第30話『溢れ出る力の行き先』
昨晩に起こった、禁忌とされる第十階位魔法の使用事件。
警察はその犯人を探そうと躍起になるも、分野外の捜査を諦め、ギルドに託すこととなる。
かと言って、ギルドに集まる輩の中に禁忌の魔法を知っている者がいるとは到底思えないのが今の現状である。
「師匠、昨晩の」
「急になんじゃアレク。ワシは町中で第十階位の魔法を放つような事はせんぞ」
「相手に心当たりがありますよね」
「ふぅむ、確かにのう。あると言えばある」
カムイたちは朝食を摂りながら、昨晩起こった魔法事件について話し合っていた。
「現場を見に行ったけど、あれは本物の第十階位の魔法だったわ。建物や地面が歪むほどの熱量を持つ魔法なんて、第五階位の魔法でも難しいんだから」
「違法に火力を出した魔法とも考えられるが、ワシには犯人を断定出来る材料がある」
「何よ、その判断材料は」
カムイがちらっと隣の席を見ると、それに釣られてアリシアとアレクが視線を動かす。
するとそこには二人が見た事がない人物がいた。
「どちら様でしょうか」
「あの時は鎧に身を包んでいましたから、分からないでしょうね。改めて自己紹介をば」
少しパーマがかった癖のある髪の毛に、翡翠色の瞳、暗い焦茶色をした肌の人物は自己紹介を始めた。
「リヴィング騎士団副団長のピュート・ニムバスです。昨晩の事件は、僕がセラフィムに邂逅してしまったことによる二次被害みたいなものです。ご迷惑をおかけしました」
「生き残っただけよかったじゃないですか。第十階位の魔法から逃れるなんて、余程の事がない限り無理ですよ」
「ははは、余程の事があったから生き残れたんですよ。ねぇカムイさん」
アリシアとアレクが隣に視線を移すと、カムイは呆れた様子であった。
「ワシが助けに入っとらんかったら昨晩の時点で灰になっとったんじゃから、もう少し敬いながら感謝の意を示せ」
「感謝してもしきれません、本当にありがとうございます」
昨晩にカムイが出ていった事は、アリシアとアレクは知らない事であった。
しかし、カムイが夜中に出かけるなど日常茶飯事なので大して追求はしなかった。
「セラフィムも第十階位の魔法が使えるんですか?」
「使えるのう、セラフィムはこの世界のありとあらゆる魔法や剣術が使えるように作られておる」
「カミサマの仕業ですか」
「そうじゃな、奴はセラフィムの事を熾天使と呼んでいた、天使にも位があるらしいが、その一番上におるのがセラフィムじゃな」
セラフィムが一番上だと聞くとアリシアとアレクは納得出来たが、トトはあまりピンと来ていないようである。
「カミサマってにゃつは、この世に存在しにゃい高次元の存在にゃよね? 介入は容易いのに、にゃんでわざわざ天使なんかを派遣してるのにゃ?」
「トトが攫われた理由の一つ、『星の器』について話そうかのう」
「『星の器』?」
つい先日、特殊な耳飾りを付けていた事により、『星なる者たち』にたくさんの人が攫われる事件があった。
その要因となったのが『星の器』である。
「『星の器』はカミサマを別次元からこの世界の人物に馴染ませ、カミサマがこの世界で衣食住が送れるようにするための存在の事を指す」
「何千年もの間、『星の器』は見つかっていないんですよね。カミサマが現に夢の中に現れるぐらいのことしかしてませんし」
「姿を現すのは夢の中だけでは無いが、主に眠りについた人間や魔族の次元が曖昧になる場所に現れるのが正しい解釈かのう」
「僕がセラフィムに言われた通りならば、カミサマは僕を狙ってくるはずですよね?」
アレクたちと邂逅したセラフィムは、アレクの事を『星の器』になり得る存在だと示していた。
アレクはその事が気がかりではあったが、夢の中にカミサマが現れる事は無く、普段と変わらない様子である。
「星導剣が奴の特効薬みたいになっておるから、貴様を執拗に狙うのは悪手だと理解しているのじゃろう」
「だとすると、何千何万の人がいる中から『星の器』を探すのは無謀な気がするんですが」
