第39話『天災』
荒れ狂う海、空には黒雲が蔓延り雨降らせ、雷鳴が響き渡る。
そんな最中、カエデは穴に飛び込んでいったアリシアたちを心配し、穴の中に声を届ける。
「アリシアちゃんたちー! だぁいじょーぶかぁーい!」
穴にカエデの大きな声が反響し、返事がないかと耳を澄ませるカエデ。
するとどうだろうか、穴の中から何かが昇ってくる音が聞こえ始め、カエデは嬉々として穴を覗き込んだまま待った。
しかし、カエデが穴を覗き込んでいると突然、穴から姿を現した物はカエデの鼻先を擦るように昇り、建物の天井を破壊して、雨が建物内に差し込む。
「な、なんだい!?」
建物に空いた穴から空を見上げてカエデは驚いた。
見た事のない魔物が空に浮かび、雷に照らされて姿がはっきりとする。
「蛇が空を飛んでるじゃないかい」
蛇型の魔物が空から降りてくるのが見え、カエデは全速力で走り、停めた船に向かう。
「魔物に食われるなんてごめんだね!」
カエデには魔物についての知識は無いが、普段から取って食われる感覚は理解出来ている。
人間の速力で魔物の飛行速度を超えるのは不可能に違いないが、追いつかれる前に船へと飛び込み、姿勢を低くして魔物が通り過ぎるのを待つ。
風切り音がカエデの頭上を通り過ぎ、カエデがちらっと確認すると、先程の魔物が海に向かって飛んでいくのが見え、カエデは立ち上がる。
「なんなんだいありゃ」
魔物は海の上で浮かび、こちらを向いて動きを止めている。
すると地響きが鳴り始め、強く大地が揺れ動く。
「あの魔物が飛び出るぐらいに酷い天災が起こるってのかい……!」
カエデは舫綱を外し、東の果て島から離れようとする。
そうすると、背後からカエデの名を呼ばれ、カエデは舫綱を雑に放り投げ振り返った。
と、そこには金色の髪に翡翠色をした瞳をした女の子がいて、カエデはすかさず、
「フリジールちゃん、だっけか。アレクたちは大丈夫なのかい」
「アレクさんたちは大丈夫です。しかし、龍脈に深刻なダメージが入り、今にも暴走しそうなのです」
「龍脈なんて物は夢幻の話だと思っていたけど、あの魔物が出てきたのを見れば確信が持てるよ」
「このまま海に出て、あの魔物、いえ、オオナマズ様の下に向かってください」
「分かった!」
カエデが操る船は波を割りながらオオナマズの元へ向かうのであった。
アレクたちはオオナマズの首の上に掴まり、龍脈の暴走を止める方法を思案していた。
「オオナマズ様は普段どんなやり方で龍脈をコントロールしていたの?」
『オオナマズ様は龍脈から放たれるエネルギーを食べる事で抑えていたんだよ。供物が必要なのは、そのエネルギーを消化する体力が必要だからだったんだ』
「なるほど、じゃあ膨らみすぎたエネルギーの潮流は止められ無いって事ね」
『オオナマズ様は出来るって謎の自信に満ち溢れてるけどね』
低く鈍い音が空気を震わせ、雨足が強くなり、風が東の果て島から雪崩れ込むように吹き荒ぶ。
オオナマズは口を大きく開け、小さな光の玉が口の前に現れる。
龍脈がある東の果て島から、その小さな光の玉に向かって可視化されたエネルギーが吸い取られ始める。
「とにかく龍脈からエネルギーを吸い取るしか方法はないのね」
『オオナマズ様がある程度、龍脈からエネルギーを吸い取れば収まるとは思うんだけど……』
不安げな目をするトリトン十三世に、アレクたちは明るい言葉を投げかける。
オオナマズの口の前にある光の玉は少しずつだが大きくなっていく。
が、しかし、突然光の玉から龍脈のエネルギーが奪われ、東の果て島に集約し始めたのだ。
