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剣と魔法が交わる世界で  作者: 天望
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第40話『ヒノカミ一族』

 龍脈の暴走は、メラクからカミサマに繋がる縄が消滅した事により、オオナマズが龍脈からエネルギーを吸収して体内に取り込む事で収まった。

 あんなにも荒れていたのが嘘かのように空は青く雲ひとつ無く、波も穏やかになっている。


「なんとかなりましたね」


 アレクが安堵して呟くと、アリシアたちも同じように安堵の気持ちを吐露する。


「ハーフェッドがグロッキーになった時は肝が冷えたわ」

「今も気分が悪いです……。ヒガシに帰ったら食事を摂りたいです……」


 ハーフェッドは船酔いになったかのように青白い顔をしており、今にも吐きそうだと言わんばかりに船の縁から顔を乗り出している。


「アタイも奥の手を使うんじゃなかったにゃ。あんな別次元の魔法が飛んでくるのが分かってたら使わにゃかったにゃ」

「私はお役に立てなくてすみません……。魔法盾で防げない魔法があるだなんて……、知らなかったのが仇となりました」


 トトとフリジールは落胆しており、トトはまだ大の字になって寝そべっていて、フリジールは破壊魔法の余波で痛めた腕を触っていた。


「私がちゃんとトドメを刺したのですが……。不思議な能力でもあったのでしょうか」


 ルナは東の果て島を眺めながらため息をつく。

 東の果て島は建物があった場所を中心に、ポッカリと大きな穴が広がっており、メラクの乱発した破壊魔法で抉り取られた穴がちらほらと見える。


「なんとかなったんだから喜びなよ。ヒガシに脅威が迫りかけていたのを食い止められたんだからさ」


 カエデは暗い顔をするルナの肩を軽く叩き、笑顔を見せる。


「アレク君にはあんな傷も負わせちゃいましたし……」


 ルナが申し訳なさそうにアレクに視線を移す。

 アレクの上半身の衣服がはだける様に破れ、その破れ方と同じように首周りに火傷のような傷が刻まれていた。


「怪我なんてなんぼのもんだよ。……死んだら何も残りゃしないんだから」

「そう……ですよね」


 アレクの隣を陣取るアリシアは回復魔法を傷に掛けてはいるが、焼け石に水だと気づいたのか、諦めるのは早かった。


「あんな無茶しちゃ駄目よ、白亜剣が防護結界と同じ役割を果たしただけなんだから」

「ごめん、ヘパイストスさんには悪い事しちゃったな」

「今度ヘパイストスさんに会ったら、ちゃんと感謝の言葉を伝えなさいよ」


 木造漁船の上は和気あいあいとしており、ヒガシに被害を及ぼす事なく危機から救った事に安堵していた。

 そこにトリトン十三世が乗り込んで来ると、青白い顔をしていたハーフェッドの血色が良くなる。


『みんな! どーもありがとう!』


 各々(おのおの)は一言ずつトリトン十三世に返事をする。

 トリトン十三世は一言ずつ返事をされた事に笑顔のような表情を見せ、ぺこりと頭を下げる。


『みんながいたからオオナマズ様が悪者にならなくて済んだ。ヒノカミ一族にもきっとみんなの功績は耳に入ってると思うよ』

「トリトン十三世はどうするの?」

『この先、みんなとは会えないだろうけど、僕は海獣イッカクの長だからね、この事は僕の武勇伝にさせてもらうよ』

「いいとこどりだね」


 トリトン十三世は笑ったような鳴き声を上げアレクたちに背を向ける。


『じゃあね! みんなの事、忘れないから!』


 木造漁船の先から海に飛び込み、トリトン十三世の姿は海に溶け込んでいった。


「私らも帰るとするかね」


 カエデが操舵輪に向かおうとすると、水面の先に木造漁船の姿を捉えた。

 木造漁船には漁師である乗組員たちが手を大きく広げて、カエデの名を声を大にして呼んでいる。


「大丈夫かー!」

「大丈夫だよー!」


 木造漁船が声でやりとりが出来る場所までやってくると、カエデの姿を見て安堵する漁師たち。


「突然大時化(おおしけ)になって、船の数を数えたら頭目(とうもく)の船だけ無かったもんだから肝冷やしたぜ」

「すまないね、依頼を受けた冒険者と海獣イッカク狩りをしてたんだ」