「決して今この広い世界の中にいる人物が『星の器』の候補では無いのは分かるかの」
「確か『星なる者たち』の教えの中に、子を産み増やす事……でしたっけ、ありましたよね。まさか『星の器』候補って新たに産まれてくる子供も対象なんですか?」
カムイはアレクの問いに頷き応えると、隣にいるピュートに視線をやる。
「こやつは『星なる者たち』に潜入した内通者を通じて、『星なる者たち』がどこで何をしているのかを把握しておった」
「内通者から連絡が途絶えたため、セラフィムを追っていたら、『星なる者たち』の拠点を見つけてしまったためにあの出来事が起こったわけです」
「無謀じゃのう」
アリシアとアレクは合点がいき頷くが、トトはカムイと同様に呆れた様子である。
「ピュートさん、『星なる者たち』は一体何をしようとしてるんですか?」
「カミサマを降臨させる、が、内通者からの最後の情報です」
アリシアやアレク、トトに衝撃が走るが、カムイは大欠伸をして椅子を傾け始める。
「カミサマの降臨は何度もあった。しかし、やはりと言ってか、『星の器』以外の者に憑依させても肉体が持たず、消滅するのがオチじゃよ」
「今、このニューフロンティアには人の想いが集まっています。町長選挙に金山掘り、町は冒険者が得た金で潤い更なる発展を遂げ始め、異常なまでに欲望に満ち溢れている」
「……もしや奴ら、星導石を見つけたのか」
カムイから出た、星導剣に似た響きの単語に首を傾げる三人。
ピュートは顔に影を落とす。
「内通者からの情報が確かであれば、町長選挙の最終日に、カミサマを降臨させるそうです。そのセイドーセキが見つかったかどうかまでは聞いてはいないですが……」
「奴らが確信を持って準備をしているのならば、それを阻止するのがワシらの役目じゃ。ピュート、貴様はどうする?」
「初めから戦力外な自分ですから、尻尾巻いてリエイラ団長の元へ帰ります」
カムイは、そうか、と短く告げると、椅子を傾けるのをやめる。
「町長選挙の最終日は、ワシらがニューフロンティアの金山掘りから帰る期限と同じじゃ」
と、全員が食堂にある期日がデカデカと書かれた紙に目をやると、期日が今日で最後であると書かれている。
カムイたちは慌てて席から立ち上がるとすかさず食堂から抜け出して、町長選挙のトリを飾る野営ステージに向かうのであった。
野営ステージに着くと、会場は既に人で溢れており、昨日のように前列へ行ける状況ではない。
カムイはステージ上にある半透明な石で出来た飾りに目をやり、忌々しそうな顔をする。
「やはり見つけておったのか……!」
アリシアとトトには宝石が加工されたものにしか見えなかったが、アレクはそれを見てすぐさま右腰に携えられている星導剣の刀身を思い出した。
「星導石なんですね……! アレが」
「ギルドの目を盗んで秘密裏に金山から持ち出しとったんじゃろう」
「なら早く破壊しないと」
気が前に出たのか、アレクが民衆の中に入ろうとする。
それを静止させ、言い聞かせるように話すカムイ。
「待てアレク。焦る気持ちは分かるが、大衆から見ればここはゴッデスの町長就任を祝う場所じゃ。ワシらが今出れば、騒ぎを起こした犯人扱いされるぞ」
「でも……!」
「『星なる者たち』が動くまでは何も出来ん。しかし、奴らが動けばどうにでもなる」
カムイはステージ上に向かって不審な動きをする者がいないか、目を凝らして確認する。
アレクとアリシアは出来得る範囲を警戒し、トトは匂いや音に集中して警戒をした。
会場は既にゴッデスコールの渦中にあり、『星なる者たち』の信者のように、ステージ上にいるゴッデスに羨望の眼差しを向けている。
「何かお探しかしら」
「っ!」
カムイたちは声のした方に顔を向けると、そこにはセラフィムがいた。
セラフィムは、ここまで近くに現れるまで気づけなかった事をせせら笑うように、カムイたちを眺めている。
「星導石を使って何をしようか、それは分かっているはずよね」
「カミサマを降臨させる……いや、カミサマを憑依させるのが正しい表現じゃが、一体誰にそうさせる」
