第41話『ヒガシ一番の旅館「春夏秋冬(ひととせ)』
冒険者ギルドの扉が開かれ、中から現れた群衆の足取りは軽く、その足の向かう先はヒガシの名の知れた宿である。
群衆――カムイたちの表情は嬉々としており、先程までの暗く重たい空気はどこへやら、と言った様子である。
「ヒノカミ一族は太っ腹じゃのう!」
カムイがパッとした笑顔になってご機嫌右肩上がりを見せ、ハーフェッド以外のアレクたちは疲れが吹き飛んだのかのように笑顔になっていた。
「しばらくの間は困らん額じゃ! 旅館に行ったら一番高い部屋を取り、一番高い会席料理を頼み、銭湯でリフレッシュをしたら、フッカフカの布団で寝る!」
舞い上がるカムイたちとは違い、アウェーになったルナは、いそいそとその集団から抜けようとしようとする。
「ルナ、どうしたのじゃ? 貴様も疲れたじゃろうに。金の心配はせんでよいぞ、一緒に宿に泊まろう」
「その気持ちはありがたいんだけど……その……」
「なんじゃ? 一人以上だと裸になって銭湯に入れん事か?」
「そう言うことをサラッと言う所!」
ルナは赤面しながらカムイの肩をポカポカと殴り、唸り声を上げる。
「ワシなんか悪いことしたかのう」
「自覚なき悪意の塊ね、あんたは」
アリシアが苦言を呈すと、カムイはイタズラに舌を出し、悪びれる様子はなかった。
カムイの手にはみっちりと膨らんだ大袋が掴まれており、中身はと言うと、言わずもがなお金である。
「リブラ金貨からヒガシ円に両替しようとなると、手数料が掛かる上に、こんな量を持ち運ぶのもままならんからな」
「師匠、絶対に盗まれないようにしてくださいね」
「おう! ワシから盗める訳がないからのう!」
高笑いをするカムイに、アレクたちは白々しい視線を送る。
盗まれる心配はない、が、しかし、自分たちが床につけば、大金を持ったまま出掛け、夜の店で散財する事が目に見えるからだ。
「いつもこんな感じなの?」
「はい、けど、盗まれた試しがないのでそこは大丈夫です」
ルナは納得がいったように小さく頷く。
そしてカムイ一行はボウっと提灯の灯りが灯された長い道に出ると、道の先には巨大な門と木造建築が見え、ここからでも格式の高い旅館であると素人目でも理解出来た。
「あれがヒガシの旅館の中で一番人気を誇る由緒正しき旅館、『春夏秋冬』じゃ」
ヒガシの季節を表す名前を冠した旅館に、アレクたちは胸が躍りつつ、格式の高い旅館に泊まる事に緊張感が走る。
「獣人のアタイが居ても良いのかにゃ? 抜け毛凄いにゃよ」
「差別的な事はせんじゃろう。そもそも昔にはヒガシ国にやってくる西側の人間や魔族もおったしな」
「としたらエルフのフリジールは煙たがれるのかにゃ?」
「エルフは前に話したように有名ではない、ただ耳が尖った綺麗な人にしか見えんじゃろう」
トトがフリジールに寄って「良かったにゃね」と呟き、フリジールは不思議そうな顔をする。
旅館、春夏秋冬に繋がる門は開かれており、カムイを筆頭に敷地内へと歩みを進めた。
入り口から入ると待ちに待っていたかのように女将が真ん中で正座をして深く礼をすると、後ろで横一線に並んだ中居たちも深く礼をする。
「この度はヒガシを天災から守っていただきありがとうございます。ヒノカミ一族からの報酬は一切いただきません、一週間、我々が最高のおもてなしを提供いたします」
「ふむ、報酬からは金を受け取らんのか。お言葉に甘えて一週間、よろしく頼もうかのう」
「では、紫電のカムイ御一行様、お部屋に案内いたします」
スッと立ち上がる女将はカムイたちに靴を脱ぐように促し、各々は靴を脱いで並べると春夏秋冬に足を踏み入れるのであった。
先程までヒノカミ一族の住居へといたカムイたちであったが、春夏秋冬も遜色ない造りであると肌で感じ取る。
鼻を撫でるように香る木材に、埃一つない床に明かりがボンヤリと反射して、よく見ると自分たちの顔が写っているのが見えた。