オオナマズは必死に龍脈のエネルギーを吸い取ろうとするが、先程までの勢いはなく、光の玉が大きくなるどころかどんどん小さくなってしまう。
「何が起こって……っ!?」
地鳴りが響くと、東の果て島に巨大な人間のような形をした物が現れ、アレクたちは驚愕する。
「カミサマが顕現したんじゃないでしょうね!」
「違う。アレはメラクだ」
アレクの冷静な言葉にアリシアはツンと鼻を立てて横を向き、頬を紅潮させた。
「縄を断ち切らにゃいとカミサマとの繋がりがそのままになってしまうのにゃろう? ハハに繋がった縄を断ち切ったら事は済んにゃし」
「そうだね。けど、アレに近づいて縄を断ち切るのは難しそうだ」
「東の果て島並みにデカいにゃ。超巨大ゴーレムよりもデカいんじゃにゃいかにゃ」
東の果て島の中央から現れた、巨大人型魔物――メラクは自我を失っているのか、雄叫びのような音を響かせている。
「カエデさんにはフリジールがついてる。僕をあの場所まで連れて行く事は出来そう? オオナマズ様」
トリトン十三世経由でオオナマズに問うが難色を示し、アレクはハーフェッドに視線を移す。
「君の召喚するドラゴンには翼があったよね? 飛んであそこまで連れて行く事は出来るかい」
「やってみないと分からない。けど、召喚する為の素材が足りなくて、召喚自体が出来ないの」
以前のドラゴンの召喚は土や岩などを固めて形作った物であった。
しかし今ここには水しか存在せず、ハーフェッドはドラゴンの召喚に難色を示す。
「水を魔力で包んでしまえば良いのよ」
「水を魔力で包む……!?」
アリシアの突拍子もない提案にハーフェッドは驚くが、イメージが湧いたのかドラゴンを召喚しようとする。
その召喚に手を貸すようにアリシアが魔法の詠唱を始め、アレクはメラクを睨むように見据えた。
「アタイはどうするにゃ?」
「弓矢でどうにか出来そうにないからここに残って欲しい」
「にゃはは、一応奥の手はあるんにゃけどにゃ」
「奥の手?」
アレクがトトの方を見るが、トトは笑って誤魔化す。
「奥の手は見せないにゃ」
「君らしいけど、危険には晒したくない」
「カミサマって奴に好き放題されるのは気に食わにゃいからついてきたんだにゃ。アタイもついて行くにゃ」
いつに無く真剣な眼差しを見せたトトにアレクは引き下がり、ついてくるように促した。
「二人とも準備が出来たわ」
ハーフェッドとアリシアは既に水で構築されたドラゴンの上に乗っており、アレクとトトは間髪入れずにそれに乗り込んだ。
トリトン十三世とルナを残し、ドラゴンは翼を広げ羽ばたくと、オオナマズから離れるようにして空へ舞い上がる。
吹き荒ぶ風、叩きつける雨を切り裂くように空を飛ぶドラゴン。
「良い……! 良いですねこれ!」
「集中よ、少しずつ魔力を送るイメージで構築を維持しなさい」
雨風はアリシアの防護結界で凌げている上、ドラゴンの飛行に差し支えない形状であった。
「アレクは星導剣に集中して。トトは奥の手で出来る事があるなら積極的に使いなさい」
アレクとトトは頷くと、アレクは星導剣を鞘から抜き出し、トトは魔力を弓矢の形に変えた物を握る。
「いつの間に師匠みたいな事が出来るようになったんだい」
「モノマネにゃ。初めてにしては上出来にゃろう?」
「ぶっつけ本番って感じではなさそうだけどね」
「言い得て妙にゃ」
メラクは飛んで向かって来るドラゴンに気づくと、巨大な手を広げ、魔法陣が現れたかと思えば、破壊魔法が空中で爆散する。
「良い? 破壊魔法は防護結界で防げるけど、防ぐのにかなりの魔力を持っていかれるから絶対零度には期待しないで」
「エレメンタルが居てもきついぐらいかい」