「溢れ出る欲望の渦。これから先にある、明るい未来が待っていると言う期待。そして『星の器』になり得る存在がここにはいる」
「まさか……!」
カムイがすかさずアレクをセラフィムから遠ざけようとする。
がしかし、セラフィムは既にアレクに手が届くまで近づいており、カムイの手はアレクからすり抜けるようにして空を切った。
「カモがネギを背負ってやってくる。まさにこういうことよね」
「セラフィム!」
カムイは魔刃剣を展開し、振るうが、ひらりとセラフィムはそれを躱し、カムイたちから距離をとった。
「僕にカミサマを憑依させようとしても無駄ですよ! 星導剣がある限り、僕に奴の介入は出来ないんですから!」
「そうかしら、ただ単に人や魔族からカミサマとの繋がりを断つだけしか出来ない貴方に、溢れ出る力の行き先をコントロールする力はあるの?」
「やれるものならやればいい! カミサマを断ち切ってやる!」
「出来るものならね」
ステージ上にある星導石が光を帯び始め、聴衆とゴッデスの声が再び大きく沸く。
ニューフロンティアに集まった欲望の渦が天に伸び、空へとぶつかったかと思えば、大きな扉のようなものが現れる。
「ちょっと! このままカミサマって奴をアレクに憑依させるだなんて、見てられないわ!」
「言ったじゃろう、セラフィムはこの世のものではダメージを与えられんと」
「じゃあアレクに世界の命運を委ねるしかないの……!?」
「ハッキリ言う。アレクに世界の命運が掛かっておる」
空高くに現れた扉が開き始め、中から巨大な目玉がギョロリと覗き、セラフィムとアレクを視界に捉えたかと思えば、扉が勢いよく開き、真っ黒な手のようなものが伸びる。
空に現れた異質な物に、下にいる聴衆やゴッデス、冒険者は目もくれず、普段通りの一日を過ごしていた。
アレクは天から伸びる手と、下界を見つめる目玉に殺意を宿す。
「アレがカミサマって言うのなら、僕がやるべき事はただ一つ。……カミサマの息の根を止めるだけだ!」
「星導剣があれば、の話よね」
セラフィムはいつの間にかアレクの腰に携えた星導剣を外しており、カランカランと虚しい音を立てて地面に転がっていた。
アレクが気づいた時には既に遅く、黒い手がアレクの身体を持ち上げ始めていた。
カムイが星導剣へと走りだすが、セラフィムの影から現れた二人の天使に阻まれる。
「邪魔じゃ!」
魔刃剣を振るうカムイであったが、多勢に無勢。
いなされたかと思えば、息のあった連携に一歩引かされる。
何かあるのだと勘付いていたアリシアは、カムイたちの横を魔法を使って走り抜け、星導剣を拾い上げる。
「セラフィム! アンタは一人だけじゃ無いって事は前に会った時に分かってたから!」
アリシアは星導剣をアレクに向かって放り投げ、アレクはそれを受け取ろうとするが、黒い手がそれを阻もうとする。
しかし、弓の弦音が鳴り響き、黒い手が一纏めに千切れると、星導剣がアレクの手元に帰ってきた。
「カミサマを一発ぶん殴ってから帰ってくるにゃよー!」
「トト! ありがとう!」
トトの助けもあり、星導剣を取り戻したアレクは黒い手に取られまいと星導剣を抱きしめ、天へと昇っていき、扉の中にアレクを取り込んだかと思えば、勢いよく扉が閉まる。
それを見届けたトトとアリシアは、カムイに助太刀するのであった。
――深い眠りに入ったような感覚。
手足を動かすのが億劫になるような気怠さがアレクの身体を包み込んでいた。
目を開けば水面に日光が差し込み、波が立っているのかゆらゆらと揺れている。
水中から浮かび上がるような感覚と共にアレクの意識が冴え始め、水面から飛び出すようにして身体を起こす。
以前見たカミサマと出会った景色と何ら変わりなく、波打ち返す砂浜と生い茂る木々、まるで無人島のような風景である。
しかし、いるはずのカミサマの姿が見えず、アレクは困惑していた。
「まさか……既に身体を乗っ取られてしまったんじゃあ……」
ふと手に重みを感じ視線を落とすと、右手には星導剣が握られており、想いが集まっているのか七星の輝きが瞬いている。
