「誤魔化さんでよい。『星穿』はたまたま出来た感じじゃな、お主らしいと言えばお主らしいがな」
その後、魔導弓も霧散してトトは恥ずかしそうにする。
「初めての魔導弓で必殺技も使えたんじゃ、上々じゃよ。まずそもそも、弓と矢がセットで形作れる事を誇れ、ワシは初めの頃は弓が作れんかったからのう」
「まさかアタイ、天才……!?」
カムイはトトを煽てて、手本を見せるように魔導弓を展開する。
「ワシの見様見真似でそこまで出来たんじゃから、何度か弓を作って、自分の身体に合った弓を瞬間的に創造せい」
「弓と矢は特注品にゃ、それを魔導弓でもしろってことにゃ?」
「そうじゃ」
矢が放たれると的の真ん中から半分に裂け、乾いた音が鳴り響く。
「いつもならもっと深く引き絞る撃ち方にゃのに、手加減したかにゃ?」
「まず普通に矢を放ち、的に当てる。単純じゃが、今のお主には無理難題じゃろう」
「本当かにゃー?」
カムイの魔導弓を真似てトトは弓と矢を作り、構えて矢を放つが、やはりと言ってか、矢が的にまで届かず霧散する。
その上、弓から矢を放った途端、弓が崩壊してしまっていた。
「魔力の流れを引き留めて弓と矢を創造する。アリシアに聞いた方が早いかもしれんが、今のワシはお主の師匠じゃ、アリシアに聞くよりワシから学べ」
「トライアンドエラーにゃね」
弓を作り、矢を番て、放つ。
単純すぎる作業にならないように、トトは集中を深めながら改善点を少しずつ克服し始めるのであった。
第五階位以上の魔法――アリシアは胡座を組んで、目を閉じ、深い呼吸をして、既に一時間は経っていた。
カムイがその後ろを横切り、一定の間隔を保ちながら往復する。
エレメンタル――ツヴァイはアリシアの上に浮かんでいて、微動だにしなかった。
そんなアリシアに対してカムイは警策を肩に添え、軽く肩を叩き、アリシアは目を開ける。
「お主はとにかく天才肌じゃ。単純で飽きる作業を苦に思わず、当たり前と理解しておる。第五階位以上の魔法もすぐに会得できるとワシは思っとる」
「一週間もあるんだから、第十階位魔法も会得したいのだけれど、それは難しそう?」
「壁は乗り越えてなんぼじゃ。しかし今は、第六階位の魔法を扱えるようになる事に集中せい」
「ツヴァイもいるんだし、すぐに会得してみせるわ」
自信満々な表情を見せるアリシアは、胡座を組むのをやめて立ち上がり、杖を構えてカムイと対峙する。
カムイは防護結界を展開して棒立ちをしており、アリシアは気兼ねなく魔法の詠唱を始める。
詠唱自体に問題はなく、ツヴァイも順調に魔力をアリシアに注ぎ込んでいる。
「第六階位魔法を放つのじゃぞ、飛び級せず、いきなり第十階位魔法を放つなどとは考えるな」
詠唱が終わり、カムイに向かって放たれた魔法は第六階位の物であった。
防護結界の周りに纏わり付いた魔力の残滓を見て、カムイは眉をひそめる。
「風邪でも引いとるのか? お主の魔力がバラバラと防護結界に引っ付いとるぞ」
「体調は悪くないわ。けど思った以上にじゃじゃ馬ね、第六階位魔法は」
「初めてにしては上出来じゃが、今までのお主からすると若干荒い」
「言われなくとも」
すかさずアリシアが次弾に放った魔法はカムイの防護結界を破壊して、カムイは笑みを浮かべる。
「魔法使いには魔力が無尽蔵にあるわけではない。その事を念頭にいれた第六階位魔法じゃな」
「次に行きましょう、第七階位よ」
「体調が優れなくなったらワシに申告せよ」
そこから段階的に第七階位に第八階位、第九階位へと踏み入れるアリシアであったが、第九階位魔法を放つと、その直後に座り込んでしまい、顔色が悪くなる。
カムイは防護結界を纏いながら走り出し、破壊されても気にする事なくアリシアの元へと向かう。
「大丈夫か」
「めまいと吐き気がするわ……」
「エレメンタルは……、普通に見えるが魔力の減り方が異常じゃな、休憩するぞ」
「うぅ……すぐにでも終わらせたかったのに……」
カムイはアリシアに肩を貸して立ち上がらせ、鍛錬場の隅に連れて行き、座らせると、何もない空間から魔力水を取り出してアリシアに手渡す。
「気休めじゃが飲め。エレメンタルが憑いたお主じゃから七八九と放てたが、魔力の底を知らんのが祟って、体から一気に魔力が消えた反動が来たのじゃろう」
クピクピと魔力水を飲むアリシアは、疲れ切った顔をしており、風邪を引いたように咳をし始めて、カムイが額に手を当てると熱を帯びていた。