「そうね、完全に防げるのは二、三回ぐらいかしら」
「二、三回……か」
ドラゴンを召喚した状態での飛行は初めてだと言うのに、ハーフェッドは自由に空を飛び回り、回避運動もお手の物のようだ。
防護結界の使用制限は頭の隅に置き、アレクはメラクの近くまで辿り着いた時のイメージを反芻して、星導剣の柄を固く握る。
破壊魔法の命中率はさほど高くは無いとアリシアは言うが、当たれば即死する魔法程怖い物はない。
「今のままなら、破壊魔法を防ぐ事なく頭まで辿り着けそうだけど……」
「感覚が鈍い内に近づきたい、そうでしょ?」
「ドラゴンの飛行速度に比例して魔力が削られるから、回避運動もままならなくなる。そこを狙われたらおしまいね」
生き生きとした表情はしているものの、余裕があるわけではないようで、先程からぶつぶつと、「ドラゴンを魔力で包む」、と集中を途切れさせないように反芻していた。
破壊魔法の乱発を避けて東の果て島近くまで飛翔したドラゴンは、直接メラクの頭に向かおうとしたのだが、分厚い透明な壁に阻まれてバランスを崩す。
「なんにゃ!?」
「分厚い防護結界ね……!」
アリシアの的確な判断に納得がいったハーフェッドは、ドラゴンの体勢を立て直そうとするが、今の衝撃が体に堪えたのか苦しい表情をしている。
「分厚い防護結界を突破するなら絶対零度でなんとか出来る……けど、今のメラクには龍脈のエネルギーが付いてる」
「難攻不落の防護結界が完成し続ける状態ってわけか」
「ハーフェッドに代わって魔力を送りながら絶対零度を放つのは至難の業よ」
「じゃあどうすれば……」
メラクの難攻不落の分厚い防護結界に頭を悩ませるアレクとアリシアであったが、トトが一つの提案をする。
「防護結界にヒビをつければ良いのにゃよね? 防護結界は一度破壊されると再構築に時間を要するのにゃから」
「それは魔力が限られている状態での話。けど、分厚い防護結界に穴を開ける事が出来るのなら話は別よ」
「にゃはは、にゃらアタイの奥の手が日の目を見る大チャンスってわけにゃ」
「一体何をするつもり……?」
体勢を立て直したドラゴンを同じ場所に留まらないように操るハーフェッドは青白い顔をしていて、トトの奥の手に賭けたアリシアは、ハーフェッドの負担を無くすように魔力をドラゴンに注ぎ込む。
トトは普段の構えではなく、カムイのような強弓を扱う構えをとり、魔力で生成された矢の先に光の粒子が集まり、トトは叫ぶ。
「星穿ーッ!!」
引き絞られた弓から矢が放たれると、一陣の風が吹いたかのように雨と風が裂け、メラクの防護結界に直撃する。
防護結界に矢が刺さったかと思えば、矢の先に集まっていた光の粒子が明滅し爆発すると、防護結界に巨大な穴を開けたのである。
「奥の手は一度きりにゃ、あとは任せたにゃ」
ドラゴンの上に大の字になるトトは、肩で息をしており、動く事が出来ないようであった。
「アレク!」
「分かってる!」
ドラゴンは空中に放たれる破壊魔法を避けながら防護結界の穴を通り抜け、メラクの頭上へと向かう。
アレクは構えをとり、いつでも紫電一閃を放てるようにする。
ドラゴンが頭上へと着いたその時、アレクは紫電一閃を放つ。
だがしかし、思いもよらない障壁がアレクの紫電一閃を阻み、アレクは苦しい表情をする。
「ここにも防護結界が……!」
強固な防護結界をアレクが斬れるはずもなく、防護結界に剣が弾かれ、その勢いのままアレクは宙へと放り出される。
その事に気づいたアリシアではすかさずハーフェッドに指示を飛ばすが、ハーフェッドはかなり苦しい表情をしていた。