アレクは察した、これが握られていると言う事は、カミサマに身体を乗っ取られていないと。
だがしかし、カミサマの姿が見えないのは不気味である。
アレクは警戒を強め、いつでも剣を振るえるように両手で柄を握り、徐に辺りを見渡す。
「出てくるなら出てこい! 僕を狙っているのは分かっているんだぞ!」
どこまで広がっているか分からない空間に、アレクの声が虚しく響く。
警戒を強めながら波打ち際まで来ると、アレクの名を呼ぶ声が聞こえ、アレクはカミサマが声音を変えて呼んだのだと思い、殺意を込めて振り返った。
しかし殺意を向けたその先には、カミサマではなく見知らぬ女性が立っていた。
服装はカムイのような白い服であるが、フードのような物が付いており、それを深々と被る事で顔を隠している。
女性だと断定は出来ないが、声を聞いた限りでは女性であるとアレクは推測した。
「貴女は誰ですか。もしカミサマの使いであれば今すぐにでも叩き斬ります」
「私はあんな者の使いなどではありません」
「カミサマが用意したこの空間に、貴女がいるのは何故ですか」
「私は貴方の母親……と言っても信用は出来ないでしょう」
アレクの実の母親だと名乗る女性は、カミサマとの繋がりを示す縄は付いてはおらず、カミサマの気配もしなかった。
「アレク・ホードウィッヒ、貴方は一度死んでいます。この世に生まれつく、そのもっと前に」
「意味が分からない。貴女は何故、僕が生まれる以前に死んだ事を知っているんだ」
「貴方の母であるから。……と言うのも信用ならないでしょう。しかし、けれど、貴方はカインに殺されているのです」
「カイン……?」
聞き慣れない名前に、疑問符を浮かべるアレク。
女性はそんなアレクを見て、落ち着いた口調で話しを続ける。
「カインは貴方の兄に当たる存在でした。しかしある時、私に嘘をつき、貴方を殺した事を隠し、兄弟である貴方を殺した罪があるのです」
「カインは今も生きているんですか」
「生きています。次元の違う世界からこの世界を牛耳ろうとしているカミサマこそ、カインなのです」
「……っ!?」
アレクは驚愕の事実に言葉を失い、星導剣を握る力が一層強くなる。
「カインが貴方の身体を奪えないのは確かです。その上、今回は貴方が主導権を握れる状況なのは良い事です」
「今回は……? 一体どう言う事ですか? 僕と貴女は初めて会ったのに、何度も会ったような言い草ですけれど」
アレクがもう少し近くで話をしようと近づくが、女性は距離を取るように後ろに下がる。
「貴方と私は別次元の存在、交わる事は出来ない。けれど、この世界から帰る道を用意する事は出来ます」
女性が指を鳴らすと、砂浜に白い扉が現れる。
アレクは警戒心を解かず、現れた白い扉に近づく。
「僕の以前の名前は聞かないです。貴女にとっても、僕の存在が異質なのは分かっていますから」
「今回こそはカミサマを討ちなさい、これが最後のチャンスなのだから」
「……はい!」
開かれた扉の先は白く光っており、カミサマの罠で無い事は星導剣からひしひしと伝わる。
アレクは扉の中へと飛び込むと、景色がいきなり変わる。
空にあった巨大な扉から放り出されたような形でアレクは帰ってきたが、この高さから放り出され、着地する事を要求されるとは思っても見なかった。
「あの人は一体何を考えて……!」
母親を騙る見知らぬ女性に悪態を吐きそうになったが、地上から黒い煙が上がっているのが見えて、アレクは目を凝らす。
すると巨大な肉塊のような物が動いており、肉塊が触れた先から爆発が起こっているのが見えた。
「何なんだ一体……! 皆は!?」
空に立ち昇る黒い煙。
火災が広がっているのか、町全体がオレンジ色のグラデーションに染まっていた。
逃げ惑う人が黒い波のように見え、肉塊はそれを追うように動いている。
「あの肉塊をクッションにすれば、助かるかもしれない」
空高くに放り出された事は、師であるカムイに何度か経験をさせられていた。