「て事は紫電のカムイの弟子がいるのか?」


 漁師たちは木造漁船の前に視線を移すと、アリシアたちの姿を捉えたのか、各々が声高に喜ぶ。


「ひゅー、流石紫電のカムイさんの弟子たちだ、べっぴんさん揃いじゃねぇか」

「今その子らは疲れてるから話しは後にしな。私らは漁港に帰るが、ついてくるかい?」

「頭目たちが天災から救ってくれたんだろう? 言わなくてもわかるぜ、あんな大時化がピタッと止んだんだからな!」


 漁師たちは「凱旋(がいせん)だー!」、と声を上げ、カエデの操る木造漁船を先頭にしてヒガシの漁港へと帰って行くのであった。


 アレクたちが漁港に帰ってくると、岸に一人ポツンと佇む者がいた。

 佇む者――カムイがアレクたちを見つけると手で招き、アレクたちは(おもむろ)に近寄る。


「良くやった、お主らの活躍はすでにヒガシに知れ渡っておる」

「じゃあヒノカミ一族に会えるんですね」

「会える……のじゃが問題があってのう」

「問題?」


 カムイが漁港の事務所あたりに視線を移し、アレクたちはその先を覗く。

 そこには人力車がアレクたちとカムイを含めた七人を乗せられる台数が準備され、車夫(しゃふ)たちが今か今かと待ち侘びている。


「どこにも問題がないように見えますが」

「今から行く場所はヒノカミ一族の住む住居じゃが、入れば最後、二度とその敷地から出ることが出来ないかもしれんのじゃ」


 ヒノカミ一族に過度に気に入られたのかとアレクとアリシアは思ったが、カムイの様子から察するに、カムイ自身が何か問題を起こしたのだと考えた。


「師匠、何かやらかしましたね」

「し、しし、しとらん! 敷地内で魔法を使ったり念話を使ったりはしたが、不可抗力じゃ!」

「アリシア、師匠だけ置いて帰ろう」


 焦るカムイにアレクとアリシアの白い目が刺さり、カムイはトトたちに助けを求める。


「お、おお、お主らはワシを置いて帰ったりはせんじゃろうな?」

「確かに規格外の魔法のおかげで助かったにゃ、けどヒノカミ一族を怒らせたのにゃら話しは別にゃ」

「ヒノカミ一族の逆鱗に触れたわけではないのじゃ!」


 カムイの必死の懇願にアレクとアリシア、そこにトトも加わって突き刺すような視線を送る。

 しかし、ハーフェッドは、カムイから更に話を聞き出そうとした。


「ヒノカミ一族が人力車を用意するぐらいですし、怒りを買ったとかではないでしょう。ヒガシに詳しいルナさんはどう見ますか、この状況」

「私としては、気に入られたのが仇となって誰か一人かはヒノカミ一族に加われ、と言われたのかもしれないのだと読んだ訳だけど……」


 ルナがカムイの様子を伺うと、カムイは目が泳ぎ、しどろもどろとし始め、ルナはため息をつく。


「その様子じゃ、ヒノカミ一族に全員が嫁ぎに行かないといけないみたいね」


 アレクたちは驚き、カムイに詰め寄る。

 その様子を見てカエデたちは、心底羨ましそうな表情を見せる。


「ヒノカミ一族に嫁ぎに行くだなんて、私らなら天地がひっくり返っても起こり得ないんだから、行ったほうが良いと思うけどねぇ」

「その反応が正しいけれども」


 ルナはその先の言葉を詰まらせ、カムイたちに掛ける言葉もないと押し黙る。

 やいのやいのとカムイに詰め寄るアレクたちであったが、そこに一人、場を鎮めるようにして声を掛ける者がいた。


「何やら騒がしい様子だが」

「じいとやら! こやつらに説明してほしい!」


 助け舟の様に現れたじいは、カムイに説明を求められ困惑する。


「説明も何も、ここはヒノカミ一族のお膝元。アマテラス様の勅命(ちょくめい)であるぞ」


 じいの静かな怒りに触れ、アレクたちはカムイに詰め寄るのをやめる。

 カムイはじいに正面立つと、アレクたちを庇う様に手を広げた。


「こやつらはワシの大事な弟子たちじゃ。ヒノカミ一族には渡さん」

「何か誤解をしているように思えるが、まぁいい。用意した人力車に乗られよ、詳しい話はアマテラス様の前ですればいい」

「ワシはどう言われても渡さんからな」


 じいに案内される形でカムイたちは渋々と人力車へと乗り込み、カムイたちの気も露知らず車夫たちは元気よく走り出すのであった。