「前に一度来たことはあるが、変わらんのうここは」
「毎度御贔屓にさせてもらっている方々も同じ事をおっしゃっています」
女将の案内で春夏秋冬の中を歩くカムイ一行。
階段の側を通りがかり、ここから登るのかと思いきや、女将は階段を通り過ぎて廊下の奥へと案内する。
すると廊下の先に、外に続く廊下が見え、その先には一軒家のような木造建築が建っていた。
「当旅館の離れでございます。一週間と長めの滞在と聞きましたので、ご用意いたしました」
「離れか。一週間の休息にはもってこいじゃのう」
離れに着き、部屋に入る。
ヒガシ建築の真骨頂がふんだんに織り込まれた離れは、アレクたちの心を鷲掴みにし、口から感嘆の声が漏れた。
「何かありましたら内線電話をお使い下さい。お疲れでしょう、この後、料理をお持ちいたします、しばらくお待ち下さい」
女将が一礼して戸をスッと閉めると、足音もなく影が消えた。
「よし、着替えるか」
「えっ」
カムイの一声にアレクが素っ頓狂な声を出す。
「旅館に来たんじゃ、浴衣に着替えるのじゃよ」
「僕以外女性じゃないですか」
「その点は心配するでない」
カムイが指を鳴らすと、部屋にいた全員の衣服がいつの間にか着付けられた浴衣姿に変わる。
「えっ、えぇっ!?」
部屋にいたカムイ以外の全員が驚く。
「服はどこにやったのよ!」
アリシアが詰め寄ると、カムイは畳の上に指を指す。
そこにはアレクたちが着ていた衣服が丁寧に畳まれており、アリシアたちは衣服の数に相違がないか確認する。
「師匠、一体何したんですか?」
「企業秘密じゃ、タネは明かさん」
カムイが首を横に振り、広縁にある椅子に体を預けるように座る。
「ちゃんと服の数は合ってるわ。一体何やったのかしら」
「アリシアが分かんないにゃら、アタイらが分かる訳ないにゃ」
「それはそうだけど……」
服の汚れ具合や畳み方などを精査するアリシアは、何かに気づきはしたものの、カムイに対して詰め寄ろうとはせず、何故か誇らしげな表情を見せた。
「この服は何という服なんですか?」
「浴衣よ。部屋着みたいなものね」
「軽いですけど、かなり危うい服ですね」
「まぁ……確かに」
アレクが部屋の隅に目をやり、しどろもどろとしていることに気づいたトトは、ニンマリと笑みを浮かべてアリシアの背中に手を押し当てて突き出す。
「アリシアの浴衣姿にゃよー? 普段と違う服にゃと何倍増しにも可愛く見えるにゃけどにゃー?」
「えっ、あっ、いやー……」
浴衣姿のアリシアを直視出来ないアレクに、アリシアは苛立ちを見せる。
「何よアレク」
「別にアリシアを見れない訳じゃなくて、その……」
「その?」
アリシアの背後にはルナが立っていて、浴衣がはち切れんばかりに胸が膨らんでおり、アレクはそれが目に入らないように目を逸らしていたのだ。
「ま、まぁしょうがないわ、ルナさんは大人だもの。あれくらい大きいとそうなっても仕方ないわ」
鼻をツンと立てて横を向くアリシア。
トトはと言うと、アレクが視線を逸らす要因であるルナの側に寄り、胸の大きさに目を光らせていた。
「でっかいにゃ。あの服だと分からにゃかったけど、こうもデカいと大変そうにゃ」
「和服の下にサラシも巻いてるんですよ。胸が邪魔で削ぎ落としたくなった事は何度かありました」
「いやいや、これは国宝級のデカさにゃ。大切に守らにゃいと」
アレクたちが和気あいあいとしていると、戸の先から女将が声を掛け、戸が開かれる。
「料理をお持ちいたしました」
中居たちがゾロゾロと部屋に入ってくると、お盆に乗せられた料理を机に置くと、手が空いた中居たちはそのまま部屋から出ていく。
並べられた料理の数々にアレクたちは目を輝かせ、座布団を敷かれた机の前に座る。
料理に手をつける前に祈りを捧げると、アレクたちは料理を食べ始めるのであった。
次回は6月15日16時半に投稿します