手足と体全体で空気抵抗を意識するようにして、大の字の構えをとり、体をずらすようにして移動をする。
当然パラシュートなる物は付いてはいないので、肉塊に着地する位置を見誤れば、ニューフロンティアの土地に血の滲みを作ることになる。
目測を誤らないように、丁寧に体をずらす。
そして勢いよく肉塊にダイブすると、触れた先から魔法陣が現れアレクは冷や汗をかく。
「まさかこの肉塊は……!」
爆発する寸前にその場所から離れたが、発動した爆発の勢いで肉塊から弾き飛ばされ、地上に落ちた。
「いたた、咄嗟に動けて良かった」
肉塊はうごめいており、ぶくぶくに太った豚のように見え、うめき声のような声をあげている。
アレクにはコレが一体誰だったかを推測出来る判断材料があった。
肉塊が触れた先から魔法陣が現れ爆発する。
コレはギャングの若頭であるランサムだ。
どうしてこうなったかは分からないが、きっとセラフィムが何かをしたのだろう、とアレクは思った。
「師匠たちを捜さないと」
火災が広がっている中、アレクはカムイとアリシアに、トトの名前を呼びかけながら走り出した。
肉塊が通った道は炎に包まれており、建物だった物が黒ずんで、炭のようになっている。
肉塊が進む方向とは逆に走るアレクであったが、捜し物はすぐに見つかった。
「アレク!」
炎の合間を縫って現れたアレクの名を呼んだのはアリシアであった。
アリシアの近くにはカムイとトトもいて、二人は肉塊を眺めている。
「何があったんだ?」
「このバカがセラフィムの手下である天使たちを一掃しちゃったせいで、セラフィムがランサムに星導石に集まった想いを一点集中させたから、止められない肉塊みたいな怪物になったの」
「アレを止める方法は思いついた?」
アレクの問いにアリシアは首を横に振る。
「魔法を使っても、肉塊に触れた所から爆発するし、足止めしようとバリケードを作った所で質量で押されて壊される。この前の巨大ゴーレムの厄介な部分を全部注ぎ込んだ感じね」
「じゃあ一体どうしたら……」
と、アレクも止めようのない肉塊を眺めようとした時、カムイがアレクが帰って来たことに気づく。
「大丈夫じゃったか!? 何か変な物付いとらんか?」
「大丈夫ですよ。セラフィムが星の器がどうこう言ってましたけど、カミサマが僕の体を乗っ取れないのが分かったので」
「……誰かと喋っておったのか?」
「えっと、はい、僕の母親だと名乗る謎の女性と」
「……そうか」
カムイはアレクの右手にある星導剣を見てから思案し、アレクの肩を掴むと。
「ランサムはセラフィムからの奇跡によって力を持っておる。手首を斬っても血を吹かず、体全体にも奇跡の力がかかっている。ならば簡単じゃ、アレク、お主が想いの集まった星導剣でカミサマと繋がっている縄を断ち切り、奇跡の力を剥奪してからランサムを全力で叩く」
「分かりました!」
「トト、ハーフェッドは見つけたか?」
トトは頷き、アレクは走り出す。
カムイとアリシアはアレクに付いて走り出し、トトはハーフェッドがいる場所に向かって走り出した。
「第五階位魔法『身体強化LV.5』――第五階位魔法『瞬足』――第五階位魔法『体力増幅LV.5』。……これだけしたんだから、ちゃんと斬ってきなさいよ!」
「ありがとうアリシア!」
アレクにバフを掛け終えたアリシアは、トトの後を追うようにアレクたちから離れる。
カムイは肉塊になったランサムが触れたことによって爆散した肉片を魔法で消し飛ばしながら、アレクに道を指し示す。
肉塊になったランサムの進む先に回り込むようにして走り、アリシアのバフもあってか、あっという間に正面に到着した。
「正面に来たけど、どうやってあの高さにある縄を斬れば……」
「ハーフェッド!」
カムイの声に応えるようにハーフェッドが現れ、
「言われなくとも!」
肉塊の頭上に駆け登れそうな巨大なドラゴンが召喚される。
ドラゴンは以前召喚した物よりも、肉を削ぎ切ったたように見え、ハーフェッドがその場にへたれこむ様子はなかった。
「アレク! 行け!」
「はい!」