 ヒノカミ一族が住む住居へと着いた頃には既に日が落ち、月が煌々(こうこう)と地上を照らし、虫が鳴いている。

 カムイたちの功績は既に知らされているのか、門番に阻まれる事なく、敷居を跨ぐ事が出来た。


「じいよ、アマテラス様と二度も謁見(えっけん)する事は許されておるのか」

「別段特別な事ではない。二度謁見した者もいる」

「ワシらは目的がある。ここに囚われる事を良しとはせんぞ」

「ふむ、アマテラス様に聞いてみないと分からないが、ここに囚われる事はないと思うがな」


 大きな木造住居の入り口から中へと入ろうとするが、じいが立ち止まる。


「この先は目隠しをした状態で入ってもらう。獣人(ビースタス)の方は耳栓もしていただこう」


 いそいそと現れた使用人たちが手慣れた様子でカムイたちに目隠しのための布を巻き、トトには耳栓も付けられた。

 使用人たちが付き人のように付き添うと、カムイたちに靴を脱ぐ様に促され、脱ぎ終わった者から次々とアマテラスのいる部屋へと案内される。


「みんないるよね?」

「いるわ、別々に分けようものならただじゃおかないんだから」


 アリシアに続いて、アレクに応えるようにカムイたちも返事をした。

 目隠しをされている状態がしばらくの間続き、木材と靴下が擦る音だけが響く。

 右往左往と迷路に入ったかのような案内に不安を覚えたアレクたちであったが、唐突に使用人たちに目隠しを外され、巨大で絵が描かれた(ふすま)が目に映る。


「アマテラス様、紫電のカムイ一行が参られました」


 使用人が膝を折って襖の前に座り、しばらくの()が空くと、中から返事が返ってきた。

 そうすると襖が音もなく開けられ、部屋の中へと先陣を切ってカムイが入り、アレクたちはおどおどとしながらその後をついていく。

 畳が何畳(なんじょう)敷き詰められているのか、数えるのが億劫になるぐらい部屋は広く、間仕切りのように布が天井から吊るされて部屋を二分割しており、その先に人影らしきものが(うかが)えた。


「正座は分かるか? 膝を折り、武器となる物は利き手側に置くのじゃぞ。杖は後ろに置くのじゃ」


 カムイが小さな声でアレクたちに伝え、手本のように膝を折って座ると、アレクたちはその後ろに固まるように集まって正座をする。

 当然武器となる剣や弓は利き手側に置き、杖は後ろに置き、すぐに構えられないようにする事で敵意が無い事を示す。

 間仕切りの布の端にじいが座り、布の先にいるアマテラスに小さな声でカムイたちが参上した事を伝えた。


「紫電のカムイ一行殿。今回、天災を未然に防ぎ、天災が起こらない方法を確立した事、大義である」

「もったいなきお言葉」


 カムイが深く頭を下げ、それに釣られるようにアレクたちも頭を下げる。


「良い良い、(こうべ)を上げよ」


 独特な言い回しにアレクたちが困惑していると、しばらく沈黙が続く。


「頭を上げよ」


 二度目の同じ言い回しに意味があるのだと気づいたアレクたちは頭を上げると、カムイも同じ様に頭を上げていたので、読みが当たったのだと心の中で安堵する。


「アマテラス様、今回の天災は意図(いと)的に引き起こされたものだ。龍と呼ばれる存在に捧げられていた供物に毒が混入されていた」

「ほう、供物に毒が」

「そして龍脈に刺激を与えたのが『星なる者たち』と呼ばれる教団の幹部である」

「星なる者たちとな?」


 アマテラスが疑問を込め、カムイに問う。


「カミサマと呼ばれる存在をこの世界に招き入れる為に活動をしている者たちだ。今回の一件と言い、ヒノカミ一族の中に星なる者たちと繋がった者がいる。ワシらの目的はその者を炙り出し、排除する事だ」

「なるほど……」


 アマテラスがじいに助言を求めるが、じいは首を横に振る。


「自然教が深く根付いたヒガシで別の宗教を信仰するなど許せない。ヒノカミ一族に星なる者たちと関わりを持った者がいるのであれば今すぐにでも排除したいが……」


 アマテラスが言葉に詰まると、じいが代わりに話し始める。


「龍と呼ばれる魔物が天災を抑えていた事を周知する為に、アマテラス様が直々に東の果て島へと出向くのだ。しかし、今朝方に起こった海獣イッカクの襲撃がカムイ殿の読み通り、意図的に行われたのだとすれば、アマテラス様の命が危うい」