その精彩を欠いた動きを狙われ、ドラゴンの半分が破壊魔法に削り取られ、アレク同様にアリシアとハーフェッド、トトは宙へと放り出された。
海面に向かって落ちるアレクたちをアリシアは魔法で補助はするが、頭上にもう一度到達する手立てはなく、アレクが苦しい表情をする。
「ダメなのか……」
アレクがそんな弱音を吐くと、突然頭の中にカムイの声が響く。
『諦めるではないぞ弟子たちよ』
「し、師匠!?」
『海面に叩きつけられる前に、もう一度ドラゴンを召喚し、頭上へと辿り着け。召喚士は一人だけではないからのう』
念話で語りかけるカムイにアレクは驚くと、魔法で補助をするアリシアは宙に放り投げられた全員をひとまとめに集め、意気揚々とした表情をする。
「召喚は魔法と変わらない、だったわよね! ツヴァイ! 力を貸して!」
集められたアレクたちの下に、ドラゴンのような形をした召喚獣が生成され、その上にアレクたちは軟着陸する。
「アレク! 時間がないわ! あの馬鹿が何かをする前提で頭上に向かう!」
「分かった!」
海面に着水する前にドラゴンのような召喚獣が完成して羽ばたくと、海面を切るように飛ぶ。
激化する破壊魔法を超高速で直進することにより避け続ける。
『ワシもほぼ一度切りしか出せん魔法を使う。巻き込まれるでないぞ』
「言われなくても!」
アリシアは速度を下げないようにメラクの周りを大回りするように飛び、カムイの一撃まで時間を稼ぐ。
念話口の先にいるカムイはヒガシの上空でピタリと止まり、両手を広げ魔法陣を展開する。
「メラク、貴様は天才であったが、時の流れは早い。破壊魔法は危険が故に闇に葬られ、使える者はいなくなった。しかし、ワシは違う」
カムイの両手を包むように魔法陣が増えていき、ドス黒い魔力の塊が収束し、二つの魔法が生成される。
「虚無・崩壊……虚無・創造。相反する力が混ざった時、矛盾が生まれ、強大な力を放出する」
両手に生成された二つの魔法を胸の前で重ね合わせようとすると、重ねられるのを拒むようにバチバチと嫌な音を立て始める。
嫌な音を立てつつも二つの魔法がゆっくりと融合していき、完全に融合された魔法が完成する。
「零・破滅」
魔法が爪弾かれ、急速に加速すると、アレクたちのいる東の果て島に向かって一筋の光の軌跡が描かれた。
メラクは本能的に強大な魔法が放たれたのを察知し、口を大きく開けて膨大なエネルギー源から魔力を吸い取り、巨大な光線を放つ。
アレクたちはカムイの魔法がやってくるのだと察し、巻き込まれないように慎重に飛び回る。
光線はカムイの魔法を飲み込むように見えたが、光線が魔法を飲み込む事はなく、光線が押し潰されるようにして短くなっていく。
ドス黒い渦が魔法から広がったかと思えば光線を飲み込み、その勢いが止まる事はなくメラクの防護結界を破壊し、魔法はメラクの頭から上半身を抉り取るように破裂したのである。
「今よ!」
アリシアの合図に待機していたアレクが召喚獣の上から消え、メラクの頭に繋がれた縄に雷のような光の軌跡が伸び。
「紫電一閃!」
雷鳴のような音が鳴り響き、縄は星導剣によって断ち切られた。
メラクの体を構成していた龍脈の潮流は止まらなかったが、その膨大なエネルギーを操る事が出来なくなり、メラクは溶けるようにして崩壊していく。
「やった……!」
紫電一閃を放ち、宙に放り投げられたアレクを回収するように召喚獣が現れ、アレクはその上に着地する。
「あとはオオナマズ様に任せるだけだね」
消滅していくメラクを眼下に、アリシアが操る召喚獣はオオナマズの元へと向かうのであった。
次回は6月1日16時半に投稿します