カムイに鼓舞され走り出すアレクは、召喚されたドラゴンの尾っぽから駆け上がるようにして進み、ドラゴンの頭の上から飛び出した。
「絶技! 紫電一閃!」
カミサマとの繋がりを持った縄がブツリと断ち切れ、地の底から叫ぶような声をあげるランサム。
奇跡の力が無くなった今、ランサムはただの巨大な肉塊に変わったのだ。
「師匠……! 後は任せます……!」
アレクが肉塊になったランサムから急いで離れようと着地した途端、足元からアレクを飲み込まんと肉が伸び始めてくる。
「な、なんだ!?」
「ホシノウツワ……セイドウセキ……キセキヲモット……」
「まさか星導剣と僕を飲み込んで力を得るつもりか!」
左腰に差している剣を鞘から抜き出し、足にまとわりつき始めている肉を断つように刺し切るが、切る速度よりも速く肉は伸び、アレクは焦る。
「師匠! アリシア! トト! ハーフェッド! 誰でもいい! 早くこの肉塊にトドメを!」
全員から離れた場所にいるアレクの声が届くことなく、アレクは万事休すか、と思った矢先であった。
「お困りかしら」
「っ!?」
アレクの前に舞い降りたのは見知らぬ女性。
滑らかに伸びた髪は引き込まれそうな程の黒い髪色をしており、瞳は黒く、白磁のような白い肌。
服は黒に染まった物に、白い線がアクセントになるようにして引かれていた。
アレクが驚いたのはこの高さにすんなりと現れただけではない。
女性が持っていた不釣り合いな巨大な鎌は、シンプルだが恐怖心を煽るような鋭利な角度をしていて、絵本で見たことのある冥府の使者のようだったからだ。
「死を招く冥府の使者が何の用ですか」
「助けて欲しいんでしょう? さっき大声で名前を呼んでいたし」
「あなたの名前は呼んでいません。さてはあなた、カミサマの使者なんじゃ」
右手にある星導剣を強く握り締め、近づけば断ち切ると意思を見せるが、女性は薄く笑う。
「あんなのと一緒にしないで欲しい。アレは自分のいるべき場所から逃げた敗北者だから」
「敗北者……?」
先程の母親を名乗る女性と、今、目の前にいる女性もカミサマについて何か知っている様子である。
何か聞き出せないかと思い、アレクは踏み込んだ質問をする。
「カミサマと僕の関係は知っていて、その上、あなたはカミサマと同じ世界からやって来ている、そうですよね?」
「この世界については手の届く範囲でしか知らないけれど、カミサマと同じ世界からやって来ているのは確か」
「じゃああなたもこの世界を手に入れたい欲があるんですか」
「さっきも言ったけれど、あんなのと一緒にしないで欲しい。私は死を司るカミ、『シニガミ』よ」
冥府の使者の名では無く、カミサマと同じ、聞き慣れない名前を名乗る女性――シニガミは鎌を構える。
「僕の命が狙い……ってわけでは無さそうですね」
「そう、目をつけているだけで命を刈り取るつもりはない」
「不躾で悪いんですが、僕を助けてくれますか」
「今、この世界の時は止まっている。私と言う異物が混入したせいで」
「……えっ」
シニガミは鎌を振るい、肉塊に深々と抉るような切り傷を作った、ように見えたが、実際には何も起こっていなかった。
アレクは足元を見て、肉が伸びる様子がない事に気づく。
「カミサマはこれをどうにかしたいわけ。分かるでしょ、自分だけが異物だと拒否される世界なんて、無くなった方が良いって」
「あなたを完全に信用するわけではない。けどあなたは、カミサマを元の世界に帰す事が目的って事ですか」
「そう、あるべき場所に返すだけ。カミサマは自分にとって都合の良い世界を作り出すのが目的だから」
「あなたはこれからどうするつもりです?」
シニガミは首を傾げ、アレクの質問の意図が理解出来ない様子である。
「あなたがいるとこの世界の時が止まる。そうならないようにしないと」
「簡単よ。私は概念的存在だから、この世界の死と言う概念として漂う。死はこの世界の概念として働いているから、歯車を止める事はない」
「姿を現す事が歯車を止める要因か……。なら大丈夫そうですね」
シニガミの存在は普遍的な死と言う概念。