「アマテラスの名を継ぐ者の中に星なる者たちと繋がっている者がいる可能性は考慮したか?」

「ヒノカミ一族の中から選出するのは周知の事実だが、選ばれなかった者たちはヒノカミ一族ではなくなるわけではない、恨む者などおらんだろう」


 ハッキリと言い切るじいにアレクたちは納得しそうになるが、カムイは微動だにせず、真っ直ぐアマテラスを見つめる。


「アマテラス様の命が危ういと言うのならば、ワシらが護衛につく」

「今朝方のようになれば首が飛ぶが、よろしいか」

「構わん」


 カムイの発言に対してアレクたちが勢い余って詰め寄ろうとするが、カムイが「しかし……」と続けたため、落ち着く。


「ワシらにも猶予が欲しい。すぐに東の果て島に出向くのは待ったほうが良いと進言する」

「猶予か、どの程度の期間だ?」

「一週間、その程度であれば調整もしやすいだろう」

「一週間か。すぐには決定はしないが、日程が決まればすぐに伝えよう」


 じいがアマテラスの方をちらりと見ると、アマテラスは小さく頷く。


「今回の天災を防いだ事に対して報酬が出る。冒険者ギルドには通してある、後で冒険者ギルドにて報酬を受け取られよ」


 改めてカムイたちが礼をすると、アマテラスが部屋から立ち去る音が聞こえ、奥の襖が開かれ再び閉まるとカムイたちは頭を上げた。


「謁見は以上だ。帰られる際には目隠しと耳栓をしてもらおう」


 カムイはスッと立ち上がり、早々に部屋を後にしようと振り返ると、ルナ以外、足が痺れて立ち上がる事が出来ずにいた。


「何しとるんじゃお主ら、早う冒険者ギルドに向かうぞ」

「し、師匠とルナさんはなんで足が痺れてないんですか」

「日々の鍛錬じゃよ。のうルナよ」


 ルナは苦笑いを浮かべ、カムイはアレクたちの足の痺れが(おさま)るまで待つ事にするのであった。


 ヒノカミ一族の住居を後にして、ヒガシの街中にある冒険者ギルドへと向かうカムイ一行。

 夜になったばかりであるが、やや湿った風がカムイたちの肌を撫でる。


「ルナさん、そういえば師匠と同じ魔刃剣のような武器を使っていましたけど」

「魔刃剣はカムイの得意とする魔法剣。私が使っているのは孤月刃(こげつじん)、似ているけれど違うの」

「同じ道場で一週間鍛錬を積んでいた時に、師匠から習ったのかと思っていました」

「ふふん、私だって負けてられないから必死に会得したの」


 鼻を高くするルナであったが、カムイは目もくれず空返事をしたため、ルナはカムイの肩を叩く。


「一週間とは言えど同じ道場仲間でしょうに!」

「何十年前の一週間じゃ、覚えとらんて」

「それはそうだけど!」


 怒りを露わにするルナを他所(よそ)にカムイは歩みを止めずに道を進む。

 月明かりが海に反射し、ヒガシの街はそれに負けず劣らず明かりが(またた)き、眠り冷めやらぬ様子が窺い知れた。


「冒険者ギルドで報酬を受け取ったら宿を探す、ワシはクタクタじゃよ」

「珍しい、体力バカのあんたでも疲れを感じるのね」

「あの魔法を間近で見たのなら分かるじゃろうに」

「それもそうだけど。……本当に良かったの? 一週間の猶予だなんて言って」


 アリシアが不安気な視線をカムイに送るが、親の心子知らず、カムイはまた空返事をして、不安を煽る。


「みんなクタクタにゃよ。今日より明日話した方が気分良く話せるにゃ」

「……召喚しか取り柄が無い私は心も体もボロボロです。早く食事が摂りたいです」

「ご飯一杯食べて寝れば大丈夫にゃ」


 トトは今にも倒れそうなハーフェッドの肩を軽く叩く。


「魔法盾が時代遅れだと言う事が判明して胸が痛いです。防護結界を学ばないと……」

「改善の余地があるにゃら今日じゃにゃくて明日やれば良いにゃ」


 フリジールの肩を軽く叩くトトであったが、その手は小刻みに震えていた。


「アタイも一からやり直しにゃ、明日頑張れば良いんにゃから」


 自分に言い聞かせるようにトトは呟く。

 前列にいるアレクは壊れた白亜剣を鞘から抜き、剣に向かって謝る

 そして、アレクたちは疲れ切ったため息をついて冒険者ギルドへと向かうのであった。

次回は6月8日16時半に投稿します

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