「アリシアよ、一週間の猶予の間に第十階位の魔法を会得するようにとワシは言ったが、体が参ってしまっては元も子もない」
「魔力を使い切っただけよ……、休憩が終わったら第十階位魔法を会得するまで練習するんだから……」
「今日の鍛錬はやめじゃ。及第点以上の成果を出せたのを誇れ、休むのも鍛錬の秘訣じゃ」
カムイはアリシアが突発的な行動をしないように、常に隣に座り、魔力水を飲み切ったアリシアが立ち上がろうとした為、それを抑え込む。
「第十階位魔法はその昔、戦略的極大魔法と呼ばれておった。魔法使い十人が息を揃えて詠唱し、十人分の魔力を使い切って放つ魔法じゃ」
「……あんたがよくポンポンと使ってるから調子が狂うのよね。……確かにそう、今の私じゃ第十階位魔法は使えないわ……」
「分かっとるなら休め。師であるワシが休めと言ったら休め」
アリシアの勢いが鎮火すると、カムイはアリシアの視線がアレクの方に向いているのに気づく。
「アレクはアレクなりにやっとる。天才とは言えんが、お主のように、鍛錬に対する向き合い方は体に染み付いとる」
「……」
意気消沈したアリシアにかける言葉もないとカムイは思い、その場に留まって昼ご飯の時間まで休憩する事にしたのであった。
新たな必殺技――アレクは木刀を握りしめ、対峙した相手を見据えていた。
「基礎は十二分に叩き込まれてる。カムイの教え方は結構ざっくばらんだったんでしょうけど、私と打ち合ってても遜色のない練度だったから、そこは良しとしましょう」
「基礎は……ですか」
「基礎をバカにしちゃダメよ、基礎力の良し悪しで勝敗が決まるのは当然の摂理よ」
アレクは基礎が十二分である事に、胡座をかくような気持ちにならないよう自分に言い聞かせる。
「必殺技は紫電一閃以外に無い訳だけど。カムイ、他の技は教えなかったの?」
「ワシはとりあえず紫電一閃を使えるようになれと言った。他にも技はあるが、どれも戦況を変える程の爆発力は無いと踏み、教えとらん」
「なるほど、新技を編み出すのはアレク君に丸投げってわけ」
ルナはカムイに対してため息をつくと、木刀を投げ渡し、カムイが木刀に気を取られているうちに、ルナは魔刃剣のような剣を展開して振り抜く。
刃が届かない距離であるにも関わらず、振り抜いたルナの剣の切先が伸びたように見え、アレクは驚いた。
カムイの衣服が切れたかのように見えたが、すんでのところで避けており、カムイはいつものように子供じみた笑顔を見せる。
「孤月刃じゃったか。魔刃剣と似て非なる魔力で作られた剣じゃのう」
「今のを見て何か思いついた? アレク君」
「ワシを技の試し切りに使うでない」
アレクは剣先が伸びた時、孤月刃の能力を真似ようとする為に、白亜剣を鞘から抜き出すと構えを取る。
「紫電一閃が敵の間合いに入るのであれば、これは離れた場所にいる相手の牽制になる技……」
アレクは紫電一閃の際に纏う雷を白亜剣に移すと、白亜剣から炎が混じり始め、カムイとルナは目の色を変える。
「炎雷!」
白亜剣を振るうと、炎が雷を帯びながら広がり、それがカムイに向かって放たれたが、途中で魔力の粒子となって消えてしまう。
「ふむ、紫電一閃とは違うな。あの剣が魔法術式付与武器であるのを利用した技じゃのう」
「師匠、どうでしたか?」
「悪くはない。しかし魔力を消費する剣技じゃから、お主がどの程度使えるか把握し、炎雷の飛距離を把握する事を念頭において練習するのじゃ」
「はい!」
コツを掴んでみれば、アレクが炎雷を放つ事は容易であったが、カムイはパッとしない様子であった。
「何か悩み事?」
ルナがその事に気づき、カムイに声をかけるが、カムイはジッとアレクの動きに注視していたため、ルナが話しかけた事は耳に入っていない様子である。
しかし、そんなカムイを見てルナは笑みを綻ばせ、孤月刃を解いた。
何度か炎雷を使うと目に見えて疲労感に苛まれ、アレクの動きのキレに陰りが差す。
「よい、休憩じゃ。とりあえず今日は新しい技を編み出せただけでも大きな一歩じゃ」
「はい!」
アレクは手渡されたタオルで汗を拭い、水を飲んで晴れやかな表情をするのであった。
こうしてカムイがヒノカミ一族に猶予として設けた一週間の一日目は早急に過ぎて行き、しっかりと食事を摂り、風呂に入り、ふかふかの敷布団で寝る事で疲れを癒し、明日の鍛錬に向けての体力を回復するのであった。
次回は6月22日16時半に投稿します