概念ならばこの世界の歯車を止めないのだとアレクは理解する。
「私は帰るけど、良いかしら」
「僕たちには手は貸せないんですよね」
「そう、異物だから」
シニガミの頭頂部からさらさらと粉が舞うように姿が消え始め、徐々に世界の音や色が戻る。
彼女の姿が完全に消えると、足元から伸びる肉が意気揚々と動き始めた。
「アレク! 動けんのか!?」
「肉塊が僕を飲み込もうとしてます! 既に縄は斬ってます!」
「そうか、助けるのは容易じゃな」
カムイは目にも止まらぬ速さで肉塊を削り斬ると、アレクを抱えてドラゴンに飛び移り、アレクを下ろしてから魔法の詠唱を開始する。
「第十階位の魔法ですか?」
「違うな、この程度であれば第一階位の魔法で十分じゃ」
第一階位の魔法で事足りるであろうか、とアレクは考えたが、カムイが詠唱を終えた途端に放たれた火の勢いに驚く。
巨大な火炎が噴射され、脂肪や血液で構成された肉塊に火がつくと、さらに勢いを増し、肉塊は火だるまになっていった。
動きが鈍くなり、肉と血液が焼ける臭いがツンとアレクの鼻を突き、アレクは顔を背ける。
肉塊が火だるまになってからすぐに、ドラゴンが首を下げ、徐々に地上へと降りていく。
「ハーフェッド、腕を上げたのう」
「やれるだけの事をやったまで」
地上に着き、ハーフェッドを褒めるカムイ。
ハーフェッドは満更でもない表情を見せており、役目を終えるために召喚陣を消すと、ドラゴンは土塊に変わっていった。
「やれやれにゃ、四方八方を爆破されて町が綺麗さっぱり無くなったにゃ」
「金山は無傷なんだし、大丈夫でしょ」
「後処理はギルドがやるんにゃろうけど、良いのかにゃ? 報酬無しのタダ働きをさせられて」
「金山採掘の報酬はあるんだから、タダ働きって訳では無いわ」
「そうかにゃー? 馬車に乗っていたグループの山分け払いだったはずにゃから、スズメの涙程度しか貰えにゃかったり?」
肉塊が黒ずんで灰になっていき、ほとぼりが覚めたのを皮切りに、カムイたちの元にギルド職員がやって来た。
「突然現れた魔物の変異種討伐、お疲れ様です。突発的な依頼になりますので、ギルド職員共々、報酬は分配になります」
「そうか。で、金山採掘の報酬なのじゃが」
「はい、アンセムパーティーとカムイパーティー、ハーフェッドさんで山分けする形になりますが、何かありましたか?」
「ワシらに分配された報酬はニューフロンティア復興の為に使ってくれ」
カムイの突拍子もない発言に対して、アリシアが足でカムイの脛を蹴る。
ギルド職員はパッと明るい笑みを見せ、「事務手続きがありますので、では!」と言って、背を向けて走っていく。
「普段通りのオチだね、アリシア」
「こんなことになるならもっと手を抜いたのにー!」
アリシアは空に向かって大きな声で愚痴をこぼし、アレクはため息をつき、トトは呆れる。
カムイはと言うと、悪びれる様子もなく用意されていた馬車へと歩みを進め、アレクたちについてくるように促した。
三人はトボトボとついていき、ハーフェッドが残った。
「あの! みなさん!」
ハーフェッドが大きな声を上げてカムイたちを呼び止めると、カムイが立ち止まり、横顔を向ける。
「何かあったのかのう、ハーフェッドよ」
「今まで見掛け倒しの召喚士だったけれど、カムイさんの教えのおかげで、ドラゴンを召喚して維持出来るようになりました!」
「言いたいことはそれだけかのう、ハーフェッドよ」
「まだまだ未熟だって分かってる。だからカムイさん、私を貴女の弟子にして下さい!」
カムイはそれを聞くと再び馬車に向かって歩みを進め始めようとした時である。
「来るもの拒まず! ワシの弟子になりなたいならついてくるが良い!」
「……っ! はい!」
ハーフェッドはカムイたちの後を追い、馬車へと向かうのであった。
――開拓地ニューフロンティアの町長選挙はこの惨状の合間に立候補者であるゴッデスが亡くなった為、もう一度選挙をして町長を決めるとの事である。
次回も不定期更新になります




